036.覚悟の果てに
「おかえりなさい」
三人仲良く病院を出た俺たちを出迎えてくれたのは、そんな優しい声だった。
黒髪ロングの、俺以上に長身の女性、マヤ。彼女は朝焼けの眩しさをバックに神々しさを感じさせながら手を前に重ね合わせ俺たちを迎えてくれた。
「……ただいま。アイツは多分これから塀の中だ」
「そうですか……もしかしたらと思ってましたが、そのような答えを出して頂いてよかったです」
悩んだ末に報告するのは今回の顛末。
胸に手を当てホッとするような表情をみせるマヤ。なぜだかワザとらしくも見えるほど大げさな動作だったが、今日ばかりはそれが本心からのように見えた。
やはり彼女には全てお見通しだったのだろう。俺が奴を殺す分水嶺にいたことでさえも。
神様なのだから当然だ。さっきの報告だって言葉にせずとも分かっていたはずだ。しかしこればかりは俺が報告したかった。しなければと思ったのだ。
そして奴が塀に行くことも殆ど間違いないだろう。分かりやすく廊下に放置した上ナースコールを押したし、今も遠くからサイレンの音が聞こえてくる。
サイレンの音をバックに俺は一つ目を伏せる。なんて切り出すか、なんてお願いしようか。俺は頬をかきながら言葉を探す。
「それで……だな、マヤ。俺のこれからなんだけど――――」
「マヤ!おにいちゃんを成仏なんてさせないで!」
「そうです!マヤさん!私のように煌司さんも守ってあげてください!!」
「――――お前ら………」
俺が言葉を切り出したその瞬間、まるで庇うように立ちふさがった二人はマヤへと懇願した。
二人は俺の身にこれから何が起こるか分かっているのだ。それは俺がさっきまで使っていた力の代償。力を使ったものは成仏してしまうことについて。
かつてマヤは言っていた。【この力を使うと成仏してしまう】と。だから今回も例に漏れず俺の身に待つのは成仏だ。
まだ少し時間が残っているのか手が透けてはいない。しかしきっとそれも時間の問題だろう。いずれはこの身も透けて無くなってしまう。
彼女たちの言葉を受けたマヤだったが、その表情は険しいものだった。
残念そうに眉を潜めながら顔を伏せた彼女は黙って首を横に振る。
「どうして!?」
「やっぱり何かしら対価が必要なんですか!?でしたら私の存在全てを差し出します!なので煌司さんだけは……!」
「……いえ、瑠海さん。それは意味がないのです。だって彼は――――」
「ううん、二人とも。もういいよ」
マヤの言葉を遮ったのは俺だった。
もう聞かなくても分かる。その表情と口ぶりで。きっと俺はどうやっても助けることはできないのだろう。随分力を使ったからな。瑠海さんのように脅しではなく実際に危害も加えた。だからなのだろう。
「ダメだよおにいちゃん……せっかくまた会えたのに……」
「ごめんな祈愛。これまでずっと見守ってくれてありがとう」
「煌司さん……私……」
「瑠海さんもありがとう。俺を庇って力使おうとしてくれて、こんな俺を好きになってくれて」
言葉を失った二人の頭をそっと撫でて俺は一人前に出る。
眼の前には残念そうな表情のままのマヤが一人。俺は彼女に向かって精一杯の笑顔を見せつける。
「さ、マヤ。好きに俺を連れてってくれ。成仏のことは詳しくないけど、せめて痛くないように頼むわ」
「いえ、煌司さん……あのですね……」
「大丈夫。二人のことならきっとうまくやってくれる。だから一思いに頼む」
困惑する彼女の前に俺は立つ。
透けていないことから分かるように、まだ時間はある。しかしこれ以上ここにいたら、二人と言葉を交わしていたら俺の心がブレてしまう。だから悲しみで声が震える前に、笑顔を浮かべてる今成仏させてくれ。頼む。
そう懇願するも、マヤの放った言葉は俺の予期せぬ言葉だった。
「いえ、そうではなくてですね……煌司さん、あなたは成仏しませんよ?」
「………………はい?」
バッと身を捧げるように手を広げたのもつかの間、彼女から出た言葉に俺は思わず目を丸くしてしまった。
成仏……しないだと?
