027.シャーク――責任転嫁

「どういうことだマヤ。もういいって?」


 俺はマヤの前に立つ。ひまりちゃんとの間を割り込む形で。

 さっき聞こえた二人の会話。"もういい"と"楽しめたから帰らなきゃ"。

 それはまさしく迎えとも取れる発言だった。しかし彼女の後ろに目を配らせても母親どころか誰の姿もない。迎えが来ていないのに帰る、そしてそれを何故ひまりちゃんは理解しているというのだ。

 マヤは神様だ。きっと俺たちが想像していること以上のことを片手を振るだけで実現できることだろう。

 そうであるなら今の豹変も一つ可能性が出てくる。もしかしたらひまりちゃんはマヤによって操られているのかもしれない。


 魂は自由だ。そう蒼月は言っていた。

 もしひまりちゃんが操られて強制的に成仏なんてさせられることになるのなら、俺は全力で阻止しなければならない。それが数時間ではあるが一緒に居た俺の役割だと感じ取っていた。


 しばらく睨み合いが続く。

 いや、もしかしたら歯牙にもかけていないかもしれない。キッと睨みつける俺と、それをいなす形で見つめ返すマヤ。

 もしマヤがひまりちゃんを連れ去ろうとするなら俺が抱えて逃げるのもアリかもしれない。意味のない行為だとしても、それが最善だと考えていた俺の手に、スッと小さな手が差し込まれるのを感じ取った。


「ごめんね心配掛けて。でも、もういいの」

「ひまりちゃん……?」


 手を握ったのは腰ほどの背丈しかないひまりちゃんだった。

 彼女は5歳児とは思えないような落ち着きを見せながら俺の横に立ってみせる。

 すると俺たちの様子を見ていたマヤがフッと笑って組んでいた腕を解く。


「言葉通りの意味ですよ煌司さん。ひまりさん、もう満足しましたか?」

「うん。約束通り"パパ"にいっぱい甘えられたから。だからもういいの」


 "もういい"との発言は間違いなくひまりちゃんへと向けられているものだった。

 そして意味を理解しているのか彼女もしっかりと頷いて彼女の問いに肯定して見せる。


 言葉の内容は"パパ"……つまり親に随分と甘えられたというもの――――ん?なんだって?


「ちょっと待てマヤ。誰がパパだって?」

「あら、聞いておられないのですか?煌司さん、あなたのことですよ?」

「…………はっ?」

「ごめんね黙ってて。驚かせたかったの」

「誰を……?」

「おにぃちゃん……じゃなくてパパをっ!」

「…………はっ?」


 ―――もはや俺は意味の分からない発言に問い返すことしかできないロボットと化していた。


  "パパ"

 それは親を指し示す言葉。子が男親に対し呼ぶもので、家族という括りに入れられる相手からの呼び名である。


 わざとらしく言い直して抱きついてくるひまりちゃんに混乱の境地に立つ俺。もはや宇宙猫のレベルにまで思考停止が極まっていると、突然視界が大きく動いたかと思いきや見慣れた2人の少女の顔が目の前に立つ。


「ど……どどどどういう事!?私の知らない間に子供作ってたの!?」

「どういうことですか煌司さん!!一体どなたとこしらえたのです!?」


 突然詰め寄ってきたのはこれまで俺と行動をともにした2人の少女だった。

 2人仲良く片手で俺の胸ぐらを掴みながら迫っている顔は混乱。きっとここが現実ならあっという間に服が破けていただろう。それほどまでに力強さと剣幕を感じさせる2人に俺はパチクリと目を丸くする。


「そ……んなわけないだろ!俺の年齢考えろ!!」


 ようやくフリーズから抜け出すことができてからは必死の否定。

 俺は享年15歳。そしてこの子は5歳だ。単純計算俺が10歳で産んだことになる。

 生物学的にはありえなくもないが常識的にありえないだろう。つまりここから考えられる結論は……。


「多分、マヤが仕向けたたちの悪い冗談――――」

「言っておきますが、この子は間違いなく煌司君が実父となる子供の魂ですよ。神様という立場を賭けてでも保証します」

「――――じゃなかったわ」


 2人のギロリとした視線が俺を射抜く。

 なんと嬉しくない神様のお墨付きか。じゃあなんだ、俺は10歳くらいで知らぬ間に子供作ってたと?童貞だと思ってたのにそうでなかったと?


 どんな悪夢だ!!


