022.お家ツアーとお風呂
「トイレにキッチンにリビングに色々見てきたけどぉ…………ここがこの家最大の目玉――お風呂!どう!?広いでしょっ!!」
現世から帰って早々に行われたお家ツアー。それはなかなかのハイテンションで行われた。
ハイテンションといってもそれはただ一人、司会進行を務める蒼月。彼女は家に入るやいなや新しく出来上がった家を先導して見て回る。
この建物は2階建てのシンプルなもの。一階部分にある主要なものは既に見て回った。トイレにキッチン、そしてリビング。シンプルと言えどどれもこれもお部屋紹介の動画で見るようなものだった。少なくとも隙間風が毎冬苦しめてくる俺の住んでたアパートと比べたら遥かに立派なものだろう。
トイレは洋式だしキッチンは対面型、そしてどれも家具等完備というところが驚きだろう。まぁ、殆どの設備……特にトイレなんて今の俺達に必要かと問われれば沈黙せざるをえないが。
そして最後に勿体付けてたどり着いたのは洗面所の先にある扉……そう、お風呂場だ。
まるで「自分が作りました!」と言わんばかりの蒼月は鼻高に勢いよく扉を開けて見せ、俺たちは揃って感嘆の声を上げる。
「おぉ……」
「凄いです……生きてた頃の家よりもずっと……」
そこは確かに目玉と表現するのに相応しいものだった。
普通の洗面所から隔てられる扉の先は、まさに巨大なお風呂であった。
もはや家の風呂というよりもちょっとした風呂屋といったほうが近いだろう。さっき見たリビングと同じ位の広さ。シャワーは2つあって湯船も2つ。片方は檜風呂でもう片方はなんとジャグジーだ。こんなの銭湯でしか見たことがない。
「でしょ〜!ここだけはマヤに頼んで私の理想を詰め込んだんだ!!」
「祈愛さんが設計したんですか!?凄いです!」
「ふっふ〜ん!マヤが家を創るなんて言ったのなんて初めてだったからさ、もう入れたいもの詰め込んじゃえ!なったらこんな感じになったんだぁ」
なるほどだからか。創ったのはマヤとはいえ設計は蒼月と。そりゃあ鼻高になるのも分かる気がする。
もう一度室内を見渡せば湯船からは湯気も立っていて今すぐにでも入れるよう風呂も準備万端だ。
湯船は膝を曲げて体育座りにならないと入れない家の風呂ばかりだったから、この風呂場は俺も少し興味が惹かれる。しかしそこで2つの疑問が頭に浮かんだ。
「なぁ蒼月」
「どうどう?煌司君も気に入った!?」
「あ、あぁ。気に入った。凄いよ」
「だよねだよね!ありがと!!」
瑠海さんと話すさなか俺の呼びかけに気づいて向けるのは純粋な眼。
この風呂、本気で気に入ってるんだな……。そんな事を実感しつつも俺は2つの疑問を口にしてみる。
「風呂は凄いと思うが、この広さはどうなってんだ?明らかに外観の広さ超えてるだろ」
「あ、それはね。マヤが空間圧縮?なんかスゴイ技使って見た目と中の広さ変えたんだって」
「…………。じゃ、じゃあ。俺たちが風呂入っても意味あるのか?トイレも飯も必要ない身体だぞ?」
「それも大丈夫!マヤが現世と同じ感覚になるよう創ってくれたんだよ!それに元々お風呂は命の洗濯、魂の洗浄なんだよ!!」
……もはや何でもアリだな神様は。いや神様なのだから当然でもあるのだが。
試しに湯船に近づいて湯気立つお湯に触れてみると――"暖かい"。これまで五感なんて殆ど感じなかったのだが、ここに来て初めて"暖かい"という感覚に包まれた。
不思議な感覚だ。まるでこれまで抱えてきた悩みや怒りが解き放たれるような、全ての苦しみを洗い流してくれるような、それほどまでに心温まる――暖かさ。
もうこのお湯に触れられるならどんなことでも些事になる気がする。
俺がこれまでの人生で苦労してきたことや悩み、苦しみなど。全てが解けて洗い流されていくような――――
「どうしたの?煌司君」
「―――はっ!」
どうやら少しトリップしてしまったようだ。
耳に響く呼びかけに我を取り戻せば不思議そうな顔でこちらを見つめる蒼月の姿が。
瑠海さんはこちらの様子に気づいていないことから、おそらく飛んでいたのは数秒程度。ゆっくりと手を引き抜きながら何でも無いように平静を装いつつ、コホンとひとつ咳払いをする。
「コホン。スマン、ちょっと風呂の凄さに驚いてた」
「でしょでしょ〜!私も全力で頑張ったし、マヤも「久しぶりに本気出しました」って言ってたからね〜!なんだったら煌司君も一緒に入っちゃう?」
「なっ……!」
「えっ!?」
どうやら蒼月は随分とテンションが振り切れてしまっているようだ。
後ろ手に少しだけ目を逸らしながらもチラリとこちらを見上げて問いかけてくるのはまさかの一緒にお風呂コース。
思わぬ提案に俺も言葉を失ってしまったが、それ以上に驚きの声を上げた瑠海さんは慌てて駆け寄ってくる。
ツカツカツカと。
風呂場の床でまだ濡れてすらいないにも関わらずそんな効果音が聞こえてきそうな迫り方。
無言で近づいてきた瑠海さんに蒼月は「えっ?えっ?」と困惑をするうちに、その小さな両肩を掴まれて身体をビクンと震わせる。
