030.帰省
ガタンゴトンと揺れる電車に3人の魂が揺られていく。
辺りは平日日中の田舎に相応しく、ポツポツとしか人がいない。誰も声を発さない静かな時間が続いてく。
空は曇天。今にも雨が降りそうな曇り空だ。電車のモニターにはタイミングよく今日の天気、"曇時々雷を伴う雨"が表示されている。
まるで今の俺の心情を映しているかのような空だ。電車は駅に着くと同時に扉を開き、車両を更に軽くしてから次の目的地へと車輪を動かす。
「次の駅……だよね」
「………あぁ」
隣から聞こえてくる蒼月の確かめるような呟きに俺は小さく答える。
次の駅……そこが俺の住まう最寄り駅だ。
本来ならば目的地のすぐ近くへ降り立つハズの扉。しかし今回は俺の心の整理もあってか数駅手前に降ろされてしまった。
きっとマヤの分かりづらい心遣いなのだろう。まだ整理のついていない俺たちはまるでお通夜の状態で次の駅まで向かっていく。
「あの……断ることはできなかったのですか?せめて、煌司さんではなく私達二人だけでとか……」
「それは、ないよ。マヤが煌司君を指名したんだから。それにマヤは愉快犯な所はいっぱいあるけど無駄なことは絶対お願いしないから」
「でも祈愛さんっ……!それでも今回のは……!!」
「―――大丈夫。瑠海さん。俺は平気だから」
瑠海さんが蒼月に食って掛かろうとしたところで俺は何とか笑顔を見せてそれを抑える。
確かに何故俺が行かなければならないのかという疑問は残る。けれどしかし仕事として依頼された以上遂行する他あるまい。神様とは伝承通り伝えることが曖昧で真意は読み解けないようだ。
しかし見方によっては簡単なことだ。ちょっと様子見て帰るだけ。魂だけの存在という時点で死ぬことはないし、今だったら殴られるどころか視認すらされない。つまり安全圏からの見学。何を落ち込む必要があるだろうか。
ちょっとした里帰り。俺も今の家がどうなっているか非常に気になっていたから丁度いい。
家では家事とか全部俺がやってたから綺麗にやってくれているだろうか。掃除とかそういうのはあまり期待していないが、なんだかんだ一緒に暮らしてきた以上1割位は心配にもなる。
もしかしたらこれがストックホルム症候群ってやつかもな。そう考えながら心のなかで笑ってみせると、ポーンと電車内のチャイムとともにアナウンスが聞こえてくる。
「ほら、そろそろ着くみたいだから。降りそこねる前に降りるぞ」
「……はい」
2人はきっと俺のことを心配してくれているのだろう。
しかしこれは俺の問題であり、そして今はにおいては何も怖がる必要のない事項だ。
俺は未だ腰を下ろしている2人に先行して先に扉前まで歩いていく。
現世に降り立って以来、自分の胸でくすぶり続けている嫌な予感を必死に押さえつけながら――――
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「そう言えば蒼月、なんでお前まで俺の父親の名前を知ってたんだ?」
「…………」
「……?蒼月」
最寄りの駅で降りて家までの道中、俺はふとあっちの世界での出来事を思い出して気になったことを問いかけた。
静かな行脚、それを少しでも明るくしようという意味も込めて。しかしその問いに返ってくる言葉はない。俺はまさかはぐれたかと危機感を覚えて振り返る。
「………えっ?あ、うん!なに!?どうしたの!?」
「いや、なんでお前も俺の父親の名前を知ってるかって話だけど……」
よかった。二人とも付いてきてくれた。
しかし振り返った彼女は歩きながらも上の空のようだった。確かに付いてくるために足は動いているが顔は伏せてどういう表情かもわからない。俺が避けた電柱にも容赦なくぶつかって透けていき、まるでただの屍のようだった。
俺の数度の呼びかけになんどか気づいた彼女は何とか調子を取り戻して「え〜っと……」となにやら考える素振りをみせる。大丈夫か……?
「そ、そう!瑠海さんに聞いたの!お風呂入ったついでにちょっとね!ね、瑠海さん!」
「えっ……私はそんな事一度も………」
「ねっ!!」
「…………はい。あの時確かにお話しました……。許可も取らずすみません」
大丈夫か、二人とも……?
