第335庫 ホムラとホムラ

「"精霊王"――精霊憑依、焔っ!」


 ホムラの姿に、大きく変わった点はなかった。

 ただ一つ、仮面の部分が紅い炎により形成されている。この精霊憑依は驚くことに、僕たちにかかったデバフを――全て消し去っていた。

 加えて、僕たちの全身を紅い光が包み込んでいく。

 状態異常無効化のバフも付与されているのか、シークレットと視線を合わせても石化が始まらない。

 ホムラと同名、正体不明の精霊だった。


「……ああ、喚んでくれたんだ」


 ホムラは言う。


「ソラちゃん、ソラちゃん」


 そして、僕に抱き着き――涙を流す。

 目の前にいるのは間違いなくホムラ、ホムラなのだが――なんだろう? この流れる涙だけはホムラのものじゃない気がする。

 僕を見つめる瞳、とても哀しい表情をしていた。


「……ホムラ?」

「ホムラ、ホムラだよ。もっと、何度でも、何度だって、私の名前を呼んでほしい。ソラちゃんが呼んでくれるだけで嬉しいから」

「ホムラ」


 僕は言われるがまま――応じる。

 その理由を尋ねたりはしない、気安く踏み込んではいけないと感じた。ホムラであってホムラじゃない。

 僕の前にいる君は、どう表現するべきなのか。

 紅き炎に焼かれたシークレットが金切り音を上げ、最後の足掻きとばかりに8本首を僕とホムラに向けて放った。


「あー、もう、私あんまり時間ないんだから。ソラちゃんとの大事なひと時を――邪魔しないでよ」


 ホムラが右手を振るう。

 簡単な仕草、単純な動作だけで――シークレットがバラバラに刻まれ、見るも無惨な姿へと変わり果てる。周囲にいた大量のモンスターも同様、広間に存在していた脅威は全て葬り去られた。

 なんだ、この強さ――別次元にもほどがある。


「ホムちん、すっごいねぇ」

「……こんな強いなら、最初からお願いする」

「ライカちゃん、ポンズちゃん」


 ホムラが二人の頭をなで始める。

 ニコニコと笑顔、普段のホムラからは考えられない行動に――ライカとポンズはきょとんとした顔付きで返す。


「二人共、これからも――ソラちゃんを助けてあげてね」


 そう呟き、ホムラが崩れ落ちる。

 咄嗟に僕は身体を支えるが――仮面の部分の炎は消え去り、まるで今目覚めたかのような虚ろな眼差しで僕を見る。


「……あれ? ソラちゃん?」

「ホムラ、大丈夫?」


 ホムラは周囲を見渡し、現状をすぐに理解したのか、


「あー、やっぱりかぁ。こうなっちゃんだよね」

「ホムラ、やっぱりって」

「……話は、脱出後にした方がいい」


 ポンズが警告するよう――言い放つ。

 その数秒後、巣穴全体が大きく揺れ動いた。この状況は記憶に新しい――僕たちを飲み込むべく、強大な質量が雨のように降り注ぐ前兆だった。

 ポンズは頭上に弓を構えながら、


「……シークレットは巣穴の柱を担っていた。それが瓦解した今、大規模な崩落が起きようとしている。今から脱出に向けて、必中の矢"グング・アロウ"を穿つ」


 ポンズの全身から魔力が溢れ出す。

 超越者スキルにより生成した特殊な矢、そこに――狩人の持つスキル"イーグル・ショット"を重ね掛けした。

 イーグル・ショットは、狩人唯一の攻撃特化スキルである。

 消費する魔力量に応じて破壊力が上乗せされていく。

 この尋常ではない魔力から察するに全てを乗せた一撃に違いない。


「ポンズ、標的はどうするんだ?」

「……標的は、月」


 蒼い光が一直線。

 龍のごとく、天に向かって昇っていく。

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