012.電車教室

「地縛霊っていうのはね、一説によると強い思いがその場に存在を縛り付けたり死んだことを受け入れられないなんて言ったりするけど、その本質はちょっと違うの。確かにそういうパターンもあるけどごく一部。大半は強い思い"込み"によってその魂と土地をより強固に縛り付けちゃってるのが原因。もしかして瑠海るみさん、地縛霊について知ってたりしました?」


 そんな学校の授業にも似た言い回しで少女は高々と俺たちへと御高説賜る。

 少女に問われた女性は少し考えた素振りを見せた後、「あっ」と思い出したかのように声を上げる。


「確かに学校の授業で先生が語ってましたが、それがまさか思い込み……?」

「はい!さっき『動こうと思いもしなかった』って言ってましたけど、それこそが最たる例なんです。多分地縛霊について事前知識があったんだと思います。その土地への思いが強いって"思い込んじゃった"からこそ無意識レベルで勘違いがより強固になって動けなくなっちゃってたんです。本来魂っていうのは自由なものなのに!」


 手を大きく広げて周りの人なんか気にすることなく自由を口にするのは今日の授業の先生役である蒼月。

 しかしそんなに目立つような仕草をしても周りの人物は誰ひとりとしてこちらを気にする素振りすら見せない。当然だ。だって俺たちは幽霊的な存在で、生者に見られることがないのだから。


 しかし蒼月よ。いくら授業をするといっても電車内でやるのはどうかと思うぞ。

 それにメガネまで創り出して、ノリノリじゃないか。



 今日は一週間ぶっ続けで作業を続けていたさなかでの、気分転換の散歩をしていたはずだった。

 しかしいつの間にかお仲間の幽霊と出会い。いつの間にかその女性の解決へと問題が切り替わってしまっていた。


 蒼月の提案で目的が切り替わった今回の解決旅。そんな俺達が乗り込んだのは最寄り駅から出ている電車だった。

 『思いの原因が彼氏さんなら、まずその人を見てみないとね!』と蒼月がのたまって行くことになった俺たち3人組。当然電車に乗る際に電子カードだの現金だのそんな便利グッズは持ち合わせていない。例え創ったとしても確実に認識なんてされないだろう。

 だから仕方なく無賃乗車。やむを得なかったのだから仕方ない。しかしなんというか……降りてくる人たちを待つことなく乗り込めたのはなんというか楽しかった。



 そんなこんなで俺たちと、そして生者である乗客たちを乗せて出発するは何の変哲もない電車。一人立ち上がりながら楽しそうに語る彼女を見て、俺は一つ疑問が浮かんでくる。


「は〜い。せんせー、しつも~ん」

「はいっ!煌司君!」

「自由だっていうなら、なんで俺たちは電車に乗れるんだ?人にも当たらないし物も透ける……なのに乗り物からは取り残されないっておかしいと思うんだが。そもそも自由なら地面に落ちるんじゃないのか?」

「あ、それ私も気になってました。慣性や重力はどうなっているんですか?」


 俺が浮かんだのはふとした疑問だった。相談者である隣の女性……瑠海るみさんも同調する。

 今試しに閉められた窓に手を突っ込んで見るとその手のひらはガラスに阻まれることなく透けて外へと手だけが放り出された。

 なのに座っている俺の身体は取り残されない。電車が移動してるのだし俺たちも取り残されるべきだろう。慣性の法則なんて有りもしないのだから。


 しかし蒼月はウンウンと頷いて見せる。「そして良い質問だね」と彼女も手を窓から透けてみせた。


「確かにこうやると私達の身体はすり抜けるけど、別に物理的な法則じゃないの。車もそうだけど電車に乗ると私達が動くのは"魂がそう認識してる"から。地面も無意識下で追従するって私たちが認識してるから。常識を変えるような強い思いがあればまた別だけど、今の私達は電車と同じ速度で魂も一緒にスライドしてるし地面に触れるようで実は浮いているだけ。それだけだよ」

「じゃあ、もしその常識を変える強い思い……とやらがあればどうなるんだ?」

「そりゃあもちろん、落下するか電車だけが移動して駅のホームでバイバイだね」


 まじか。

 常識人でよかったわ。いざ乗り込んだのに座った状態でスーっと放り出されるなんてしたらお笑いネタにしかならない。


「もちろん私にもそんなことできないよ。出来るのはマヤくらいかな?常識を変えるくらい強い思いがあるってことは、取り残されても電車どころか新幹線やロケット並みの速度で空を飛び回れるってことだからさ。その場合取り残されてもすぐ追いつけるから、どっちみち問題ないみたい」


 なにそれ羨ましいんだけど。

 なんだか色々と生者の常識からは遠く離れてる幽霊の常識。むしろこっちのほうが上位互換なのでは?


