第237庫 出発前夜
翌日、鍛錬場に――1通の手紙が届く。
マジックレター、漆黒者からの連絡である。内容は――フレイムドルフが王都に向けて発つとの情報だった。
到着時刻は明日、夕刻と記載がある。
「……想像以上に早いな。やっぱり、予感は的中したか」
明朝、僕たちも合わせて――ウィンウィンを飛び立つ。
今日はゆっくりと休み、明日に備えて体力を蓄えておくよう皆に伝える。決戦のメンバーは、僕とナコとライカに加えて――キャロルさんも参戦するとのことだった。
心強い仲間ではあるが、今ここに足りないピースがある。
僕たちとずっと一緒にいた彼女の姿がないという事実――不安があるとしたらそこだけだろう。
――ゴザルが、いないのだ。
ウィンウィンに帰って来た今も、フレンドリストが機能することはなく――今どこでなにをしているのか全く不明なのである。
必ず、生きているとは信じている。
だが、この決戦の場にはゴザルが隣にいてほしかった。そう思うのは――当然のことだろう。
各々、好きなように過ごし――夜を迎えた。
現在、ホームが半壊中のため鍛錬場に布団を敷いて過ごしている。ライカとキャロルさんはすでに就寝中だが――ナコの姿が見当たらない。
庭にでると、体育座りをしながら――星空を眺めていた。
「ナコ、眠れない?」
ナコがゆっくりと頷き返す。
「ホムラお姉ちゃんに会うのが――怖いんです。また、戦うことになったらどうしようって思ったら、目を瞑ることができなくて」
「明日、その可能性は十分にありえると思う」
「……はい」
「でも、一つだけ僕の言葉を信じてほしい」
「クーラ?」
「ニャニャンも、ホムラも――裏切ってはいない」
ギリギリの立ち位置を保ちながら、世界のために動いている。
ナコは素直で優しい子だから、真実を話してしまうと態度にでるかもしれない。今はこの言葉だけが――精一杯だった。
「それでも、あの二人との戦闘は避けられないと思う。ナコは――もう一度、ホムラと戦うことはできる?」
「今のクーラの言葉で十分です」
ナコが立ち上がり、僕に歩み寄る。
ギュッと手を握り――上目遣いに僕を見やる。不安に満ちたナコはいない、いつも通りの可愛らしい笑顔だった。
「だけど、勇気をください」
「勇気?」
「キスしてください」
「えっ?!」
それが――勇気になるの?
突然の要求にフリーズする僕、痺れを切らしたのか――ナコがムッと頬を膨らませながら抗議する。
「クーラ、エアーを起動した時――私にご褒美をくれると言いました」
「いやまあ、考えるとは言ったけど」
参ったな。
その話を前面に押し出されると――逃げ場がなくなる。むしろ、ご褒美が僕のキスって逆に申しわけない気がする。
こんな可憐な子に――キスをしてとお願いされているのだ。
全世界の誰しもが、頼まれずとも喜んでするレベルだろう。
僕はナコのご要望通り、頬に――軽く触れるくらいのキスをする。
ナコがその箇所に手を当てながら――俯く。
「……違います」
「違う?」
「私、クーラに覚悟してって言いましたよね」
潤んだ瞳、ナコが急に顔を上げ――僕の口にキスをした。
以前、ナコが天使の秘薬を僕に口移ししたとは聞いたが――意識的にするキスは初めてだった。
ゼロとゼロの距離――長いようで短い時間。
小さく愛らしい桜色の唇が、少しずつ僕から離れていく。ナコは足りない酸素を取り戻すかのごとく――短い呼吸を繰り返す。
ナコは自身の唇を指でなぞりながら、
「ふふ。しちゃいました」
一人の女の子として、か。
その姿は――艷やかで扇情的にさえ思えるのであった。
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