大安吉日

相槌

短編

「仏滅に結婚式を挙げましょ」

 式場が安いからでも、ましてや物事が終わりを告げ新しいことを生み出すからでもない。午前中の仏滅に人として一度きりであってほしい行為を執り行う。それの意味を彼女は知っている。知っているからこそ、彼女は冗談でも嘯くわけでもない。真剣に真面目に言い放ったのだ。ジューンブライドが騒がれる土曜日。生憎その日も仏滅だった。

 私にどんな返答を待っているのかわからないが、その栗毛色の髪の毛が、その長い睫毛が、その陰鬱だがどこか耽美なやや面長の顔立ちが、全てを物語っていた。

二十六歳、正社員、四年目。様々な肩書が増えてきて、学生時代の友人は次々とラインのアイコンを友人から恋人にする中で、私と彼女だけは未だに亡霊のようにそこに居た。

 学生時代に縺れ合った関係は。

 三年目の記念で買った指輪は。

 一緒に住むために買った家具は。

 相手を束縛するために生まれた『愛している』も。

 私と言う存在は高校の時に全部こいつにぶち壊されて、また構築されていった塊だった。相手の思い通りになるために相手の思う理想の相手になった。彼女と言う存在はそれほどまでに大きく、それでいてきっと私の人生の半分をあげてもいい、なんてジョークが言えないほどにまで肥大したエゴだった。彼女という存在について、いくつか明記しておきたいことはある。

 彼女とは雪山という名前だ。下の名前では決して呼ばない約束をして。雪ちゃんなんて愛称で呼んで。私と同い年のやや潔癖のケがある女だ。元々陸上部所属で、なんて肩書よりもこいつとは高校時代から同性でありながら寝ていると言うのが人生の汚点であり、また最高のスパイスだった。寝ているなんて共寝とか夜伽なんて甘っちょろい言葉で済めばよかった。セックスしている。この女と。高校時代は相手の家で、大学時代は一人暮らしを始めた私の家に上りこんで。今は二人で決めた物件で。こいつは顔がいいとも悪いとも言えない、そこら辺にいる非正規社員の女だ。それにスタイルがいいわけでもテクニックがあるわけでもない。ただただ、私の独占欲を刺激するだけの女だ。インスタのオススメの記事に出てきた理想の彼女とも数少ない女友達と話すときに出てくる最悪な女でもない。

 ただ、ずば抜けて私と言う女を狂わせるのが上手い女だった。フランス語でファムファタルなんて言う女なのかもしれない。

 機嫌が悪いときには寝てくれて、機嫌がいいときは自分がどこかに行っても何も言わずに出してくれた。ただ、一つの約束事。そう、キスする前に歯を磨けば、それ以外はなんでも許してくれた。直近で言えば、乗り気だったのに一瞬で興が冷めた瞬間に

「したくない」

 と言えば相手は何も言わずに着替えを持ってその晩は終わった。相手も熱を帯びていたに違いない。それなのに相手は事を取りやめいつものように

「美月」

 と私の名前を呼んでキスを落として眠るのだ。

 この言い分だとまるで私が最低な女のような言いぶりだが、私自身もこいつのことに関して言えば、狂おしいほどの劣情を持っている。昔から貯金が好きだった私がこいつのために全て散財させて買ったこの同居用のマンションの一室も雪山が決めた。雪山が欲しいと言ったものは全部与えた。別に同性婚とか興味なかった。ただ、相手が結婚したい。結婚式を挙げたいなんて言うから。賛同はした。それに結婚式の費用も私が持つことにした。

 端的に言えば、相手を自由にさせているのは私だし、私に自由にさせているのも自分だった。

「なんで、雪ちゃん。仏滅に」

 外ではしとしとと雨が降っている。この時期らしいじっとりとした暑さが体にまとわりつく。嫌だな、より先にこの空気をどうにかしたかった。

 栗毛色の長い髪を一度だけ上げて雪山は口を開いた。

「別れた時、仏滅に結婚式挙げたからって言えるから」

 ―――嬉しそうに笑う雪山の顔だけが妙に忘れられない。

 六月の第三日曜の仏滅。結婚式の予定はまだない。 

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大安吉日 相槌 @aidutitoha

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