第5話 フローラさん!


 ローラは、瓦礫に囲まれながら、ベッドでうたた寝をしていた。

小さく蹲っている体。泣き腫らしたであろう、赤い頬と涙がまだ乾かないまつ毛。

そんなローラを見下ろしながら、フローラは思った。

 (ローラ様は、一人の主人公。だが、それ以外は普通の10歳の少女。

 私が守らないと。

 

 それにしても、

かわいいものが、惨めな目に遭うと、

どうして私はこんなに、高揚してしまうのかしら。

かわいいローラ様、守りたい、けど、

惨めな目に遭って欲しいです!惨かわです!)

 フローラは、果ての無い自身の思いを途中で諌めると、

 「ローラ様!ローラ様!」

 ベッドの上で寝ているローラの肩を揺さぶり、

声をかけて起こした。

 

 ローラは目が覚めると、半目で、フローラを見て、不明瞭な声を出して言った。

 「フローリァ。」ローラはとりあえずの思考で、フローラの姿にだけ反応していた。


 「大変です!ローラ様!敵が襲ってきました!」フローラは落ち着きながらも叫ぶ。

 「敵?、、敵!ゴブリン!」ローラは、寝る前に見たゴブリンの姿を思い返した。

 フローラはローラを肩に担ぎ上げると、

腰の高さ程しかない、家だった建物の壁を跨ぎ、その敷地からローラを運び出した。

 肩からゆっくりと優しく下ろされるローラ。その前には、

ローラは未だ知らない人物であるパインが、10メートル程の距離を空けて、

剣を構えながら酷く唸っている。その人物の方から発せられる重い音が、

波のように耳に届き、ローラは耳に痛みを覚える。

 「痛い、鼓膜が、、ねぇ、フローラ、あの人は?」

 「はい、ローラ様、あれが敵です。ローラ様は下がってて。」ローラの前に立ち塞がるフローラ。

 「敵?ゴブリンは?」

 「ゴブリンはもういませんが、あれが新たな敵、パインです。」

 「でも、人だよ?」

 重い音が酷くなり、地面も振動し始める。

 ローラはたまらず、手のひらで両耳を塞ぐ。しかし、フローラには全く効かない。

 「痛い!頭が、ううう!」ローラは堪えきれず、小さく蹲る。

 「ローラ様!私が守りますので!」フローラは大声でローラに叫ぶ。

 「何?全然聞こえないよ!」ローラも叫ぶ。

 重い音が、音を支配する。

 

 チッ。

 フローラはパインに向かって舌打ちする。すると、

パインの左頬に切り傷が現れ血が垂れた。咄嗟の事に怯み、パインは集中を解除してしまい、重い音も分散し消えた。

 「な、、舌打ちで、私の頬を切った、だと?」パインは、恐怖で足が震えていた。

 

 「ローラ様、痛いの大丈夫ですか?」

 「うん、、」

 「私が守りますから、ローラ様は逃げて下さいね。

 さあ来い、私が盾になる!」

 パインの方へと向き直ったフローラから発せられる迫力で、剣を握る手にも力が入らないパイン。

 

 チッ。

 今度は右頬が切られた。パインは死を覚悟し、思った。

ば、化け物だ、と。

 「さあ、早く来い!ローラ様も早く逃げて!敵にもっと痛い事されますよ!」

 フローラの咆哮が響き渡る。

 敵への恐怖を煽られ、ローラは走り逃げ出し、

 フローラへの恐怖に、パインは狂った様に重い音を太刀筋に乗せて放つ。

 「いやああ敵い!」ローラは悲鳴を上げ、

 「ぎゃあああ化け物!!」パインは発狂し、

 「うるぉあーー!」フローラは歓喜の雄叫びを上げる。

 

 フローラは、すぐさまローラに追いつき担ぎ上げ、

 波の様に移動するパインの斬撃の到達先に移動、斬撃を背に受けた。

 しかし、斬撃は散り散りとなり果て、消えてしまった。

 

 「うあ!」フローラはすぐさま口の中を自分で噛み、血を吐いて見せた。

 ローラを優しく下ろすと、フローラは前のめりに倒れた。

 

 「フ、フローラ!」倒れるフローラに駆け寄るローラ。

 「いやあーー!」フローラの吐血を見て叫ぶローラ。

 「ぎゃあーー!」斬撃が全く効かない事実に恐怖するパイン。

 

