第179庫 NPCは殺す

 ライカが続きを話し始める。



「ライカを買った人はアクアニアスの貴族だったの。マスターが夜中に屋敷に乗り込んで来てね。ライカのことを――助けてくれたんだ」


 ライカは過去を思い出すよう空を見上げながら、


「助けてくれた、というよりは――ライカにこう言ったの」



 ――こんなNPC、殺してしまえばいいだけだ。



「人間と思うな、俺たちが楽しむための玩具に過ぎないって。そう言われた時、ライカの中で一気に考えが変わった。ライカは貴族の首を刎ねたの、呆気ないくらいに、本当に玩具みたいに壊れちゃったぁ」


 リボルとの出会い。

 やつのやり方はめちゃくちゃかもしれない。しかし、一人の少女が救われたという事実は覆しようもない。

 否定も肯定もできなかった。

 全ての現地人が悪いとは思わない、誰彼構わず殺していいわけはない。それでも、悪と判断したものに対しては――僕も遠慮はしない。

 この世界で生きていくためには、仕方のないことだった。


「それからはね、マスターって呼んで付いていってたんだぁ。ライカはマスターのこと好きだったけど、マスターはライカのこと――嫌いだったんだね。ライカは役立たず、捨てられちゃっても文句は言えないかなぁ」


 ライカの瞳から涙が溢れ出す。


「……でもっ、ライカは、もう一度、マスターと、話がしたい」

「それでいいと思うよ」

「いい、のかなぁ?」

「僕は仲間を見つけたい、ライカはリボルと話がしたい。今は敵味方とか関係なく――協力し合おう。ただ、目的のために動こうにもマップ機能も使えず現在地もわからない。まずは自身が置かれている状況分析、情報を得ることが先決でどうかな」

「……ライカと一緒にいてくれるの?」

「もちろん。僕からお願いするよ」

「わぁあ、嬉しぃっ!」


 ライカが飛び付いて来る。

 本当に、人懐っこい子だ。今の状況はライカ自身、気持ちの整理がついておらず心苦しいだろう。

 リボル本人と話したいという想い、否定することなどできない。


「クーラお姉さん、これからよろしくねぇっ!」

「そうだ。僕はお姉さんじゃないよ」

「??? どういうこと?」


 説明しようとした矢先、ライカがクナイを手に取り、


「……なにかの気配がするっ!」


 忍者は盗賊ほどではないが、察知に優れている。

 モンスターか、はたまた人間か、どちらかが僕たちの方に近付いて来ていると見て間違いない。

 前者か後者か、僕たちは息を潜めて待つ。

 草木が揺れ――その姿が確定する間もなく、ライカが飛び出した。流れるような投げ技で転ばせて馬乗りに――口を塞ぐ。

 人間、人間だった。

 和風姿の綺麗な女性、転んだ衝撃により自由に動けないのか――微動だにしない。

 ライカはクナイを急所目掛けて勢いよく振り下ろし、


「死んでっ!」

「……っっっ」

「やめろ、ライカ――人間だっ!」


 僕はギリギリで腕を抑えて制する。

 的確で俊敏な動き、人を殺すことに対して躊躇いがない。

 リボルの教えが、ライカの脳内に根強く残っているのだと理解できた。

 ライカは振り下ろす力を緩めることなく、


「……人間なんかじゃ、ない。こいつは、絶対にNPCだ。ライカたちを虐めに来たのかもしれないっ!」

「ライカ、お願いだ。話を聞くんだ――僕は聞きたい」

「クーラお姉さんが、そう言うのならわかった」


 ライカが女性から身を離す。

 NPCと見たら、見境のない様子――どうにか、偏ったライカの考えを変えることができればいいのだけれど。

 僕は倒れる女性に声をかける。


「すいません。襲われると勘違いして――大丈夫ですか?」

「……きゅうぅぅ」


 しかし、時すでに遅し――女性は気を失っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る