婚約破棄をさせる為、王太子を誘惑する仕事を依頼されました。

ありま氷炎

第1話 娼館で育った少女

 アルメは娼館育ちだ。

 五歳の頃、両親に売られて娼館に来た。

 両親が選んだ娼館がたまたま当たりだったのか、それとも事前に知っていたのか、他の娼館に比べ比較的に待遇のいいところだった。

 もし他のところに売られていれば、五歳の時点ですでに客を取らされていたかもしれない。


 アルメの働く娼館は、花護(かご)館と言う。

 五歳でも出来ることはなんでもやらされた。もっぽら掃除が主の仕事だったが。

 場末の娼館ではない花護館は活気があり、娼婦たちも明るく、アルメは自身の人生を悲観しなかった。

 体を売ることを仕事の一つと捉えていた。

 九歳から娼婦の小間使いになり、客との付き合い方を学んだ。年齢が上がる連れて、夜伽の仕方、技術を学んでいった。

 アルメの仕える娼婦の名は、エブリン。

 花護(かご)館一の高級娼婦であった。

 アルメは五歳からこの館で働いているため、彼女がエブリンの小間使いになったことを羨まむ者はいても、陰口を叩いたり、邪魔をする者はいなかった。


 十二歳になり、アルメもいよいよ客を取ることになった。

 娼婦の初めての客になりたがる者は多い。

 しかもアルメのように気量のよい娘の初めてだ。

 明るい栗色の髪に、宝石のような緑色の瞳。少女らしい華奢な体は庇護欲を抱かせる。

 エブリンの元でアルメは自分を磨いてきた。

 彼女のように高級娼婦になり、客を選べる立場になるのが夢だった。

 娼婦の中には、早く身請けされたくて、特定の客に擦り寄りものをいる。けれども、高級娼婦以外は客を選べない。客から指名をされれば、どんな客も相手にしなければならないのだ。なので身請けされるまで、客を取り続けなければならない。

 花護館の女将は、娼婦を粗末に扱うことはない。

 一日で多くて二人の客、しかも複数は認めていない。

 他の娼館よりも厳しい条件が多いのだが、娼婦たちの明るさに救われる客もいることから、花護館の人気は高い。


「アルメ。逆らっちゃだめよ。流れに任せるのよ」


 エブリンに助言され、アルメは初めての仕事に臨む。

 お客は、アルメがよく知っている者で驚いた。


「お金大丈夫なの?」


 思わずそう聞いてしまったくらい。

 彼は館に野菜を下ろす青果屋の息子ハリーだった。


「それから、大丈夫なの?」


 ハリーはどう見てもアルメと年頃が変わらない。もしかしたら年下かもしれない。

 精通をしているようにも見えなかった。


「うるさい」


 ハリーは顔を真っ赤にすると、脱ぎ出す。


「ねぇ。あんたが先に脱いでどうするの?」

「う、うるさい。ちょっと待ってろ!」


 シャツを脱ぎ、男っぽさがまったくない胸板を晒したまま、ハリーはアルメに近づく。そして彼女の羽織っていたガウンを剥ぎ取った。

 十二歳とはいえ、女の子の成長は早い。

 膨らんだ胸部を間近にハリーの動きは固まってしまった。


「ハリー。最初の相手があんたでよかった。ありがとう」


 アルメは少年の手を取り、自分の胸に当てさせ、唇を啄む。

 ハリーは完全に上がってしまい、顔は真っ赤で、涙目だった。


「なんか、これじゃあ、私が襲っているみたい」

「うるさい!」


 その日、少女は女になった。

 そして少年は翌日、家族と共に火事で亡くなった。



 月日は流れ、四年後。

 アルメは花護(かご)館一の高級娼婦になっていた。

 彼女の師匠ともいえるエブリンは、二年前に平民に身請けされた。

 身請けの費用は、エブリン自身の貯金と彼女の夫が必死に稼いだお金によって賄われた。同じように身請けを狙った貴族や商人の目を掻い潜るため、二人の居場所は誰にも明かされてない。

 二度とエブリンに会う事は出来ない。それが悔しかったが、二人の幸せを願い、ぐっと我慢した。


(私もいつか、好きな人に身請けされたい)


 そう思うと浮かぶ顔は、四年前に死んだ少年の顔だった。


(ハリー。何で)


