006.見つけ出すもの
「俺、か……」
神様に連れられ降り立った先は謎の白い部屋だった。
小さな家具が必要最小限といった具合に置かれた小部屋。この中で最も大きな家具、ベッドの周りには謎の機械が設置されており今もピッ……ピッ……と一定のリズムで音を奏でている。
それは映画などでよく見るような病院の個室。更に機械に繋がれてベッドに眠っていたのは俺自身であった。
穏やかな表情で眠っている俺と、それを見下ろす俺。
双子やドッペルゲンガーなどではなくまさに自分自身の対面。第三者の視点から自分をマジマジと見るのは初めてだが、これは間違いなく俺であると魂の奥底から叫んでいた。
恐怖や驚きはない。事前に説明されていたせいだろうか。ただ「やっぱり」と腑に落ちる感覚が俺の中でストンと落ちる。
「本当に生きてるんだよな?」
「はい。この機械ならば見たことがあるのではないのでしょうか」
そう言ってマヤが指し示したのは一定のリズムで鳴っている機械。ドラマの手術とかで見るやつだ。
音を奏でながら表示されている数字は50手前。おそらく生きていることの証明だろう。
よくよく見れば掛けられている布団が僅かながらに上下していることにも気がついた。死んでいる、というよりも眠っているといったほうが正しいだろう。
『失礼します』
「!!」
俺の横に立って俺がその姿をマジマジと見つめるという奇妙な状況の中、突然部屋の扉が開いて何者かが現れた。
驚きに目を見開いてそちらを見ればカートを押した真っ白な制服姿の人物がこちらへと歩いていく。
『…………』
突然の到来に警戒する俺。
しかしその者はチラリと一瞬部屋の中を見渡すだけに留め、何も気にすること無くカートとともに眠っているベッドの横にまで歩いてきた。
「……見えてないのか?」
「うん。私達は魂……幽霊みたいなものだから。基本的に人と話すこともできないし触ることもできないんだよ」
俺の呟きに反応したのは蒼月だった。
さっき部屋に入ってきた人物……看護師の反応は間違いなく見えていない。試しにその者の肩に触れようと思っても、空を切るように身体が透けてしまった。
自らの手を見つめても血色の良い肌が見えるだけ。まるで生者と同じ手。それなのに触れられないなんて。語りかけることもできないなんて。
『それじゃ、身体拭いていきますね~』
「!!」
看護師の声を受けて蒼月が息を呑む音が聞こえた。
どうやら推していたカートの中身はお湯やタオルで俺の身体を拭きに来てくれたらしい。
もちろん語りかける俺の身体は返事をすることがない。看護師もそれがわかっているのか返事を待つことをせず迷いなく病院服を剥いていく。
「わわわっ……!いいの!?裸になっちゃうよ!」
「いいも何も拒否しようがないだろうが。そもそもさっき俺の裸ガッツリ見てただろ?」
「それは……そうだけど……っ!」
蒼月は今更なにを恥ずかしがる。向こうの世界で俺は最初全裸だっただろうに。
恥ずかしさで顔を赤くしながら顔を覆い隠していた蒼月だが、やはり指の間からガン見している。しかし看護師は病院服の全てを剥くことはなく、上半身だけに留めて俺の身体を拭き始めた。
この身体。この傷跡。間違いなく俺の身体だ。
最初からわかっていたが自らの上半身を見たことでもう一度確信できた。俺はやっぱり、死んでしまったんだなと。
悲しくはない。いつかはこうなると思っていたから。寂しくはない。死後の世界で神様に出会えて、なおかつ現世を見れただけでも温情だから。ただ、口惜しさと気掛かりばかりが募っていく。
『「酷い…………』」
「えっ?」
ふと、そんな呟きが俺の耳に届いた。
それは前と後ろの両方から。前はきっと看護師だろう。それ以外に人は居ない。そして後ろから聞こえた声の主は……
「そんなに酷いか?蒼月」
「ひどいよ……。なんでこんなに……傷ついて……」
そんな悔しさ滲ませる彼女の言葉に俺は苦笑しつつ、眠った自身の身体に目を向ける。
彼女の呟く気持ちもわからないことはない。しかし自分にとってはとっくに見慣れたもの。俺の身体は無事なところが無いくらい傷と痣にまみれていた。
随分昔に負った傷跡やつい最近できた青あざ。それに俺が死ぬ間際に受けたものだろう。俺でさえも覚えのない腫れのようなものさえも付いている。
一方で魂となった俺の身体には傷ひとつ無いが、これは神様の温情かなにかだろうか。
ともかくもう死んだ……まだ生きてるんだっけ。過ぎ去ったことにいちいち構う暇なんてないと肩を竦める。
「今更だろ。そもそもなんで関係ないお前が泣いてるんだよ」
「だってぇ……だってぇ……!」
魂だけでも泣くことって出来るんだな。
振り向いた先に見えたのはボロボロと涙を流す蒼月の姿だった。
顔はしわくちゃで涙にまみれている。よくそんなに人のことで感情移入できるなと一笑に付すが、同時に少しだけ嬉しくも思う。
そんな彼女を置いておいて、俺が目を向けるのはその隣。
「それでマヤ、俺は生き返ることができるんだよな」
「もちろんです。あなたが倒れてから1週間ほど経過しておりますが今は意識不明という状態。傷も最低限は治り、その気になればいつでも目を覚ますことが出来るでしょう」
真剣な目をする俺に彼女はにこやかに答えてくれた。
それは良かった。しかし一週間とは知らぬ間に随分と時が経過していたようだ。入院費に治療費にと諸々取り戻すことは難しいが、それでも働けばいつかは返せるだろう。
