第三十一話 龍の逆鱗

 道中のレベルアップ+装備品のガントレットで、最初にサイクロプスを倒したときとは比べものにならない威力の衝撃波が、大気を押しのけてブル・ドラゴンに迫る。


 ――が。


 


児戯じぎ……』




 ブル・ドラゴンは、真正面から衝撃波を受け止める。


 頑丈なうろこに覆われた身体はビクともせず、行き場を失って荒れ狂う衝撃の奔流ほんりゅうが、壁や地面を割り砕いた。




「う、うっそだろ?」




 まるで効いていない。


 そよ風でも浴びたかのような余裕の表情で、ブル・ドラゴンは突進してくる。




「くっ!」




 咄嗟に横に跳んで突進を躱し、高速で横を通り過ぎる体躯たいくに、ナイフを突き立てる。


 しかし。




 突き立てたナイフの先端が鱗に当たった瞬間、ギャリギャリと甲高い音と共に火花が散り。


 バキンと音を立てて、根元から折れてしまった。




「やっぱダメか!!」


『フン! ソンナ玩具デ我を下ソウナド、片腹痛イワ!』


(ですよねー)




 心の中でさめざめと涙を流す。


 一応鱗の隙間かんげきを狙って刺したつもりなのだが、上手くいかないものだ。




 首を上に向け、上昇しながらブル・ドラゴンは叫んだ。




『喰ラウガイイ! 裁キノ雷帝!』


 ブル・ドラゴンの頭が曇天を突き抜けるのと同時に、空が青白く輝く。


 刹那、脳天をかち割るような轟音ごうおんが響き、稲妻が無数に降り注いだ。




「くっ! スキル《閃光噴射フラッシュ・ジェット》ッ!」




 慌てて、ジャイアント・ゴーレムの使っていた光魔法を起動。ほたるのような無数の光の群れを召喚し、幾条もの閃光を空へ向かって解き放った。




 荒ぶる雷光と光の弾幕が空中でぶつかり合い、激しく明滅する。


 


『フッ、ドウシタ? 相殺スルダケデ精一杯カ?』


「まさか! スキル《火炎弾フレイム・バレット》―連射チェーン・ファイア!」




 《閃光噴射フラッシュ・ジェット》に重ねる形で、炎の弾丸も発射する。


 炎と光の雨が、空へ昇っていく。




 MPをみるみる消費していくが、ようやく相手の雷撃を打ち消した上で、こちらの攻撃が当たる形となった。


 けれど。




『効カン。マルデ効カンナァ』




 炎も光も、全く効かない。


 傷や火傷一つつくことはなく、硬い鱗に弾かれてしまう。


 


(ダメか!?)




 思わず歯噛みしたそのとき、ブル・ドラゴンの喉元が、きらりと光った。


 


「あれは……鱗? しかも、逆さ向きについてる」




 聞いたことがある。


 伝説に名高い、鋼よりも硬い鱗を持つ龍。その絶対的な防御力は、一見どんな攻撃をも通さない鉄壁の守りに見える。


 


(でも、その実弱点は存在する!)




 硬い外骨格を持つ節足動物は、足の付け根が柔らかいように。


 相手が生物である以上、構造的弱点は存在するのだ。龍にとって、それは逆鱗げきりん


 鱗の中で、喉元にある一枚だけが逆さ向きについている、唯一無二の弱点。


 


(それが、お前の泣き所だ!)




 その一点を見すえ、僕は左手を引き絞った。


 絶え間ない炎と光の弾幕で、狙いを悟らせないよう、ことさら慎重に。ことさら気合いを込めて。




「喰らえ! 《衝撃拳フル・インパクト》ォッ!」




 掛け声と共に、拳を空に向かって突き上げる。


 渾身のアッパーによって繰り出された衝撃波は、一直線にブル・ドラゴンの元へ。




『ナッ! シマッ……!』




 ブル・ドラゴンが額に脂汗を浮かべるが、もう遅い。


 指向性を持った衝撃波は、唯一の泣き所“逆鱗”を完全に捉えていた。




 ドンッ!


 決まれば分厚い岩盤でさえ粉微塵に吹き飛ばす一撃が、ブル・ドラゴンの喉元に炸裂する。


 


『グァ……』




 その衝撃で、ブル・ドラゴンの身体は大きく仰け反った。




「やったか……?」




 掲げていた左腕をおろし、ブル・ドラゴンを凝視する。


 ブル・ドラゴンは、その巨体を軋ませながら、背中から地面に倒れ――




『ナァンテナ』




 仰け反っていた身体を起こし、ブル・ドラゴンは笑みを浮かべる。




「なっ!」




 僕は、驚愕に目を見開く。


 ブル・ドラゴンの喉元には……傷一つついていなかった。

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