ぐうたら聖女と事業の始まり
新年を迎え、俺は三歳になった。
今日は新年を祝う、国としての慈善事業を行う日だ。
母上やナンシーなどの王宮メイドたちと教会前で炊き出しをするのだ。
もちろん今日も女装している。
「お母様、食材を教会に運ぶのですよね?」
「ええ、私たちも調理を手伝って、それを皆に振る舞うのです」
「教会にはやはり孤児院などもあるのですか?」
「ありますよ、王都の街にはいくつかに分かれて孤児院を設置しています」
俺の事業のために、まずは孤児を取り込んでみるか。
難しいかもしれないが、これも慈善事業だ。
貴族どもから金をむしり取って、子供たちに還元してやるぜ!
「では、荷物の準備も出来たようですし、参りましょうか。今回向かう教会には小さな聖女もいるらしいですよ?」
「聖女?」
「なんでも神の声が聞こえるそうですよ。ただ、まだ小さいためにその発言力は高くないようですが……」
へー、神の声ねえ。
実際、俺も脳内アナウンスさんの声が聞こえる。
だから、神の声が聞こえるってのも、本当のことなのかもしれないな。
馬車で教会へ向かう。俺は調理を手伝うことはできない。身長的に。
そのため、孤児たちの面倒を見るために、孤児院に向かうことになった。
孤児院に向かうとこじんまりとしているが、作りは頑丈そうな家が建っていた。
まずは孤児院の誰かと接触するか。
「すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」
「あら、どちらさまで?」
アレクやティナと同じくらいの年齢の子供が出てきた。
シスターと同じ格好をしている。
孤児院の面倒を見る子の一人なのかもしれない。
「炊き出しの手伝いにきたディーネと申します。身長のせいで調理が手伝えません。その代わりに、孤児たちの面倒を見るようにと言われてきました」
「わかりました。私はアンナです。ところで、どうしてそのような恰好を? あなたの趣味ですか?」
「え?」
「あなたからはオスの臭いがします。なぜ女装を?」
初対面で女装を見破られるなんて、初めてで対応に困るぞ!?
どうしてわかったんだ、この子!?
「あー、えっと家族とメイドたちの趣味で、仕方なく……?」
「なるほど。仕方なくの割には、随分と板についてるように見えますが……」
「口調も姿勢も矯正されたため、ホントに仕方がなく……」
「あなた、実はノリノリでは?」
「そんなことはない! 断じて、ない!」
「そうですか?」
その疑問形の言葉と合わせて冷えた目で見るのマジでやめてください。
俺の精神が久しぶりにゴリゴリと削れてしまいます。
はあ、もういいから中に入れてもらおう。
孤児に会ってみて、仕事が任せられるかも確認したいんだ。
護衛の四人も笑いをこらえるくらいなら盛大に笑ってくれよ……
孤児院の中に入ると思っていたよりも静かで清潔だった。
俺のイメージでは、やんちゃ坊主たちが騒いでシスターに怒られている。
そんなイメージだったんが、そんなことはないんだな。
「何を想像しているのです?」
「いや、もっとうるさいもんだと……」
「ここには私がいますからね、みんな静かなものですよ」
「鬼かなにか?」
「何か言いましたか?」
「い、いえ……」
ヤバい、今死ぬかと思うほどの圧力あったぞ。
アンナを怒らせるのはやめよう。
さて、肝心の孤児たちはっと。
「アンナさん、そちらは?」
「城からの炊き出しで役に立てないお子様のようです。しばらくみんなでお世話をしてあげてください」
「ぐぬっ、役に立てないわけじゃない。身長が足りなくて調理ができないだけだ」
「それを役に立たないというのでは?」
「ぼくはテッド、この孤児院では最年長の8歳だ。なにかわからないことがあったら聞いてほしい」
(やだ、この子。純粋。今まであってきた人の中で、あまりにも清廉潔白だわ)
「わかりました、テッド。ほかの子たちは?」
「今はシスターアンナに言われて、お掃除中だよ」
「私が暮らす以上、ホコリの一つも許さないのです」
「姑みたいのがおる」
「何か言いましたか?」
「さて、俺も掃除手伝おうかな? 掃除が終わったら、みんなを集めてくれないか? テッド、アンナ」
「いいですけど、何をするつもりですか?」
「私はほかのシスターに報告もしなければならない立場なのです。ですから、孤児院内での面倒ごとはやめてほしいのです」
その面倒ごとなんだよなー。
それにしても、このシスターちょっとぐうたら過ぎないか?