「わかった。なら早く目覚めさせてくれ」
「…………目覚めちゃうの?」
生き返る意思を新たにする俺。しかしそんな決意に返事をしたのは蒼月だった。
マヤの隣で泣きじゃくっていた彼女。その目には未だ涙が出ているが幾分かマシになり、目の縁を拭いながら問いかけてくる。
「あぁ。短い間だったが世話になったな。蒼月」
「でも……。もうちょっとだけこっちにいない?ほら、あっちの世界も慣れたらなんだかんだ楽しいよ!」
「そうは言ってもな……」
そうは言っても俺には戻るべきところがある。あまりに戻らないとお金の問題もあるし"あの人"からの折檻がより酷いものにしかならないだろう。
どう説得したものかとマヤに目を向けると、彼女はフッと笑って蒼月の肩に手を添える。
「そこまでにしときましょう。祈愛さん」
「マヤ……」
「煌司さん、確かにその気になれば目覚める事ができます。しかしそれは今でないとダメなのでしょうか?」
「マヤまで止めるのか……」
蒼月を説得してくれると思ったが、マヤまで俺を説得するつもりのようで頭をかかえる。
なんでだ。彼女まで俺を目覚めさせたくないというのか。そう思いつつマヤをにらみつけると彼女はゆっくりと話しだす。
「確かに今目覚めればこの場は解決するでしょう。しかしそれでいいのですか?何も物事は解決していない。今目覚めたところで同じことに……いえ、もっと酷い目に遭って今度こそ命を落とすことになりますよ?」
「そうはいっても、じゃあ目覚めずにどうしろっていうんだ」
言わんとしていることは理解している。
死にに行くようなもの?そのとおりだ。
今戻ったところでどうせ折檻だしまた近いうちに頭を打つなりなんなりしてこの世界にやってくることだろう。しかも今度は一方通行で。
しかしながら回避策なんて今の俺には持ち合わせていない。
ならばどうするのかと問いかければ彼女は優しい瞳で壁の方向へと手をかざす。すると何もない壁に突如として扉が現れた。ここに来たときと同じ扉だ。
「それをこれから探しに行くのです。幸いにもここの設備は充実しており少なくとも1年は問題ないでしょう。その間に答えを探すのです」
「答えって言ったって……」
答えなんて、戻ったところで転がっているのか?待っているであろう死を回避する方法を。もしかしたら死なないかもしれないのに?
そもそも答えって何なんだ。今死後の世界に戻ったところに戻ったところで探すことなんて出来るのか?
「ちなみにこのまま答えを得ずに目覚めた場合、一ヶ月後に貴方は今度こそ死にます。これは神様としてのズル……といいますか特権情報です」
「マジかよ……」
「マジです」
何の躊躇いもなく告げる最悪の情報に唖然とする。
今その情報を出すって酷くないか?
気づけば、いつの間にか復活した蒼月が期待した目でこちらを見ていた。
ウルウルと瞳を潤わせこちらを見上げる少女。
その寂しそうな目にふと昔飼っていた犬を思い出して息を吐く。
「……わかった。まだ猶予があるならちょっとだけ死後の世界を見学するよ」
「!!そうなの!?また私と遊んでくれるの!?」
「遊ぶ!?いや俺は答えを探すだけだからな!?」
ここまで逃げ道が塞がれたらもうどうしようもない。俺は潔く諦めて2人の提案を受け入れた。
目ざとく反応してきた蒼月に俺はすぐ反論。
でもまぁ、遊ぶ……遊ぶか。これまでずっと学校にも行かずバイトの日々だった。遊ぶなんてどれくらいぶりだろう。
「遊ぶ、でもいいじゃないですか。人生何事も楽しんでこそですよ」
「なぁ、俺は今その人生が一旦終わってるんだが……」
ノリノリなマヤと蒼月に挟まれながら、自身が眠る病室に背を向ける。
ただでさえ答えなんて漠然としたものなのに、本当にこんなので俺の求めるものが見つかるのかと人知れずため息を吐くのであった。
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―――――――
煌司たちが背を向けてから数刻。
人ならざる者が出て行ってからいくつかの時が経過した。
部屋に存在する者はベッドで横になっている少年ただ一人。
繋がれている機器によって生存は確立されているがその身体は動くことなく、まるですやすやと眠りに付いているかのようにただ胸を上下させている。
「…………」
ピッ……ピッ……と、機械音だけが物音を占める静かな部屋。そこへ扉が開き2人の人物が姿を現す。
「こちらです」
「……ありがとうございます」
一人は先程患者の身体を拭いていた看護師。そしてもう一人、看護師に連れられて入ってきたのは一人の女性だった。
促された女性は部屋に入る直前一瞬だけ足を止めたが、数瞬の逡巡のあと意を決したように病室の床を踏む。しかしその表情は悲痛な面持ちだ。
「蒼月さん、その……」
「いいんです。大丈夫」
"蒼月"と呼ばれた女性の表情を見て看護師が声をかけるも、女性は数度首を振るだけに留めてなんとかベッドの横までたどり着いた。
見下ろした先に見えるのは穏やかな表情で眠っている少年。彼の前髪を軽くかき分けて女性は小さく呟く。
「煌司君……ゴメンね……」
その声は彼の耳に届くも、魂にまで届くことはない。
悔恨に満ちた呟きは誰にも届くことはなく、ただただ命を見守る機械の音にかき消されていった。
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