「じゃあ、人に触れられないだけで幽霊のほうが得は多そうなのですが……」


 俺が思ってくれたことを瑠海さんが問いかけてくれた。

 その問いを耳にした蒼月はもちろん首を縦に振る……と思いきや横に振った。少し寂しげな笑顔を浮かべながら。


「瑠海さん、残念ながらそうじゃないんです。大半の幽霊は現世に留まることなく列に加わって転生しますし、煌司君みたいに生きていても魂がこっちにあるのは例外中の例外。留まる幽霊の大半は地縛霊や浮遊霊として強い思いのせいで転生すら出来なくなっちゃいます」

「それならさっき祈愛さんが言っていた思い込みが解けたら自由になれるんじゃ……?」


 瑠海さんは重ねて問いかける。

 そうだ。今隣に座る彼女だって思い込みが解けたから今こうして自由に動けているんだ。多少思い悩む時間がありはするが、結局は自由な幽霊生活でペイできるはず。


「それはそうなんですが……。強い思いで幽霊になった分、自分一人の力でそこにたどり着くには果てしない時間がかかるものなんです。気づいた時には思いを向ける相手はとっくに転生していて結局自分一人きり。孤独ってのは思った以上に辛いものなんです。どんな頑強な魂でも擦り切れて擦り切れて……いつかは残り滓になっちゃう」


 彼女の言葉を受けて瑠海さんは押し黙ってしまった。

 もしかしたら瑠海さんにはそんな予感があったのかも知れない。ずっと話しかけられるまで膝を抱えて泣いていた彼女。それをわかっていたから蒼月は声を掛けたのかもしれない。


「……残り滓になったらどうなるんだ?」

「そうなったら自我が無くなって本能的に動いちゃう幽霊の出来上がり。悪霊っていうのが一番近いかな。縁もゆかりも無い人々……特に引き寄せやすい人に取り憑いたりね。まぁ、結局最後は力を持った人に強制成仏させられちゃうんだけど」


 それは……まだ良いのかもしれない。

 地縛霊としてずっと思い悩んで自由になる頃には誰も人が居なくて、そして最後は人に取り付く悪霊。まだ成仏出来るだけマシだろう。成仏できない人に比べたら。


 しかし、なら蒼月は?

 俺は例外中の例外と言っていた。死んでないのだからある程度理解はできる。なら彼女は一体……。


「なぁ、お前は――――」

「あっ!今鳴ったアナウンス、これ瑠海さんが言っていた最寄りの駅じゃないです?」


 彼女は一体どんな霊なのか。

 それを問いかけようと口を開きかけたところで鳴り出すアナウンスと蒼月の声でかき消されてしまった。

 視線を掲示板に向ければ確かに電車に乗る前に聞いた駅名。


「え?あぁ、はい。確かに彼の最寄り駅です」

「よかったぁ。電車なんて生まれて初めて乗ったから乗り違えてたらどうしようかと思ったよぉ」

「ハァ!?生まれて初めて!?」


 瑠海さんの頷きを聞いて安堵する蒼月に俺は思わず驚きの声を上げてしまった。

 生まれて初めて!?ってことは死ぬ前から換算ってことだよな!?そんな生活アリか!?


「む~!何?悪い~!?」

「いや……電車にすらって……。やっぱりお前、100年以上……産業革命以前の人間じゃ――――」

「ブッブ〜!ちゃんとシャレオツな現代の人間ですぅ~!」


 シャレオツ……。

 逆にその言葉を生まれて初めて肉声で聞いたよ。俺たちに肉はないけど。


「ま、まぁ。今の日本でも地域によっては車社会で電車に一切乗らない人だって居ますから、ね?」

「そうだよ〜!煌司君ってば隙あらば私を年寄り扱いするんだから〜!ベ〜!!」


 こちらに向かって舌を出してくる蒼月を見て俺は一つ嘆息する。

 そんなこんなで俺たち幽霊御一行は瑠海さんに宥められながら件の駅へと降りていくのであった。


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