「パパ……信じてくれないの?」

「信じるもなにも……」


 繋いだ手の先、ひまりちゃんからは寂しそうな目を向けられる。

 そんな目を向けられたら否定できないじゃないか……。


「マ、マヤ……。どういうことか教えてくれよ。この子は本当に俺が10歳で作った子なのか?」

「……ふふっ、えぇ、そうですね。あんまり傍観して嫌われてもいけませんしネタバラシしましょうか」


 すがるような俺の目に答えてくれたのかマヤはようやく真実を話すつもりになったようだ。

 それなら俺の実子じゃないって言ってほしいけど……さっき保証されたからなぁ…。


 ネタバラシのためなのか、マヤはそう言っておもむろに手元へ小さな人形を創ってみせた。

 俺でも一瞬で創れるような指人形が二種類。そのうち片方に詰まっていた白い綿を取り出すと、綿を俺たちに見せつけながらカラだったもう片方の人形へと詰め込んでみせる。


「その子、ひまりさんの名とガワは煌司さんの子供のものではありません。このように、私が急ごしらえで用意した偽りの器にひまりさんの魂を入れたのです」

「偽りの器に魂を……。つまり、この子は本当に……」

「そうですね。魂は煌司さんがいずれ訪れる未来で作るであろう子供なのです。ねぇ、ひまりさん」

「うんっ!初めましてパパ!未来の娘だよ!!」

「…………ハハッ」


 ――――神様パワーは何でもアリだな!!


 ひまりちゃんは屈託のない笑顔で見上げてくるが、さすがに俺もキャパが限界だ。

 自身でも分かるほど引きつった笑顔を浮かべながら、なんとか頭をそっと撫でる。

 ついでにようやく理解したのか、正面の2人もようやく胸ぐらを開放してくれた。


「じゃ、じゃあマヤ。当たり前だけど煌司君に娘さんがいるってことは将来誰かと結婚するってことだよね?」

「結婚……とまでは明言しませんが、少なくとも未来の現実世界で誰かと"愛し合う"ことになりますね」

「で、ではその相手は誰ですか!?」


 2人の詰め寄りはマヤへと向けられたが、その表情は飄々としていて決して疑問に回答することはない。

 腕を組み、決して言わないと行動で示すマヤ。それは2人も感じ取ったようで次のターゲットをひまりちゃんに向ける。


「ひまりちゃん……パパが煌司君なら、ママって誰か知ってる?私だよね!?」

「名前じゃなくっても良いんです!外見……そう!特徴とかでも!!私ですよね!?」

「えっと……」


 もはや2人は我を忘れている。問われたひまりは戸惑いつつもマヤへ目を配らせ、マヤが首を横に振ると俺の手を両手でギュッと握りしめながらも気丈に回答を拒否してみせた。


「ごめんね、おねぇちゃん。かみさまとの約束で、喋れないの」

「「くっ…………!!」」


 そこまで気にする程のものか?

 確かに俺の人生で少し輝きが見えたのは嬉しい。どうせそういうのは経験することなく魔法使いになるものだと思っていたから余計にだ。

 しかし何故そこまで気にするのだろう。意味ないじゃないか。だって二人は……。


「二人とも死んで関係ないのに気にする必要もないだろ?」

「いえ!煌司さん、愛は生き死にさえも乗り越えるんですよ!!」

「そうだよ煌司君!愛の前に全ては無意味なんだよ!!」


 さすがに無理がある!!

 愛があっても生死は覆せない!ロミオとジュリエットが証明しただろう!!


 しかしその目には希望が映し出されている。まさに自分が対象だと信じて疑わないくらいに。

 そして、そんな二人が信じる希望を絶望に塗り替えてしまわんとする神様、もとい悪魔がここに一人……


「もしかしたら、お二人とは関係ない第三者の女性かもしれませんね」

「「――――!! コウジクン……?」」


 ギロリ。

 まさにそんな擬音が相応しいだろう。

 突然悪魔マヤの言い放った言葉は2人の視線を俺へと固定させる。

 完璧なシャークだ。サメではなくShirkのほう。責任の押しつけとかそういう意味。

 

「浮気……しないですよね?私を愛してくれますよね?」

「瑠海さん、そもそも俺たち付き合ってもないよね?」

「煌司くんのえっち……。女の子だったら誰でも良いんだ……」

「未来の出来事を今に転嫁しすぎじゃないか蒼月!?」


 もはや別れの雰囲気なんてどこ行ったかと思うほど修羅場な空間。

 それから2人を落ち着かせるのに30分は要するのであった。

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