月は星よりも輝き、太陽は雲に隠れる。 【70000pv突破‼︎】

七沢ななせ

始まり

発覚

第1話

 今となっては思い出したくもない過去だが、当時の俺には最愛のひとがいた。


 桜庭陽菜さくらばひなは、俺が生まれて初めて好きになった女だった。一目ぼれ、という現象を俺は心底馬鹿にしていたが、あの瞬間、俺は陽菜に一目ぼれしたんだと思う。


 まるで電に打たれたような、そんな瞬間だった。彼女が浮かべる表情一つ一つが、彼女の目や口、鼻、髪。全てに至るまで俺のものにしたくてたまらなくなった。


 そして、勇気を振り絞った告白。彼女は少し驚いたように目を見開いた後、白い頬を真っ赤に染めて、うなずいてくれた。


――あたしも、けい君が好き。


 その時感じた、天にも昇るような気持ちも、嬉しさも、今となっては消したい思い出に変わり果ててしまった。


――――――――――――――


「なあ、慧。おまえ、陽菜ちゃんと付き合ってるんだろ」


 友人が、ためらいがちに俺に声を掛けてきたのは数日前のことだ。


「そうだけど」

 友人は束の間迷ったように目を伏せ、そして口を開いた。

「これをお前に言うべきなのかわからないけどさ。俺、見ちゃったんだよ」


 胸に走った嫌な予感。


 案の定、それは当たってしまったのだった。


「陽菜ちゃん、二組の月島ってやつとキスしてた。体育館裏で」


 口元に浮かんだ半笑いが、どうしても消せなかった。


 嘘だ、という思いと、信じられない、という思い。それらがないまぜになり、俺は混乱した。しばらくは口もきけなかった。嘘であってほしい、という思いはすぐに打ち砕かれた。


 俺は、動かしがたい真実を目にすることになってしまったのだから。


 じっとりとしめった体育館裏。どくだみの臭いがむっとたちこめ、居心地の良い場所ではない。


 部活で使用するテニスボールが、うっかりそこに転がり込んでしまったのだ。取りに行こうとフェンスを曲がった直後、俺は凍り付いた。


「こんなところ、藍沢に見られたらヤバくないか?」


 笑いを含んだ男の声が耳に飛び込んできたのだ。藍沢。俺の苗字だった。そして、その声に答えた甘えるような陽菜の声。


「いいの。早く続き、して?」


 吐き気がした。こんな声、俺の前では絶対に出さないのに。男に媚びたりなんてしないと思っていたのに。


 けれど、俺はその場から離れることが出来なかった。


 ぶちゃぶちゃと柔らかいものがぶつかり合う音。陽菜はスカートをはいた脚を開き、男の膝に乗っかっている。しっかりとまわされた男の手。


 まもなくして、陽菜の甲高い声が聞こえ始めた。


 まさか、学校でこんなこと――。



――――――――――――――


 俺は、あまりの気持ち悪さに耐え切れず、その場で胃の中身を吐き出した。

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