 青果屋の旦那と奥さん、ハリーは黒焦げの死体で発見された。火事にしては不審で殺された上に焼かれたのではと、噂されたが調査はされなかった。犯人が憎くて女将さんに訴えてみたが、この件は触れてはいけない事だと叱られた。この街でハリーの事を話すものはもういない。

 

アルメはいつか自由になったら、ハリーの事を調べたいと思っていた。

娼婦のアルメにとって自由とは、娼館を出る事。

 それは貴族や商人に身請けされる事だ。娼婦は大概が妾(めかけ)として囲われる。もう客もとらなくていいし、お金の心配もない。

いいお客に貰われる為にはそれなりの客に会う必要がある。それは高級娼婦を目指す事に繋がる。

 下積みから始め、おかしなお客に当たったり、殴られそうになったこともある。

 執拗な行為に何日か寝込んだことも。

 高級娼婦だったエブリンを見て学び、十六歳で遂に昇り詰めた。

 今のアルメは客を選ぶことができる。小間使いもついている。娼婦仲間からやっかみの嫌がらせも時たまあるが、女将が目を光らせているため、小さなものだ。

 まだ十六歳のアルメならば、あと十年は華々しく高級娼婦して働けるだろう。

 女将はそれまではどうにか彼女を身請けてさせたくないと思っているらしく、客からそう言った願いを聞くことはない。

 

(あと十年か。気が遠くなるな)


 できるだけ早く身請けされ自由になりたい。

 高級娼婦という最初の目標を達成し、アルメは、最近ふと虚しい気持ちに陥ることが多くなった。けれども花護館の看板娼婦となった彼女は、客は選べるが長く休むことは許されない。

 病気や怪我以外の理由で一週間以上客を取らないと、格下げされる。

 客を選べない娼婦は辛い。

 だから今の地位を守る必要がある。

自由を勝ち取る為。


(ハリー)


 最初の客で、恐らく彼女の初恋の相手でもあったハリー。その彼を殺した犯人を見つける事、それを日々の糧としてアルメは過ごしていた。




 毎日続く娼館の喧騒、それも慣れれば退屈に思えてくる。

 そんなある日、アルメは女将から出張の仕事を命じられた。それはここから遠い、海を挟んだ西の国へだ。

国どころか街を出るのが初めてで、アルメの心が浮き立つ。

 慌しくその日のうちに迎えが来て下街の花護館を出て、船に乗る。

 出張の仕事は、男爵令嬢として西国サンぜルの貴族の学園に入り込み、ある男子学生を誘惑するというものだった。

 学校に通う事に驚き、男子生徒を誘惑すると聞き、最初は馬鹿らしいと心の中で失笑した。しかし女将も依頼主の真剣な顔をしており、アルメも神妙な顔で話の続きを聞いた。


 わざわざ別の国の高級娼婦を借り上げる、その理由。胡散臭さが先立つ。

 しかも誘惑する男子生徒は西国の王太子だった。

 婚約者である王太子を誘惑して、婚約破棄させてほしい。

 話を聞いて、西国の王家への反逆罪ではないかと顔色を変えたのはアルメだけ。

 女将も依頼主も平然と話を続ける。

 女将が受けた話であり、アルメはただ従うしかできない。

 女将は五歳で売られた彼女に厳しかったが、冷たくすることはなかった。病気の時は、母親のように心配してくれたこともあった。

 なので、命に関わる危険はないとアルメは女将を信じた。


 そうして、彼女は西国サンゼルの王太子を誘惑するために旅立つ。

サンゼルに到着するとそのままダンティール男爵家に住み込む事になった。

 幸運な事に母国ダンゼルダと西国サンゼルの使用言語は同じ。貴族としての作法、学園に入るための最低限の学力を学ぶ。

 高級娼婦は貴族を客とする事もある。西国であるが顔見知りがいないかは事前に調査済みだ。読み書き、計算は高級娼婦になるためには学んだほうがいいとエブリンに言われ、時間を見ながら必死に学んでいた。また教養も必要とされるので、大衆向けではない新聞を読むこともあった。

 そういう日頃の努力もあり、男爵家で一ヶ月貴族のとしての作法をみっちり仕込まれれば、アルメは立派な貴族令嬢に見えるようになった。化粧も娼婦のような派手で色気のあるものでなく、彼女の素顔を生かした可愛らしい仕上がり。

 制服を纏って、アルメは鏡に映る自身を見つめる。

 

(別人みたいだな)

 

 あり得ないが、もし客と遭遇したとしても、これでは誰かわからないだろうと彼女は安心した。

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