第7話 雨1
成川くんは舞台の仕事が多いわけではない。舞台俳優というのは大変な職業だと聞くし。だからといってモデルが好きなわけでもないと思う。彼も本を読むと言っていたし、どちらかといえば本の方が好きかもしれないなと勝手に思っている。
舞台俳優の生活ってどんなものなのか興味がある。彼は、いつまでこんな風に私と握手しながら話してくれるのだろうか。彼はいつも私をドキドキさせてくれる。本当に優しくて温かい素敵な人。こんな人と付き合えたらいいなぁなんて思うこともある。だけどそれは、私が夢見る理想であって現実とは違う。それに、私が彼をファンとしてしか見られないように、彼にとっても私はただのファンなのだ。
成川くんに自分の仕事の話をすると
「俺、本好きなんだ〜!小さい時は絵本で、小学校は伝記と歴史物読んでて、だんだん洋書を読むようになってきたんだよね〜」
楽しそうに話す彼は子供みたいに純粋で素直で、やっぱりとても可愛い人だった。
「俺、翻訳家になりたいなって思ったこともあったなぁ。俺が訳したものを読んでほしいってね」
そう言う彼はどこか遠くを見つめているように見えた。きっと色々な事があったのだろうけど、私はそれを聞かなかったし、聞けなかった。彼は私と同じでまだ若く、きっとこれからも色んなことを経験していくと思う。だからこそ、今の彼は綺麗なのだと思う。
彼、成川くんと初めて会って、梅雨の時期になった。
真っ直ぐに降る雨を、職場のレジの会計をやりながら見つめる。
「雨は好きですか?」
お客のおばさんが私にそう聞いてきたので
「雨は自分を流してくれそうな気持ちにもなりますけど、結局は地面を潤すだけで何も残さないですから嫌いですね」
私は微笑みながらそう答える。すると
「あら……、ごめんなさいね……」
彼女は謝ってきた。
「あ、全然大丈夫ですよ。そういう意味ではないですから」
慌てて弁解すると彼女もほっとした表情を浮かべた。
今日も雨。昨日の天気予報では、明日は晴れると言っていた。なのにこの降り方……。傘を持っていなければ濡れてしまいそうだし、気分も落ち込んでしまう。憂鬱な気持ちになりながらも、仕事はしなければならない。
私は、この書店では高校の時からバイトで働いている。仕事内容は分かっているつもりだ。
でも、分からないことも多いし、お客様とのやり取りも多いのでよく失敗してしまうのだけれど、今を生きるのには精一杯だ。仕事を辞めたら生きていけない。だから必死になって働いてきた。
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