「祈愛さん!さっき煌司さんと一緒にお風呂入るって言いました!?」
「う、うん……。そうだけど……。なんだったら瑠海さんも一緒に入る?」
「是――――いえちょっと待ってください。そのようなことはさすがに結婚どころか付き合う了承も得ていませんし、ですが今この身になったからには……でも…………」
困惑する蒼月に何やらブツブツと内なる自分と戦いだす瑠海さん。
これどうするんだよ……。そう思いつつ蒼月のほうを見ると、笑顔を浮かべながら困る彼女がポツリと小さく呟いた。
「冗談のつもり、だったんだけどな」
やはりか。
さすがに蒼月といえどそこら辺の分別がついているようで安心した。
幸いにも自分と戦っている瑠海さんの耳には届いていないようだし、ここは俺が一つ助け舟でも出してやろう。
「悪いが何を言われようと風呂は俺一人で入るからな。寂しいなら二人で勝手に入っててくれ」
「!! だ、だよね!いやぁ、残念!せっかく煌司君の背中流せると思ったのにな~!」
「えっ…………!?」
俺の機転に蒼月も意図を汲み取ってくれたみたいだ。
すぐさま残念そうな演技をする彼女に俺はひとつ肩をすくめる。貸し一つだからな。
それと瑠海さん、そんな絶望したような表情しない。
「それより蒼月、二階はどうなってるんだ?また風呂があるなんて言わないよな?」
「さすがに言わないよ〜。二階は個人部屋かな。それぞれの分で三部屋あるよ」
あぁなるほど、そりゃシンプルだ。
しかも部屋数も三部屋だけ。一階が豪華だったからどれだけ肝を抜かれるかと思ったが、それくらいならまぁ…………ん、三部屋?
「なぁ蒼月、三部屋って誰の部屋だ?」
「誰のって、ここの三人だよ?私に煌司君に瑠海さん」
「……俺も?」
「えっ?うん。……もしかして嫌なの?」
「イヤというか、女子寮的なものかと思ってた。二人もいくら魂だけとはいえ俺がいたら気まずいだろ?」
そもそも俺も案内される時点で今更かも知れないが、正直俺もこの家の住民だとは思ってなかった。
年頃の男女、普通こういうのは男女別だろう。もしかしてマヤはそういった機敏に無頓着なのか?
肉体のない俺達にとって男女的な違いがどれだけ影響を及ぼすかわからない。けれどつい最近知り合った男が近くにいるのはさすがに心穏やかじゃないだろう。そう思って問いかけたものの、2人の返答は俺の予想と大きく違っていた。
「私は……煌司君なら別にいいよ?」
「蒼月……。なら瑠海さんは?瑠海さんは気まずいよな?」
「私がイヤって言うと思いますか?」
「…………」
まぁ………蒼月がいいって言った時点で瑠海さんの返答は予想ついていた。
しかし瑠海さんは百歩譲っていいとして、何故蒼月にここまで懐かれているかサッパリわからない。
「はいっ!じゃあ決定!煌司君もこの家の一員ね!」
「マジかよ……」
「マジだよ!」
何故か決まってしまった死後の世界での同棲生活。
二人の好感度の高さに驚きつつも嬉しく思い、とりあえずため息を吐いて――――
ピンポーン
「…………ん?」
――――ため息を吐こうとしたものの、それは突然家に鳴り響くインターホンによって遮られてしまった。
"この家にもインターホンなんてもの付いているんだー"や"意外と電気も通ってるんだなー"などと悠長なことが頭をよぎりつつ鳴った原因について思案する。
この音はインターホン。間違いない。
けれど何故鳴った?そんなのは決まっている。誰かがこの家の前まで来てボタンを押したからだ。
「来客?誰だろ?」
「誰ってマヤさんしか居ないのでは?」
「普通そうだけど、マヤはインターホンを鳴らさずに入って来ると思うんだよね。一応製作者だし」
2人の話を聞いて俺も頷く。
それぞれの言い分には一理ある。マヤはさっきまで俺たちと一緒にいたのだから。
そうこうしている内にもう一度聞こえるインターホンの音。ここでジッとしていてもしゃーない。ちょっと見てくるか。
考えても拉致があかないと結論づけた俺は先導して玄関へと向かっていく。
なに、危険なんてこの世界には無いんだ。そもそももう死んでいるのだから。切り刻まれても平気だって?そんなのもう無敵じゃん。スターモードじゃん。
そうポジティブに捉えつつ、どうせマヤだろうとアタリをつけて扉を開ける。
しかし、答えは彼女ではなかった。
「はいはーい。誰ですかー?……あれ?」
2メートルを越す長身のマヤ。だから開けた瞬間見上げれば丁度いいはず。
しかし扉を開け、視線を向けた箇所にマヤの姿はなかった。思っていた姿が居ないと一瞬だけ不思議に思ったものの、すぐさま動く影を目の端で捉えてそちらを向く。
「!! ぇっと……その…………」
「アンタは…………誰だ?」
震える声が発せられるのは遥か下。見上げるより見下ろす。地面より1メートルほどの位置に、その頭があった。
小さな体躯に怯えた目。それは俺たちの誰も知らない、どう見ても幼稚園相当の女の子が立っているのであった。
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