第95庫 ゴザルさんとの一夜

 その夜。

 歯も磨き、お風呂にも入り、さあ寝るかと目を閉じかけた瞬間――コンコンと寝室の扉を叩く音、枕を抱きながらゴザルさんが入って来る。


「ソラ、一緒に寝てもいい?」

「ゴザルさん、今日はやけにぐいぐい来るね」

「い、いいでしょ。普段はナコちゃんがいるし、あんまりソラの時間取っちゃ駄目かなって思ってたから」

「一緒に寝るのは構わないけど僕男だよ?」

「今は女の子だからセーフでしょ。ナコちゃんとも寝てるじゃない。まだまだ話し足りないんだもん」


 セーフなのぉっ?!

 簡潔に言うなら今の僕では絶対に間違いは起きないし、安全っちゃ安全なのか。それに寝室にはベッドが二つある。


「お邪魔するわね」

「どうぞ」


 もぞりもぞもぞ、ゴザルさんが僕の布団に入り込む。


「ゴザルさん? ベッドはあっちだよ」

「一緒に寝るって言ったでしょ」


 一緒にって――同じベッドって意味だったのか。

 一人用のベッド、身体が触れ合う距離感、急に背中を向けるわけにもいかないので僕は天井を見上げる。


「もしかして、ナコちゃんはいいのに私は駄目なんて言わないわよね」

「言わないよ」


 僕は観念してベッドの上、ゴザルさんと目を合わせる。

 宝石のようなアメジスト色の瞳、暗闇の中でも銀色の髪は神秘的な輝きを放つ。その美しさに誘われて――僕は無意識のうちゴザルさんの髪に触れていた。

 髪の表面を滑らせていく先、指がゴザルさんの頬に当たる。


「ちょ、ちょっと」

「あ、ごめん。キレイだなって思って」

「……バカ」

「急に触られたらいやだったよね」

「そういう意味のバカじゃない」


 ゴザルさんがズイッと顔をさらに近寄せる。

 心なしか、その表情は普段より赤みを帯びているような気がする。しかし、あまり距離を詰められるともう後退できるスペースがない。

 これ以上はベッドから落ちてしまう。

 引くことも進むこともできず、僕はその場で身体を静止させる。

 無言で見つめ合うこと数秒間、ゴザルさんがくすくすと笑い出す。


「ソラ、緊張してる?」

「そりゃするよ。同じベッドの上にいるんだよ」

「長年一緒にいた仲なのに?」

「それはゲームの話だよね」

「どこであろうと一緒に過ごした時間は変わらないでしょ?」


 ゴザルさんは言う。


「オンリー・テイルが始まった日から、私たちはずっと一緒にいるんだから」

「そっか、そうだね」


 今でも鮮明に記憶に残っている。

 オープン日、オンリー・テイルがそこまで認知されておらず人が少なかった時期だ。初めてログインした日、初めて会話したプレイヤーがゴザルさんだった。


「初めましてで御座候! 拙者の名はゴザルでござる!!」

「あ、どうも。ソラ、です」


 やばい喋り口調のやつがいると、思わずチャット欄を三度見した。

 今となっては良い思い出である。


「ゴザルさんは」

「待って」

「ん?」

「そ、そろそろ、私のことも名前だけで呼んでくれない?」

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