第107庫 記憶から消えた仲間
「ゴザル、これには理由があって」
「大丈夫。なんとなく事情は理解できるわ」
僕が皆まで言う前にゴザルが頷き返す。
さすが、周囲と自身の状況から全てを察してくれたようだ。
「……もう、ニャンシロがキスなんて言うから驚いちゃったじゃない」
《 ええー、口と口を合わせたんだよ? キスはキスでしょ 》
「ち、違うっ!」
《 あれれ? 違うって否定する割には鬼武者さん、すっごく顔赤くない? 意識してるんじゃ――うわわ、刀納めてよ。人間って難しいなー、それじゃ我はマスターのところに帰還するから 》
言いたいことだけ言ってニャンシロが姿を消した。
「……」
「……」
沈黙が流れる。
ニャンシロさぁん! どうするんだ、この空気――ギクシャクしている場合でもないので僕は話を無理やりにでも転換する。
「状態異常が治って動けるようになったとはいえ、僕たちの魔力はゼロに近い。今は大人しくして自然回復させるしか道はないだろうね」
ゴザルも僕の意図を汲み取ってくれたのだろう。
数秒ほど視線がうろちょろとしていたが、現状を解決するべく真剣な面持ちへと変化する。
ゴザルが刀に手をかけながら、
「ソラ、ナコちゃんの加勢に」
「今の僕たちでは足手まといになる」
続く言葉を制するよう僕は断言する。
曖昧なことを言うと、ゴザルが飛び出しそうだったからだ。仲間思いが悪いとは言わないが、感情に身を任せて状況を悪化させても仕方ない。
ここはナコを信じる――その一択だろう。
目に見える場所、ナコとガラスティナが激しいぶつかり合いをしている。強烈な一撃の応酬に城全体が揺れ動く。
ガラスティナの魔力は底が知れない――だが、ナコの魔力もまた底が知れないのだ。
玉座の前にて繰り広げられる激戦、それはまるでどちらが王かを問いているかのようにも思えた。
ゴザルが刀から手を遠ざけ、戦闘態勢を解除する。
「……ごめんなさい。待機しましょう」
「ううん。すぐにでも加勢したい気持ちはわかるよ」
魔力の欠乏症、想像以上に厄介な症状だ。
身体の脱力感、強制的な眠気、油断すれば一瞬で落ちそうになる。僕は意識を繋ぎ止めることに集中しながら、
「自然回復以外、魔力が回復できるものがあればいいんだけどね」
「魔力薬は効かないかしら?」
「極限に近い魔力の枯渇状態だと効果が全くなかったよ。器にヒビでも入っているように感じる」
一本飲み干したところで笑える程度の回復しかしなかった。
無理をしすぎた代償なのか、砂漠に水を振りかけているようだ。意識が飛ぶまでにいたらなかったのが唯一の救いだろう。
「やっぱり、ソラもそうだったのね」
「やっぱりってことは、ゴザルも身に覚えがあるんだ?」
「過去に一度だけ、ここまで魔力が枯渇した状態なんてそれ以来だわ。推測の域になるけれど、私たちには魔力を通す器官――回路みたいなものがあるのかもしれない」
「無茶振りをして、その回路がショートしてるって感じかな?」
「何度も言うけど推測よ。確実な証拠はないわ」
どうやら、ゴザルでもわからないらしい。
「でも、ゴザルが生きていてよかった。心臓を貫かれて無事だったのがすごいよ」
「貫かれてないわよ。一瞬だけ心臓の位置を移動させたの」
「移動?」
なにその人間離れした技。
ゴザルが魔力をこうしてあーして筋肉をーなんて説明してくれるが僕にはまだ理解不能な世界であった。
「本当に危なかったら言うって言ったでしょ。私はまだ諦めていなかったし、私が復活するまでソラがどうにかしてくれるって信じてたわ」
「結局、どうにかならなくてナコ頼りになってるけどね」
「なに言ってるのよ。私たちは一人じゃない。ナコちゃんが来るまで耐えたということは未来に繋がるのよ」
ゴザルは言いながら、
「あれ? ナコちゃんが来るまで?」
「どうしたの?」
「私たち、誰かを忘れていないかしら」
「……誰かを、忘れてる?」
頭に霧がかかっている。
誰だった? と、思ったのも束の間――突如、なにもない空間から人影が現れてガラスティナの最後の核をもぎ取った。
僕もゴザルも、戦っているナコとガラスティナすらも、誰もが信じられない光景に目を見張る。
現れた人物は微笑しながら、
「大事なもの、貰い受けたのです」
僕たちは今の今まで、キャロルさんの存在が脳内から消えていたのだった。
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