第2話 誘惑する相手
誘惑する相手の西国サンゼルの王太子。
マーカス・サンゼル。
三年前まではその存在が忘れられていた王子だ。
マーカスは病弱で、ずっと王宮の離れで静養していた。ところが四年前から病状が回復に向かい、三年前から公務を始め、次期王と見なされていた王弟に変わり王太子になった。
王妃の息子は彼ただ一人。
健康であれば王と王妃の子マーカスが王太子になるのは当然の流れだった。
アルメは王太子マーカスが描かれた絵姿を渡され言葉を詰まらせた。
絵姿を持ち込んだのは、王太子マーカスの婚約者のルベルト侯爵令嬢シャローンだ。
アルメがお世話になっていダンティール男爵家に彼女はお忍びでやってきた。花護館にやってきた依頼主はシャローンの侍女であり、この依頼は家ではなく彼女個人の依頼だと言う。令嬢個人で動かせる金額など額が知れてる。それなのに女将がこの仕事を受けた事にアルメは意味を考える。
「どうですか。誰かに似てませんか?」
謎かけをする様にシャローンは問う。
(だから、女将さんは……)
絵姿はハリーによく似ていた。少年らしさは薄れ、顔立ちは多少すっきりしているが、ハリーが成長した姿と思えるほど、面影があった。違う所といえばその眼差し。薄茶の瞳は冷たさを印象付ける。
「あなたの亡くなった幼馴染の少年に似てますよね?」
シャローンは答えないアルメを真っ直ぐ見つめ、ゆっくりと問うた。
「王太子殿下はハリーなんですか?」
信じられないという想いと生きているという期待から、アルメの声は震えていた。
「今のマーカス殿下はハリーではないかと私は考えてます」
「今の、」
(そうだ。四年前からマーカス殿下は体調が良くなったと言われている。この時にハリーが本物とすり替わったとすれば……)
「父は私の考えを受け入れるつもりはないようなのです。恐らく事実を知っているのに、婚姻を結ばせ、私を王妃へ、その子を王に添えるつもりなのでしょう」
シャローンは目を伏せ、そう語る。
(だからこの依頼はシャローン様個人の依頼)
「あなたはハリーが嫌いですか?」
「え?」
(あ、間違った。そんな事聞くつもりないのに)
「アルメ、ご安心ください。私は全くハリーには興味ありません。マーカス殿下にそっくりで最初は戸惑いましたが、彼はマーカス殿下ではありませんから」
シャローンは微笑みながら、そう答えるが、どこか悲しげだった。
(あ、そうか)
アルメは彼女の陰を帯びた表情を見て悟る。
もしハリーがマーカスに成り代わっているとしたら、本人は亡くなっている可能性が高い。シャローンはマーカスの婚約者だ。想像でしかできないが、彼女はマーカスを好きだったに違いない。
「本当に、マーカス殿下は本物ではないのですか?」
手の中の絵姿はハリーの面影を残している。けれども、別人と言われればそう思えなくもなかった。下街で野菜を配達していた薄汚れた生意気な少年、それがハリーで、こんな冷たい表情で貴公子然としている姿には違和感しか覚えない。
「お恥ずかしい話なのですが、私は婚約者ながら幼少の頃に二度しか殿下にお目にかかっておりません。そのこともあって、マーカス殿下が偽物であるか確証が持てないのです」
(ハリーではない。その可能性もある)
シャローンの言葉を聞きながら、アルメは絵姿に目を移す。
「けれども、私の勘が、今のマーカス殿下は私が出会った殿下とは違うと言っているのです。どうか、アルメ。この方がハリーかどうか確かめていただけませんか?そしてハリーであったら、誘惑して婚約破棄に持ち込んでほしいのです」
「……無茶苦茶なこと言いますね」
シャローンの願いにアルメは正直な気持ちを吐露してしまった。
ハリーに会いたい気持ちは本物で、この絵姿のマーカスがハリーであればと願ってしまう気持ちもある。
だけど、王太子だ。
ハリーが王太子の振りをしているのであれば、その周りも事実を知っている可能性が高い。ハリー自身も望んで王太子のフリをしているかもしれないのだ。
そうなればアルメは邪魔者になる。
「あなたの安全は私が命に代えても保証します。学園には私の影が潜んでいます」
「あなたの影。護衛のことですよね。だけど、シャローン様のお父様は反対なのですよね?」
「ええ、けれども、影は私を絶対に裏切りません」
シャローンはアルメを真正面から見つめ、言葉を紡ぐ。
(危険が大きすぎる。だけど、私は真相を知りたい。もしハリーであれば、少しでも話したい)
ハリーを探すために、自由を得るために、高級娼婦に成り上がった。
(ハリーではないかもしれない。本物のマーカス殿下である可能性もある。だけど可能性があるならそこにかけたい)
アルメは危険に目を瞑り、シャローンの依頼を改めて受けることにした。
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