掃除も孤児たちに任せてるっぽいし、事業に興味を示してくれたらいいんだが。
さて、気持ちを切り替えて掃除に専念するか。
護衛の四人も使って、サッと終わらせよう。
「よし、掃除終わったな!」
「ええ、そうですね。ホコリ一つ残ってないのです」
「でも、いいんですか? 高いところの掃除に護衛の方々に手伝ってもらって……」
「いいんだ。使えるものは何でもってな!」
護衛の四人からジト目を向けられるが、別にいいじゃないか。
ジッと見てるだけなのも暇だろ?
子供たちも集まってきたな。じゃあ、仕事に入りますかね。
子供たちはテッドを入れても五人か、思ったよりも少ないな。
「さて、子供たちよ。実は、俺の仕事を手伝ってほしいんだ」
「?」
「あなたも子供……」
「おなかすいた」
「な、なにさせられるんだろう」
「えっと、ディーネさん。いきなりすぎて話についていけないのですが」
「ハア、面倒ごとだったのです……」
「まあ、待て。話は最後まで聞け。この仕事を手伝う気はあるか? お金ももらえるし、ご飯も腹いっぱい食べられるようになると思うぞ? 覚えることも多いが、その分、みんなのお小遣いにもなるぞ!」
「おこづかい!」
「そんな美味しい話あるの?」
「ごはん!」
「し、仕事って、む、むずかしいのかな?」
「僕らに何をさせるつもりなんですか?」
「テッド、よくぞ聞いてくれた! 魔石を再利用するために、空の魔石に魔力を注いでほしいんだ。これから空の魔石が大量に発生する。それに魔力を注入する仕事だ」
ここでアンナが咎めるように口を挟む。
「待つのです。空の魔石に魔力を注入して、再利用するという話はわかったのです。でも、それは言うほど簡単なことじゃないのです。それをたったの五人で、その大量の空の魔石に対応できるわけないのです」
「ああ、アンナ。それについても大丈夫だ。これは国を挙げての一大事業で、ほかの孤児院にもお願いする予定だ。なんならスラムの住人にも手伝ってもらうつもりだ。まずは、魔力訓練を施す。魔力を注いでもらうのはそれからだな。」
「まさか、ほかの孤児院にお願いするのは私……?」
「まあ、そうなるな。シスターアンナ。いや、聖女アンナ。この事業を手伝ってくれないか? うまくいけば、スラムの住人にも仕事を与えられて、スラム街がなくなるかもしれない。もう一度言う、この大事業を手伝ってくれ」
俺のお願いにアンナはため息をつく。
「ハア、最初からわかってたのですね。国の大事業に完全に巻き込むつもりで……」
(すげージト目向けてくるな、この子。なんとか懐柔できないかな? でも、聖女っていう肩書がつくくらいだから、難しいか?)
「私の発言力を高めるために、利用させてもらっても構わないのならいいのです」
「ああ、それくらいならいいんじゃないか? 俺は教える手間が省けるし、魔道具の開発に専念できる。これが教本な? 俺の手書きなんだ。最初のこの五人には俺も付きっ切りで教えるから、それを見て学んでくれ」
「随分と準備がいいのです。ホントに最初から巻き込むつもりだったのです。ハア、全力で利用させてもらうのです。覚悟してほしいのです」
こうして、孤児の五人と聖女様に魔力訓練を施すことになった俺。
最初は戸惑っていた五人だったが、飲み込みは悪くない。
日課にできるくらいには、魔力訓練を覚えたようだ。
次に来るときには、空の魔石を用意して実際に魔力を注いでもらおうかな。
炊き出しももちろん手伝ったよ。
器によそってもらったものを渡すだけの簡単なお仕事だ。
なにやら俺の前だけ列ができていたようだが……
しらん。俺はしらん。
だから、アンナそんな目で俺を見ないでくれ。
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