011.女性の悲哀
その日は今から……半年とちょっと前くらいのことです。
夏が終わったにもかかわらず残暑で随分と汗が流れる日だったことを覚えてます。
夏の終わりで秋の始まり。その境として相応しい季節の変わり目となる台風の来襲。
ニュースでは連日30度前後だったけれど台風が過ぎてからは20度前半へグッと冷え込むことが予想されていました。
この時期は台風が過ぎたらまた台風が来て連日雨。だから暑くても窓を開けられない、エアコンを付けようにも電気代が高くて汗だくの中、イヤになりながら部屋でボーっとスマホを見ていたことを覚えています。
当時の私は高校に通っていました。
大学受験も推薦もらって試験も順調で、まさに進学前のモラトリアムを過ごしていました。
暑さは正直ウンザリしてましたが、その時期はまさに人生の絶頂といって過言では有りませんでした。
受験も終わって勉学も運動も順調。何より一番大きかったのは、結婚を誓った彼が居たことでした。
結婚。高校生にしてはまだ早いイベントだと思いますが、私には付き合っていた彼がいました。
高校の初めに知り合ってその年の夏に交際をはじめ、それからはずっと彼と一緒です。
お互い喧嘩することもありましたが、それでも仲直りしてより絆を深めあって、彼が居てくれたら他に何もいらないとさえ思っているほど。
そうして付き合ってきた高校3年生の夏。花火大会の日に彼からプロポーズを受けたんです。『これから一生、側にいてくれませんか』って。
もう舞い上がるほど喜んだことは忘れられません。お互い学生の身でお金は多くなかったけれど、これからバイトしてお金を貯めて、いつか盛大な結婚式をあげようねって約束も交わしました。
――――でもね。でもやっぱり、人生はそう簡単にはいきませんでした。
ジメジメとして暑い日が続く最中、スマホを見ている私に連絡が入ったんです。相手は私の親友。中学時代からの大切な女友達。
要領得ない説明からの『これ見て!』って無理やり送られた画像に戸惑いながらも見たら…………そこには彼が女の人と仲良く腕を組んで歩いている姿が写っていました。
それを見た私は目を疑いました。嘘だとも思いました。誰かが悪意を持って作った写真。ただ転けそうになったところを助けて写ってしまった悪意ある切り取り。そう何度も自分に言い聞かせて。
だって高校入学からずっと一緒だった彼なのです。つい先日プロポーズしてくれたし、万が一にもそんな事なんて考えられないのは当然のことです。
でも、やっぱり嫌な予感ってものは当たるもの。
それでも力説される友人に促されながら家を飛び出して彼の住むアパートへ。するとそこではちょうど家から出てくる誰とも知らぬ女の人に遭遇して、私は思わず彼に詰め寄りました。
すると彼は『出来心』だったって。バイト先で知り合って話す内に一回だけって。
ショックでした。でも、まだ冷静でいられたんです。これからずっと一緒に居る以上、そういう事もいつかは……とも思っていたから。だから一回だけ。一回だけなら許してあげようって。
……そう思って最初は許したけど、念のため彼のスマホを見たら出るわ出るわ浮気の数々。
どうやら彼は一人暮らしをいいことにバイトで知り合った女の子たちを何人も部屋へ連れ込んでたっていうのです。
後悔しました。失望もしました。
そして同時に思い出しました。お互い一人暮らし、私は何度も同棲しようって提案したけれど『キミのためにも自分一人で生活する力が欲しい』って言って聞かなかったことを。
きっとそれはただの方便で、裏でこんなことをしていたってことは"そういうこと"だったと気付かされました。
私は絶望しました。順風満帆だった人生から崖に落ちた気さえしました。
それからの私は、台風の中にも関わらず部屋を飛び出して当てもなく走り続けていたんです。
そうして自然とたどり着いたのがこの防波堤。私にとって彼の存在は全てでした。なのに裏切られて人生にさえ喜びを見いだせなくなった私は、吹かれる風に押されるようにその先へと…………
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―――――――
「……それが私の人生です」
「そんなことが……」
凪いだ海を眺めながら、女性は一人の人生を語り終えた。
それは衝動的な勢いに任せたまま終わらせた生。全てを聞き終えた蒼月はショックからか顔に影を落とす。
「生きていればもっと幸せがあったはず。もっといい男の人がいたはず。半年経った今ではそう冷静に言えることも出来るし振り返って説明だって出来ます。でもね、やっぱり当時は死んでも構わないって思ってました」
それは事故でこの世界に来た俺とは違い、自らの意志でやってきた彼女の言葉だった。
嘘偽りのない言葉。諦めにもとれる感情は俺に一つの疑問を浮かび上がらせる。
「それなら、半年経って冷静になったのなら、なんで今そこで泣いてたんだ?」
「はい……。やっぱり冷静になれたといっても吹っ切れたり決別できたわけじゃないんです。どうしても忘れられなくて悲しくなって寂しくなって、こうして一人ずっと泣いていました」
そうして堤防の端に足を放り出しながら座る彼女は天を仰ぐ。
その表情は笑顔に見えたが、その内にあるまた違った感情が感じられた。諦めか悲しみか、怒りかも知れない。
当然俺には分かるはずもなく。ならばこれからどうするかと次のことに意識を向ける。
「蒼月、それでどうするんだ?」
「…………」
「蒼月?」
「えっ!?あっ、おっ!……な、何!?」
……?
顔を伏せていた彼女だったが俺の呼びかけに突然飛び跳ねるように立ち上がった。
それは目を丸くして驚いている様子。なにか考え事でもしていたか?
「だから、お前が事情聞きたがってたんだろ。これからどうするんだって話」
「あぁ!うん、そのことね!良ければもうちょっと事情を聞きたいかな。特になんで飛び降りたっていうこの場所にずっと居るか、とか」
「は?なんでだよ?」
「私もマヤに聞いたことだけどね、人は死んだら大半はあの世界の列に並んでいくの。でも稀にこうやって現世に留まり続ける人も居る。そういった人はかなり強い心残りがあるってことなの。聞いたこと無い?地縛霊って」
あぁ、聞いたことある。なんかその場所から離れられないとかいう霊だっけ。
蒼月の問いを耳にした女性は「そういえば……」と何かを思い出す。
「たしかにここから動けない…というより動こうと思いすらしませんでした。もしかして、私が?」
「多分ですけど。……それでよかったら私達に成仏するお手伝いをさせてもらえませんか?」
「おい、そこまで首突っ込むっていうのかよ?」
一人勝手に解決方向へと話を持っていこうとする蒼月に思わず俺は声をかける。
なんでそこまで会ったばかりの他人に力を貸すことができるのか。俺には疑問でしか無い。
「もちろん煌司君が嫌だったらいいんだよ。大丈夫。あの世界に煌司君を送ってから私一人でなんとかするから」
「そんな勝手に…………。あぁもうっ、今回だけだからな!協力するのは」
「……ありがと」
本当なら他人に構うことなく俺もさっさと帰りたい。
しかしあの世界に来て一番目に蒼月に助けられた手前、借りを返さなければなるまい。おれはこれっきりと宣言をして彼女の隣に並び立つ。
そして彼女は手を差し伸べた。強い思いが故に地縛霊となってこんな防波堤で一人寂しく泣いていた女性に。
優しく、そして強さを感じさせる笑顔で。
「お姉さん、良ければ私達に抱えているその強い思いの解決を手伝わせてくれませんか?」
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