ストーリー
千桐加蓮
第1話 春に舞台を
私は本が好きだ。かなり暗めの描写が多いものを好んで読む。今はだ。キラキラした青春恋愛物語は、どうも今読みたくはないのだ。
数日前に彼にフラれた。高校の先輩だった。
彼が高校を卒業する時に告白されて、七年間付き合っていたが、私ではない人と籍を入れようと本気で考えている女性がいると言われて、カチッとした。私じゃないんだと思って。一髪殴ってやりたい気持ちでもあったが、別れ話を告げられたのはイタリアンのファミレスだ。そんなことをしたら周りからの視線が痛い。とりあえず、ファミレスで食べるだけ食べて、全額彼に払ってもらった。
「さよなら」
彼を一度見てその場を去った。
私は思っていたよりも、幼いのかもしれない。
弱くて、泣いてしまいそう。
マンションに着くなり声を上げると迷惑になるので、小さいため息を吐いた。
高校を卒業してから、社会人になってはマンションで一人暮らしをしていたから、部屋の中に誰もいないことが普通だと認識していたし、寂しいなんて思ったこともなかった。だが今は違うようだ。
「ださ……」
私のその言葉を聞くものは居なかったけれど……。
私は、好きになるということが、数週間よく分からなくなってしまった。考えるようになってしまった。きっかけがそれ。
それから、友人の
「舞台俳優、かっこいいんだよ!別れた男はかっこいい男で脳内いっぱいにして頭の隅っこの隅っこに追いやろ!」
二点五次元というのはよく分からなかった。なんというかネットで宣伝を見たくらいだった。
心愛は今日は一段と可愛い。紅色の髪を編み込みにして、春物のコートはおろし立てのような気がする。綺麗だった。背は平均より少し小さいため、私の方が大きい。顔は童顔なのに身体が色気があるような体型をしているなと思ったり思わなかったりする。
仕事はお互い休みの日、午前の部。春風が頬を撫でた。劇場近くの駅は少し混んでいて待ち合わせ場所に手こずって心愛に見つけてもらった時の第一声がさっきの舞台俳優かっこいいよの話だ。
「本屋で正社員やってるんだからそういう雑誌とか取り扱ったりしないの?」
心愛は不思議そうに私を見て言ってきた。
「私が働いてることは本屋とカフェが繋がってて……どちらかと言うと喫茶店って感じな気がする」
「おー、洒落てるね。社会人二年目になりますなぁ、私達。まぁ、今日は仕事なんてどうでもいいんだけどー」
すごい楽しそうに、私の横を心愛は歩いている。
社会人二年目ってのは心愛だけだけど。
私は高校を卒業してから就職している。
東京のまぁまぁ大きい劇場で開催するらしい。二点五次元の俳優の舞台を見るんだと実感が湧いてきた。
「今日は、舞台が終わった後に二点五次元俳優さん達と握手会があるみたいなんだよねぇ〜!」
鼻歌交じりでスキップをしながら話してくる心愛のテンションについていけないまま、開場まで時間があるのでお茶をすることにした。
私はブラックコーヒーを頼んだのだが、目の前に座っている彼女はキャラメルマキアートの上にホイップクリームが大量に乗っかっている、甘そうな飲み物を飲んでいる。
「あのさ、心愛ってなんというか妖精の国からで出て来たみたいだよね」
「
「え?どういうこと?」
「ふっ、なんでもないですよぉ〜」
意味ありげな表情で、こちらを見てくる彼女に、あ、これはなんかあると思いつつ聞くことが出来なかった。こういう所が自分の性格の悪い部分だと分かっていても、聞けない自分が嫌になった。
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