第二十四話 落ちてきた穴の真実

 ――。




「へぇ……そんなことが」




 ひとしきり説明を終えると、カルムは神妙に頷いた。




「それは災難だったね。リーダーに裏切られて、最下層に突き落とされただなんて。そのリーダー、相当イカれた奴みたいだね」


「ええ、まあ。使えないと思った人には、あからさまに態度変えてた……かな?」




 まだ《緑青の剣》に所属していた頃のウッズの素行を思い起こす。


 僕以外にも、役に立たないと一方的に決めつけた人間や馬が合わない人間には、酷い態度を取っていたっけ。




「でもまァ、そいつもアホだよな。切り捨てたクズが、いつの間にかSSクラスモンスターを単騎でブッ潰せるチート野郎になッてるんだからよォ」




 今のエランを見て、そいつがどういう顔するのか見てみたいぜ。とでも言うようににやけ顔をするバール。




 是非、絶望に歪んだ顔を見たい。


 他人の不幸を煽って喜ぶのは性に合わないけど、自分をゴミ呼ばわりして見捨てた奴だ。


 完膚かんぷなきまでに差を見せつけて、ぜひ曇らせてあげたい、そうしたい。




 そう思っていたけど、僕はまだ知らない。


 ウッズは既に、僕を見捨てたことでパーティメンバーに非難され、《緑青の剣》を追い出されていたこと。そして、ウッズの人生の歯車は狂い始め、彼の内面が曇りかけていることを。




「それにしても、上層から最下層まで落とされて、良く無事だったね」




 カルムが感心したように言う。




「いえ、まあ。運良く《空気障壁エア・シールド》のスキルを持っていたのと、落ちた先が湖だったので助かりました」


「違う違う。そうじゃなくて」




 カルムは手と首を横に振って、言葉を続けた。




「聞いたところ、エランくんは第七階層の縦穴に架けられた渡橋から、落とされたんだよね?」


「はい、そうですけど……」


「よく生き残れたね。普通なら、底の湖に落ちる前に95%以上の人が死ぬはずなんだけど」


「えっ!?」




 何ソレ初耳なんですケド!?


 あの穴、そんな危険なものだったの? 


 驚く僕に、「君は運が良かったんだね」とカルムは告げた。




「あの穴、バカな連中が最下層へ一気に到達できる近道だと勘違いして、よく自分から飛び込んでいくんだ。でもあれは、ショートカットの類いじゃない。普通に落下すれば、あの穴の周辺に展開しているすべてのモンスターが、落下中の人間に気付いて一斉に襲いかかってくる。低ランクから高ランクまで、分け隔てなく。しかも200体以上は襲ってくるらしいよ」


「う゛ぇ……」




 気の遠くなるような話に、危うく意識が飛びかける。


 自分が落ちたときは、少なくとも襲ってくるモンスターなんていなかった。




「その様子じゃ、襲われてないみたいだね。自分を敵の意識外に追いやるスキルを無意識に発動していたか、あるいは……君を襲うことが、モンスター達にとっては逆に危険だったか」


「いや、逆に危険て……そんなわけないでしょう。だって僕はあのとき、Eランクですよ? Aランクとかだったら、襲ってこないかもしれませんが……あ」




 そのとき、僕は気付いた。


 そうだ。確かに僕はEランクだったけど、僕を狙って落ちてきたSクラスのサイクロプスがいた。




「もしかして、周りのモンスター達は僕を恐れていたんじゃなくて、僕を狙っていたサイクロプスの巻き添えを食らうのを恐れていたんじゃ……」


「心当たり、あったようだね」




 はにかむカルムに、「はい」と頷き返す。




「何にせよ、あの穴を突破することは、順当に最下層まで下るのと同じレベルの難易度を誇る。君は運を味方に付け、たったひとりで88階層までを攻略したんだ。誇っていいよ、君は」


「そ、そう言われると照れますね……」




 照れくさくて、頭の後ろを掻きながら目を逸らす。


 そうか。ほぼ無傷で最下層に降りたのは、強運が招いた偶然だったんだ。


 もしそうでなかったと思うとゾッとするけど、今こうして生きてるんだから、自分の強運に感謝しておくとしよう。




「ところでリーダーよォ、俺達ァ、これからどうすんだ?」




 不意に、バールが話題を逸らす。




「そうだね……このまま攻略したいのはやまやまだけど、この状態じゃあね」




 カルムは神妙な面持ちで辺りを見まわす。


 メンバーの全員が傷を負っており、中には骨折、頭部出血の重傷者や意識を失っている者もいる。




 一目で、これ以上の探索は困難だということがわかった。




「かと言って、引き返そうにももう最下層の後半に来てる。引き返そうにも、リスクが大きすぎる……」




 どうやら、八方塞がりなようで、カルムは頭を抱えた。


 剛胆な性格のはずのバールすら、苦々しい表情をしている。


 まあ無理もない。前も後ろも地獄、前門の虎後門の狼といった状況なのだから。




「エランくんに守って貰いながら進むという手もあるけれど、動けない仲間が沢山いる中で守りながら戦うのは、相当難易度が高い。今回は守っていただけたが、今後も足手まといになるわけにはいかない」




 カルムの冷静な分析に、「まあ、ずっと守りながら戦うのはキツいですね」と同調する。


 ジャイアント・ゴーレムみたいなのが何体も出てくるようなことがあれば、流石に守りきれない。




(何か良い方法はないか……?)




 しばらくの間思案して……思いついた。


 誰も死なせることなく、安全にこの場から逃がす方法を。

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