 ローラは、フローラを優しく抱き抱え、自分の膝の上へ寝かせた。

 「フローラ!ねえ、フローラ!」涙を流しながら、

 ローラはフローラの体を揺さぶる。

 フローラはゆっくりと瞬きをし、ローラを見つめて言った。

 「ローラ様を、守れて、良かったです。

 もっと、、一緒に、居たかった、です。」フローラは悦に浸り、眼を滲ませる。

 ローラは泣きじゃくりながら言った。

 

 「私もだよ?だから死なないで!」

 その言葉に、フローラは歓喜の涙を流した。

 「一緒に居ても、良いんですか?」

 「うん、一緒にいよう!だから死なないで!」

 「一緒にお風呂入っても良いんですか?」

 「うん、良いよ?」ローラには、何故風呂の質問なのか、分からなかった。

 「一緒に、百合の沼に、入って、下さいね?」フローラは、血の量を増やしながら言った。

 「え、沼?何で沼なの?百合って何?」

 「いいから早く、ねえ、良いですか?風呂みたいなものですから。」と、

 フローラはローラの手を握って急いた。

 「わかんないけど、うん、良いよ。百合の沼ってどこにあるの?」

 「大丈夫です、私がエスコートしますので。」

 「エスコート?エスコートってどういう意味?」ローラが聞き返すと、

 「はい、私が一生お守りする、という意味です。」

 

 「ありがとう、フローラ。じゃあ、私をエスコートしてね。でも、

 死なないでね。」

 

 「はぁ、はぁ、」ローラの言葉に、興奮で息が荒くなるフローラ。

 「どうしたの、フローラ!ねえフローラ?」ローラは心配で仕方が無かった。

 「大丈夫ですよ、嬉しくて、つい。」

 フローラは、そう言って、目に手を当てて涙を溢れさせた。そして、思った。

今日から尊い百合沼ハッピーライフだ、と。

 

 「私も嬉しいよ。」ローラは、命懸けで守ってくれるフローラを見て、下僕として召喚して良かったと、心から思っていた。

 

 その中、パインはひたすらに集中し力を練っていた。

振動が分散しない様に、自身へと密に集中させる。振動が体を蝕み、鎧にヒビが入る、足元の地面も亀裂が走る。振動は濃密な振動となって、危険さを増していた。

振動の焦点がパインの体から、剣へと、ゆっくりと移動していく。

構えている剣が大きく振動し、両手で抑えても堪え切れない程に暴れ出す。

 血を吐きながら、パインは唱えた。

 「最強最高の、一撃を、食らいやがれ!」

 

 フローラは反応した。

 (な、なんだと、、

 ま○わいやがれ、だと!?今言う事か!

 く、、とんだ変態野郎だ。

 残念だよ、パイン。)

 

 暴れる剣を頭の上で掲げ、叫ぶ。

 「令嬢最強、チート主人公を、舐めんなよ!」

 

 フローラは反応した。

 (な!ローラ様の前で、よくも、そんな、はしたない言葉を!

 もう、許さない。

 貴様の様な腐女子に、興味など無いわ!!外道め!)

 

 パインは、ローラめがけて剣を地面へ振り下ろす。

振動が壊滅的な音を出して、地面を捲りながら、ローラへと飛んで行く。

ローラが反応する間もなく、ローラへと到達する、

 直前、

 ぷっ。

 フローラから発せられた、ぷ、という破裂音が、巨大な空砲となり、

 振動の波を一瞬で飲み込むと、パインの腹部へ到達した。

 「ゔゔ!」

 パインは腹部に当たった、フローラのぷで、倒れこみ、堪えられない苦しみと痛みでもがきながら、薄れる意識の中、思った。

 ぷ、かよ、と。

 パインは失神した。

 

 フローラは何事も無かったかの様に、ゆっくりと立ち上がって言った。

 「さあ、ローラ様、お風呂入りましょう。」

 「え!何で急にお風呂?」

 「お風呂も、吹き飛ばされて、屋根が無いみたいですし、

 ふ、2人で、はぁ、露天風呂、ですね。はぁ、はぁ。」

 「フローラ、ケガ大丈夫なの?」

 「ケガしたので、早く、お風呂に、ローラ様と、フローラ、はぁ、はぁ。」

 興奮する、フローラ。

 

 すると、ローラの家にあった目覚まし時計が鳴る。

威勢良く鳴る、目覚まし時計の鐘の音。

 

 ローラは、立ち上がると、凛とした表情をしながら言った。

 「もうすぐ、作者様が来るわ。」

 

 チッ。

 フローラは空に向かって舌打ちした。

 雲が一つ、無くなった。


 

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