「おにいちゃんが成仏しない!?どういうこと!?」
「えぇ、煌司さんは成仏しません。むしろ生きてる者をどうやって成仏させろと言うのですか?それは逆に人殺しと同義になっちゃいます」
「ぁっ…………」
マヤの言葉に俺もようやく気づいたように言葉が漏れる。
それはよくよく考えれば当然の結論。
後ろの二人に続いて俺も唖然とする。そして意味を理解したあとはヘナヘナとその場に崩れ落ちるのであった。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「…………死にたい」
そこは光あふれる死後の空間。
いつも根城にしている定位置に新たに出来上がった立派なお家。
俺はリビングのソファーにて一人、体育座りで横になっていた。
その姿はまるで転がるはず無いのに転がってしまったダルマのよう。俺は目から大量の汗を流しながらさっきのことを反芻する。
何が俺を連れてってくれだ!!
成仏なんてしないのに!行く必要なんてないのに!!
なにが二人にありがとうだ!別れることなんてないのに!!
ついさっき行われた盛大なカッコつけを思い出して自らの黒歴史が製造されたことにまたも身悶えする。
なんであんな恥ずかしいことを……!もっとマヤの話を聞いておけば……!!
ひとしきり身悶えしてチラリとテーブルに目を向ければ、一人の大人女性と二人の少女が向かい合わせで座っていた。
その姿を眺めながら耳を傾ける。
「じゃあさ、煌司君……おにいちゃんはアッチの世界で力使っても本当に成仏しないの?」
「そうですね。肉体が生きていて魂だけがこちらに来ている特別な存在ですので。いわゆるチートモードというやつですね。どれだけ使っても成仏することは絶対にありえませんよ」
「じゃあじゃあ!私も!?私もチートモード!?」
「いえ、祈愛さんは力を使う才能が驚くほど、絶望的に、かつて無いほどからきしなのです。なので力を使うことすらできません」
"驚くほど、絶望的に、かつて無いほど"
三連で襲ってくる言葉のナイフは祈愛の心にクリティカルヒット。
うっわ。そんなに才能ないんだ祈愛って。
確かに前も無いって言われたもんな……さて、キラキラと輝かせていた夢を打ち砕かれた本人は……。
「そんなに重ねなくたっていいじゃん〜!うわ〜んっ!おにいちゃ〜ん!マヤがいじめる~!!」
「はいはい、大変だな」
才能の無さを滅多打ちにされた祈愛は、そのまま席を立ってこちらへ飛び込んできた。
俺の胸に抱きついてくる彼女を俺はそっと受け止める。
「聞いてよおにいちゃん〜!マヤったら今までだって酷いんだよ!私が何か創ろうとして失敗した時とか、これみよがしにその上位互換創って見せてくるんだよ!それに計算間違えしたときなんか凄い煽ってくるし!他にも――――」
「あぁ、色々あったんだな……」
グリグリと胸に顔を押し付ける祈愛の頭を撫で続ける。
しかし彼女が本当に……。
「ほえ?どうしたのおにいちゃん」
「いや、本当に祈愛なんだなって」
俺がジッと見ているのが気になったのか、こちらを見上げてクリクリとした大きな瞳を向けてくる。
本当に……彼女が妹なんだよな。
名前はもちろん合っている。容姿は……当時と比べたら随分成長したが面影がある。それらは俺の記憶と合致していた。何故この世界に来た時は、奴に指摘されるまで気づかなかったのだろう。
そんな俺の抱いた疑問はすぐさま彼女によって答えが出る。
「うん!でもごめんね……これまで思い出せないようにしちゃって……」
「!! 祈愛の仕業なのか!?」
「うん……。マヤに頼んで記憶をちょっと……」
どうやら俺の記憶はマヤによってイジられていたらしい。
まさか他にもと思って手を頭に触れるも何の意味もなく。そんな俺を見た彼女は「でも!」と慌てて言葉を被せる。
「で、でも!記憶っていってもそこだけだよ!それも昨日指摘されて全部思い出しちゃったみたいだけど……。でもビックリしたよ〜!突然指摘されて思い出したからどうしようって!私のタイミングで言おうと思ってたからせっかく立てた計画が台無しに――――ひゃぁっ!!」
屈託なく、あの日のままの笑顔を見せつけてくる祈愛に、俺は気づけば彼女の身体をギュッと強く抱きしめていた。
あぁ、あの日と何も変わっていない。俺の大事な妹だ。人懐っこくて甘えん坊で表情豊かな最愛の妹。
今の身体では温もりを感じ取ることはできないが、それでも彼女が此処に居る。それだけで俺の胸は暖かくなった。
「ど、どうしたのおにいちゃん……そんな突然……」
「ごめん、ゴメンな祈愛。あの日置いていったりなんかして……!」
「も〜。それは病室でも聞いたよ〜。私は何も気にしてないし、むしろ重荷を与えちゃってごめんね?」
「そんな事……!」
俺が彼女の言葉を否定するため顔をあげようとしたが、そっと頭に手が触れて優しく撫でられた。
そうだった。俺が小さい頃、泣いていた時もこうして祈愛に撫でられてたっけ。だから彼女はいつも俺の頭を撫でてくれたのか。
「ううん、おにいちゃんは何も悪くない!むしろ私もこの10年近く、ずっとおにいちゃんの側にいられたからね!」
「………俺の、側に?」
ふと掛けられる言葉に俺は疑問符が浮かぶ。
そういえば病室で会った奴は祈愛の事を知っていた口ぶりだった……。守護霊とか言ってたし、眠ってる間何してたんだ?
