第1章
007.集中力と腕時計
意識を集中させていく。
暗い、暗い闇の中。川のように自らの内に流れるゆらめきに身を任せながら更に頭の中を空っぽにする。
考えるのは呼吸のことだけ。吸って、吐いて。吸って、吐いて。その他に流れてくる雑念は全て無視して流れ去るのを見送っていく。
ひたすらに精神を研ぎ澄ませていくと暗闇の中に一つの光が見えてきた。闇の奥の奥、最奥に眠っていた僅かな光。それを水底から吸い上げてみせると一粒の砂金の如し粒が小さく輝いていた。
意識していても見逃してしまいそうな僅かな光。逃さないように大事に包み込むとフッと自らの腹にストンと何かが落ちるような感覚を覚えた。
ここまで来ればあとは強く念じるだけだ。思い出せ。現世で自ら手にした感触を。思い出せ。あの時の形を――――
「――――できたっ!」
目を閉じ、意識を集中させ、形をイメージする。
闇の底で得た感覚をもとに意識を浮上させれば、そこにはさっきまで手の内になかった物が握られていた。
大きく開いた掌の端から端までくらいの長さをもつ細長い物体。中央部分には丸い皿のようなものが付いていて1から12までの数字が刻まれている。
そうして円状に配置された数字をなぞるようにグルグル回る3本の針。時計の完成だ。
俺は手の内に収められた腕時計をギュッと握りしめ天高く掲げてみせる。
今日までひたすら没頭してきた技術の果て。その努力の結晶がようやく形になったことで喜びに震えていると背後から鼻歌交じりに何者かが歩んでくる気配を感じた。
「煌司く〜ん、元気〜?……って、も〜!また物でいっぱいにして~!」
「……おう蒼月か」
掛けられる声に顔を向ければあいも変わらず悩みなんて一切なさそうな笑顔の蒼月がこちらに歩いてきていた。
笑顔……うん、笑顔。俺の周りの物を見た瞬間怒りに頬を膨らませているがきっと笑顔だ。
「おう、じゃないよ〜!また休まず何か出し続けたのぉ?」
「別にいいだろ。減るもんじゃないし」
「減るよ〜!気力が!これすっごく疲れるんだからねっ!!」
「まぁ、そうだな」
彼女の言うことにも一理あると思いながら俺は自分の周りに転がっているものを見渡す。
そこにはバッグや服、ヘルメットなど様々な物が並んでいた。
俺が死んで、現世の病室の出来事からおよそ1週間ほどの時が経過した。
このまま目覚めてもまた死ぬ運命が定められていると告げられてから答えを探すためこちらの世界に戻り、俺が没頭したのは物を創り出す作業だった。
集中し、イメージし、それを出力する。それは理論上何でも創り出すことが出来るし世界だって作り変えられるという。
この作業に着目した理由は簡単。初めて見た技術という好奇心と、暇だからだ。
"何もない"というものは人をダメにする。仕事も無ければ娯楽もない。時間が永遠のように感じるのだ。
更にがあるはずもないスマホを無意識ながらに探していることにも気がついた。
できればスマホ……でなければゲーム機があれば暇なんてものとおさらばできると考えた。
最初は服を出した実績があるわけだしポンポンと好きなものを作れるのかもと思ったはいいが、ことはそう簡単に運ばなかった。
最初に創り出そうと思ったのは、買いたくても買えなかった最新ゲーム機。終ぞ現世でできずじまいだったがこの世界ならもしかしてと思ったはいいが、いざやろうとすると出てきたのは白い煙のみだった。
念じて念じて念じて……やっぱり出てくるのは煙のみ。あと気力も吸い取られる。聞くところによると、どうもそういう物は簡単には作り出せないらしい。
複雑なものほど難しく、単純で自分の思い入れのあるものほど創りやすい。そういうふうに出来てるらしいのだ。この世界は。
そうして没頭し始めたのは6日前。千里の道も一歩から。最初は本当に単純なものから始めた。
積み木に始まり、ボールに続き、ぬいぐるみまで。最初は一つ創り出すだけで倒れるほどの気力を持って行かれたが、そこそこ慣れた今となっては幾分かマシだ。
そうして最後に創り出したのが腕時計。どうやら強くイメージできれば内部の細かい構造などは気にしなくていいらしい。まだまだゲーム機には程遠いが近づいているのを感じる。
