第257庫 カウントダウン

 剣士はレベルが上がるに連れて、様々な紋を習得していく。

 この絶剣の紋は――終盤、レベル90で覚えるスキルだ。おそらく、この剣聖の強さから察するに超越者と判断して間違いないだろう。

 何故か、剣聖は――ゴザルに対して激しい敵意を抱いている。


「真っ二つに――なっちゃえっ!」

「……っ」


 剣聖の攻撃、ゴザルが後方に回避する。

 ゴザルの顔は真っ赤に、鼻血が大量に噴出している。呼吸が困難なのだろう、動きは明らかに――鈍い。


「ほら、ほら、ほらっ! 逃げてばっかりでどうするのっ!! 最初の威勢はどこにいっちゃったのさっ!」

「……調子に、乗るんじゃ、ないわよっ!」

「あっははっ! まだ情けなく吼える体力あるんだねっ?!」


 防戦一方。

 あのゴザルが――反撃する余裕すらないのである。ひたすらに逃げ続け、体勢を立て直そうとしていた。

 しかし、剣聖は――それを許さない。


「"重の紋"と"霞の紋"を付与する」


 多種多彩な紋章が――ゴザルの周囲に浮かび上がる。

 重の紋は対象の動きを遅く、霞の紋は対象の視界を曇らせる。剣士と武者、剣聖の言葉通り――最凶に相性が悪かった。

 剣聖が剣を一直線に構える。


「無抵抗な状態で――死ぬほど突き刺しまくってあげる」

「……御託はいいわ。早く来なさい」

「お望み通り」

「ゴザルっ! ゴザルっ!!」


 僕は魔壁の中から名前を叫ぶ。

 その声に――一瞬、ゴザルが微笑んだのがわかった。

 まだ、諦めていない。この絶体絶命のピンチの中でも――ゴザルはなにかを待ち続けているのがわかった。

 恐るべき速度で――剣聖が前進する。

 ぴちゃりと、雨音を弾くような音が――微かに響いた。剣聖も足もとの違和感に気付いたのだろう。

 ゴザルの流した血――歩幅を測るようカウントが始まる。


「3、2、1」

「……こ、のっ! くらって、たまるかっ!!」


 攻撃の手を変化させようと、剣聖が上体を逸らすが、


「もう、遅いっ!」


 ゴザルが溜めに溜めた一撃を浴びせる。

 剣聖の兜と鎧は粉々に――顔が露わになる。セミロングの綺羅びやかな金色の髪、赤いルビーのような瞳、言葉の威勢とは裏腹に幼さの残る可憐な顔付きをしていた。

 そして、ひと目見た瞬間に――僕は気付く。


琴葉ことのはっ?!」


 妹だった。

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