突然のフリにポカンとした瑠海さんだったが、蒼月に圧されて首を縦に振った。
確かに瑠海さんには過去のことを話したから知っていることも納得できる。そこから伝え聞いたのか。納得した。
「いいよ瑠海さん。別に隠すこともないしな」
「すみません……」
「気にしない。それより二人とも、着いたよ」
再度頭を下げる彼女に、俺が逆に申し訳なく思っているとようやく目指していた建物が見えてきた。
閑静な住宅街。その一角に立てられた明らかに場違いのアパート。良い意味での場違いではない。悪い意味で。もう取り壊して新しい建物を建てたほうが良いんじゃないかと思うほどのボロアパート。2階建てで絵に書いたような格安の建物だ。
さっき降りた駅から徒歩10分。微妙に良い立地から"あの人"は頑なに出ていこうとしなかった。そして俺がずっと暮らしてきた家でもある。
「ここが……」
「なんというか……個性的な建物ですね!」
「別に良いよ取り繕わなくって。普通にボロアパートだから」
瑠海さんが必死に言葉を探すも俺のバッサリとした返事に「あう」と目をバツにしている。
ここは普通にオンボロだ。隙間風も吹くし雨漏りだってする。しかし住めば都と言うべきか、俺にとっては確かに家である。
ここからは迷いない足取りで部屋へ向かう。何だったら目を瞑ってでも余裕でたどり着くことができる。
決して間違えることのない景色、間違えることのない扉。そう、ここが"あの人"と俺が住まう家だ。
ドクンドクンと心臓が高鳴る。
部屋に入って"あの人"が居たらどうしよう。どう反応しよう。どんな心持ちで入れば良いんだ。
扉の手前で足が止まる。あと一歩進めば部屋に入れるはずなのに。もう、「やっぱ無理」といって2人に任せるのも手かもしれない。その事を伝え聞いても立派に仕事を果たしたと言えるだろう。だから…………。
「煌司君……」
「煌司さん……」
踏み出した足が後ろに下がろうとした瞬間、2人の声が聞こえてきて俺の足は止まってしまう。
そうだ。確かに逃げることは簡単だ。しかしそれだと何もならない。妹から逃げて、今も逃げるというのか。
そんなの、後ろで心配してくれている2人にも、妹にも顔が立たない。俺は下がっていた足にぐっと力を込めて身体を前に倒していく。
「大丈夫。2人も俺の後に続いて入ってきて」
ぐっと力を込めた俺はその勢いのままに前へ倒れ込んでいく。
視線の先は閉まった扉。こんなの扉にぶつかってしまって終わりだろう。そう思うかもしれないが俺たちに肉体はない。そんな物理的な障壁なんて何の役にも立たないのだ。ぶつかる暗闇が世界を覆ったかと思いきや、一瞬の内に視界が開ける。
「…………変わらないな」
扉を通り抜けた先は間違いなく俺のよく知る部屋だった。
カーテンは閉まりきり、隙間風がレースを揺らしシンクには洗い物が溜まっている。
床のゴミは……増えたな。テーブルにはカップ麺の器がいくつも重なっている。微細な点こそ変化があるが、それでも間違いなく俺のよく知る家であった。
「煌司君のお父さんは!?」
「いない……みたいですね」
後から入ってきた2人が辺りを見渡すもその姿はない。気配も感じ取れない。
どうやら外出中のようだ。間の悪いというべきか良いというべきか。それとももう引き払ったか……?
「もしかして、煌司君の件で引っ越しちゃったのかな?」
「いえ、それはないでしょう。ゴミ箱には昨日のレシートが見えます」
俺もとっくに引き払ったかと思ったが、どうやらそれは違うようだ。
ゴミ箱に放られているレシートの束の一番上には昨日の日付が記載されているのが見てとれた。
それはつまり、少なくとも昨日まではこの家に居たということ。つまりまだ引き払っていない線が濃厚だ。あとはいつ帰ってくるかだが……。
「いつ帰ってくるかわからないし……けん玉して待ってる?」
「けん玉!?この状況で!?」
いつ創り出したのか、それとも持ってきたのかわからないけん玉をおもむろに取り出した蒼月は突然信じられないことを言う。
いや確かにいつになるかわからないけど、この緊張感でそれアリか!?
「この状況だからこそだよっ!煌司君も凄く怖い顔してる!緊張ほぐさなきゃっ!」
「そうか……?」
「そうだよ!!」
こわい……か?
自分では分からない表情の指摘。突然のディスりに心はダメージ。
いやでもそれはあまりにも場違い過ぎて……
「ほら、瑠海さんも座ったんだから煌司も早く!」
「……そうですね。煌司さん、張り詰めすぎてもいけませんし一緒にリラックスしましょう?」
いつの間にやら二対一。こちらが劣勢になっていた。
部屋の奥に座り込む二人に立ちすくむ俺。しかしそれは確かに……一理あるか。
「……ちょっとだけな」
「うん!けん玉飽きたらお手玉でも何でも任せて!」
それはさすがに……いや、まぁいいか。
俺も髪をガシガシとかいてからその輪に加わっていく。
緊張感の漂う空間。それを打ち破ってくれた二人の緩い空気に俺は心の中で感謝を告げるのであった。
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