ちなみに、神様がやっていた腕を刃物に創り変えるのは無理。あれこそ神業だ。
自分の手というものはイメージといえども作り替えができない。もう頭の中で形が固定化されているためである。
それを無理に変えようとするのは何より本能的な恐怖が勝る。まるで生身で怒れる蜂の巣に手を突っ込まんとする、そんな感覚だ。
そんな経験もあってか、あの時以来一度も神様とやらに会っていないマヤは本当に神だったのかなと思いつつ立ち上がる。
「遠目から見てたけど随分集中してたね。何作ってたの?」
「あぁ、これだ」
「わっ!凄い!時計だっ! ちゃんと動いてるし私と違って才能あるよ煌司君!」
「嬉しくない才能だな、おい」
まるで自分事のように褒めてくれる彼女にフッと苦笑する。
死んだ後に発覚する才能なんてなんら嬉しくない。
自分で創り出したものを消すのは簡単。
腕時計を手に巻きつけて他の物を消していくと、ふと後ろ手に俺の様子を眺めている彼女に目が移る。
「……そう言えば、お前は転生しないのか?」
「ほえ?私のこと?」
「あぁ。そもそも何でお前はこの世界に居るんだ。何故かずっと俺の近くに居るし」
創造作業に没頭していた一週間。時間の体感が無いこの世界においてそれだけの時間が経過したという情報も蒼月に教えてもらった。
彼女は俺が集中している間中ずっと近くに居た。たまにさっきみたいにフラッと消える時はあるものの、それも体感数時間だけ。殆どの時間を俺の近くで過ごしている。
集中する俺の邪魔をするわけでもなく、ただ"居る"だけ。こちらに喋りかけることもなく、ただ黙って俺を見ているかボーっと空を眺めているかの時間を過ごしていた。
故に疑問が浮かぶ。何故彼女は俺の近くに居るのだろうと。列に加わって転生しなくていいのかと。
「ん〜、なんだろ?暇だから?」
「この世界に暇って概念あるのか?」
「普通はないかな。だって殆どの人は意識も無く列に加わっちゃうし」
それもそうだ。
今のところかなりの人を見てきたがそのどれもが意識がない人ばかりだった。
一週間という経験上こうして会話出来るくらいはっきりしたのは蒼月とマヤのみ。そんな確率じゃ"普通"という概念自体存在しないだろう。
「じゃあ、お前はどれくらい前からこの世界に居るんだ?」
「ブッブ〜!乙女に年を聞くのはマナー違反なんだからね!」
乙女……確かに乙女だ。
見た目的には俺と同じ年齢、中学高校くらいだろう。ピンクの髪に青のメッシュ、そしてその話し方なんか若さを感じる。
誤魔化すってことは……
「……ここは死後の世界だろ。寿命が無いってことはお前が100歳1000歳だって可能性もあるわけだ」
「も〜!そんなにお年召してないよ〜!煌司君と変わらないくらいのナウでヤングな若い子だよっ!!」
今の若い子はナウでヤングなんて言わないと思うの。
本当に変わらないのか?しかし100年1000年の定規で測ると10年20年ですら"変わらないくらい"の範疇に入るだろう。
寿命が無い故にまったく読めない年齢。話す気もないみたいだしこれ以上の追求は諦めて一歩を踏み出す。
「あれ、どこかいくの?」
「ちょっと散歩にな」
正直この身体になってから散歩なんてものは必要ない。
座っていたからといって腰が痛くなることも身体がバキバキいうこともない。散歩したところで脳がスッキリするわけでもない。
こういうのはただの気分。マヤが作った青い花畑もいつの間にか消え、黄金の草原で景色なんて変わりもしないが気分転換だ。
「あ、それじゃあいい場所知ってるよ。そっち行ってみない?」
「……いい場所?」
彼女に背を向けて歩き出そうとしたところで提案するのは不思議な提案。そんな彼女に怪訝な顔を向ける。
この世界にいい場所なんて存在するのだろうか。そう思いつつ振り返ると俺が向かおうとしていた逆方向、今日も長く伸びる列が進む方向とは逆の方向を指さして笑ってみせた。
「うんっ。せっかくだし現世で散歩、してみない?」
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