その事を問いかけてみると彼女は少し恥ずかしげに目を逸らしつつも理由を口にする。
「えっとね、私も存在としてはおにいちゃんと同じ、身体は生きてて魂だけがこっちに来てる存在でさ、ずっとおにいちゃんの側に……というかお家でずっと送り迎えしていたの」
「なっ…………!?」
「あっ、おにいちゃんが外出してた時は別だよ!その時はこっちに来てたから!ちゃんとプライベートは守ってたから!!」
プライベート……外出時がプライベート……?
なんだか逆のような気もするが、とりあえずそれらについては置いておこう。
じゃあ……つまり俺が奴に殴られてる間中ずっと側に居たの!?
「家だと側に居たとか……なんで殴られまくってカッコ悪いとこばかり見られて……」
「そんなことないよ!むしろその……不謹慎だけど私のために耐えてくれて、嬉しかったしカッコよかった、よ?」
「…………」
…………。
なんだかストレートにそう言われると俺も少し恥ずかしい。
顔を赤らめながら告げられる言葉はまるで告白のようで。俺もつい真に受けて目を逸らしてしまう。
「あっ!顔赤くなった〜!かわい~!」
「………うっせ」
「きゃ~!!」
そんな俺の行動を見逃さなかった祈愛はしたり顔で俺の頬を指先でグリグリ。
対抗して髪をグッチャグチャにしてやると楽しそうに笑ってみせる。
互いにソファーで抱きしめ合いながらのじゃれあい。少し恥ずかしくなりながらも繋がれた片手は決して解こうとしない。そんな兄妹の時間を過ごしていると、ふとテーブル側から一人の女性が近づいてきて俺たちは揃って顔を上げる。
「はいはい、そろそろ構いませんか?お二人とも」
「マヤ……」
「マヤ?どうしたの?なにか用事?」
「えぇ。とっても大切な用事があるのです。……煌司さんに」
「俺?」
そう言って指名されたのはまさかの俺一人。
いつもの調子で告げるマヤは笑顔だ。
一仕事終えた俺たちを労った直後の用事。一体連続して何が待っているのだろう。そこでふとマヤの後ろに立つ気配に気がついて目を向けると、少しバツの悪そうな顔をしながら俺たちを見ていた。
昨日の今日でまた用事か。しかしなんだか慈愛の目を向けられてる気が……
「用事って、さっきの仕事といい忙しないな。で、内容は?」
「えぇ。今回の一件で大事な障害が解決し、ようやく準備が整いましたので、そのご報告を」
「……準備?」
準備。一体何を準備してきたというのか。
そう思ったのもつかの間、俺はすぐにその答えに自らたどり着いた。理由なんて無い。ただの直感だが、殆ど確信に近かった。
そうだ。此処に来た理由。そして俺の目的といえば……。
それはこの世界の終わりを示す言葉。彼女は優しく、俺を励ますようにそれをしっかりとした口調で告げた。
「おまたせしました煌司さん、現実で目を覚ます準備が無事整いましたよ」
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