第二十八話 ウッズの苛立ち

《ウッズ視点》


「ちくしょうが!」




 俺は、足下の石橋を踏みつけた。


 パーティを追い出されてしばらく、行く当てもなく第七階層を彷徨さまよっていたのだが、気付かぬうちに野郎エランを追放した場所まで戻ってきていた。




「ったくよぉ、見限ってもあいつの影が脳裏にちらつきやがる! 鬱陶しいんだよこのハエヤロウ!」




 ビキビキと青筋を立てて、吐き捨てる。


 どこで狂った? どうして俺は独りでこんなところにいる?




 それを思う度、最終的にはエランという存在にたどり着く。


 あいつが貴重なポーションを全部持ったまま落ちなければ。ヤツを追放する瞬間を、エナが見ていなければ。




(こんなことにはならなかったんだ……!)




 図らずも出た舌打ちが、深い縦穴に吸い込まれていった。


 と、そのとき。




「「「「――ぁぁぁぁあああああアアアアッッッ!!」」」」




 何人もの叫び声が、下から聞こえるのを感じた。


 最初は微かだったのに、その声はみるみる大きくなっていく。




「な、なんか上がってくる!?」




 何事かと、橋の端から真っ暗な底を覗いた。


 この橋にやって来る前、何か咆哮のようなものを聞いた気がするが――この声の主達と何か関係があるのか?




 そんなことを考えていた矢先、縦穴の暗闇をぬぐって、巨大な石の板に乗った大量の人間がカッ飛んで来るのが見えた。




「――っ! ぶつかる!」




 反射的に身を退いた瞬間。


 ドォオオオンッ! という凄まじい音を立てて、岩の板が橋に激突した。




「ぐっ!」




 橋全体がグラグラ揺れる中、気合いで踏ん張って踏みとどまる。




(い、一体何が突っ込んで来たんだ……?)




 激突した衝撃でもうもうと立ちこめる煙の向こうから、岩の板に乗っていたであろう人々が、咳き込みながら降りてきた。




「な、なんとか助かった」


「アイツ、無茶しやがッて。スリル満点で楽しかッたがよォ」


「さすが、SSクラスを一人で倒しちゃう子は、やることが一味違うの」




「な、なんだお前等……? なんで下から上がってきやがった!」




 俺は、状況がのみ込めずあんぐりと口を開けたまま、彼等に問う。




「あらま、人がいたのか。これはご迷惑をお掛けしました。俺は大規模パーティ《テンペスト》のリーダー、カルム。以下、バールにナナミなど。総勢34名。最下層の攻略中にSSクラスの巨大モンスターに襲われ、命からがら逃げてきたんだ」




 カルムと名乗った男は、慇懃いんぎんに頭を下げた。




「最下層から?」




 その言葉に、ぴくりと反応する。


 俺が、アイツを追放してやった先だから。




「ええ、まあ。でも、SSクラスモンスターにやられて死にそうなところを、とある方に助けられて、今もここまで逃がして貰いました。その方には、感謝してもしきれない」




 笑顔で語るカルムを冷めた目で見ながら、俺は「そんな強いヤツもいるのか」とテキトーに返した。




「ああ、本当に強かッたぜ? なんせ、単騎でジャイアント・ゴーレムをブッ潰しちまうんだからなァ、あのエランてヤツは」


「――っ!?」




 俺は耳を疑った。




(コイツ今、エランて言ったか?)




 ……いや、有り得ない。


 あいつのランクはEだ。仮に落下から生き残ったとしても、サイクロプスに殺されているはず。ましてや、SSクラスのモンスターを一人で倒せる力なんて、あるはずがない。




 たぶん、同じ名前の別人だ。


 そう信じたかったが、次にカルムが言った発言で、不穏が確信に変わってしまった。




「しかし、エランくんも大したもんだよ。役立たず認定されてパーティリーダーに見すてられたのに、あっという間に強くなったんだから」


「んなっ!?」




 絶句して、一歩後ずさる。




(あ、有りえねぇ。アイツが……あんなヤツが……!?)




 ふざけるな。


 本当ならお前はもう死んでいるはずなんだ。なのになんで、荷物持ちをやっていた頃よりも、俺の神経を逆なでする!?


 勝手に俺より強くなって、調子に乗ってるつもりか!




「どうしたんだい、君。なんだか顔色が優れないけど」




 気付けば、カルムが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。


 


「っ! なんでもない」




 荒っぽく言い捨て、俺はきびすを返す。


 


「どこ行くんだい?」


「どこに行こうが俺の勝手だろうが!」


「そ、それはそうだけど……」




 なんで怒ってるんだろう? とひそひそ話し合うカルム達を尻目に、俺はゆっくりとその場を立ち去る。




(あいつ……今度会ったらぶちのめしてやる!)




 気に入らない。


 あんなクソ雑魚が《緑青の剣》の最高戦力たるエナに気に入られている現実も、ゴミ屑のくせに強くなって、いろんな奴等にいい顔してることも。


 アイツの全てに腹が立つ。




(最下層の単騎攻略……あのヤロウにできて、俺に出来ないはずがねぇ!)




 アイツのことだ。どうせインチキで強くなったに違いない。


 だったら、そんな鼻持ちならないヤツは、実力を示して黙らせるまでだ。




 だから、次に行く場所は決まった。


 俺は立ち止まって、振り返らずに叫んだ。




「あえて行く場所を言うなら、第一迷宮ファーストダンジョン《モノキュリー》だ」


「な、なんだって!?」




 驚いたようなカルムの声が聞こえた。




 第一迷宮ファーストダンジョン《モノキュリー》。


 王国に五つ存在する迷宮の中で、最も攻略難易度が高い、天空の迷宮ダンジョンだ。




「無茶だ! 君一人だろう? あのダンジョンは他の四つとはわけが違う。一度入ったら完全制覇するまで出ることができない、呪いのダンジョンだ! 死ぬ気なのか!?」


「死ぬ気じゃなきゃダンジョン攻略なんてしねぇよ!」




 苛立ち混じりに言い捨て、俺は足音を立てて足早にその場を後にするのだった。


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