第93庫 天凪璃々

 ポケットハウス。

 このフロアのボスも倒したところで、地下48階に繋がる階段前広間で休息を取ることにした。

 あえてゆっくり進むのは47階のボスがまだ存在したという事実、ナコとキャロルさんがこれより上の階、31~46階のどこかに転移された可能性が高いと考えたからだ。


「希望は41~43階くらいにいることね。そこら付近だったら、あの二人なら普通に合流して来るレベルだと思う。ちなみに私は45階、ボスも全滅させてきたから安全に進めるはずよ」

「やっぱり、階ごとにボスがいたんだ」


 言いながら、ゴザルさんが結構遠いところから来ていたことに驚く。

 僕が1階の攻略にゼエゼエ言いながら挑んでいる間に、トントン拍子に進んでいたかと思うと激しい実力差をまじまじと感じる。


「戻るという選択肢はなかったわ。ソラと同じ考えだと思う。50階には帰還用転移陣があるはずよ――ううん、絶対にある」

「キャロルさんも性格的に50階に進んでそうだよね」

「隠し要素大好きだものね。キャロルちゃんなら上手いことナコちゃんを先導してくれているでしょ。まあ、考えても今すぐにでる答えでもないわ。作戦会議はこれくらいにして私たちも休みましょうか」


 ゴザルさんはソファーに寝転びながら、


「ソラ、紅茶でも入れて」

「これはさっきの勝負、勝者の命令ってことでいいのかな?」

「……ソラの意地悪、ただのお願いだもん」

「あはは。冗談だよ、キッチン借りるね」

「ソラが意識を失っていた時、ナコちゃんがすっごい話してくれたんだ。私もずっと飲んでみたかったの。どこかのお店で仕入れて来たの?」

「アクアニアスのホームにあったものだよ。栽培システムって覚えてる? 上手く育成できたら一攫千金ってやつ。言い方は悪いけど紅茶の葉はそれのハズレアイテム、良い香りがしたからアイテムボックスに詰めて来たんだ」

「ソラはマメね、栽培とかしてたんだ」

「倉庫でできる金策はなんでもするチャレンジ精神っ!」

「その倉庫のおかげですごい運命をたどったわね」

「いやぁ、メインか倉庫か。神様も悪戯なニブイチだよ」


 僕はキッチンにてお湯を沸かす。

 魔石に溜めた魔力、その放出により火がでる仕様だ。これは僕のホームと変わらない造りとなっていた。


 ……ポケットハウス便利だなぁ。


 お金に物を言わせてどこかのマーケットで購入するか? そもそも、結構なレアアイテムの部類に入るので売買されているかも怪しいけれど。

 そうこう思案している間に準備が整う。

 爽やかな香り、僕は紅茶をカップに注ぎ入れる。


「そういえばさ、顔を見た時からずっと気になってたんだけど――ゴザルさんって天凪璃々あまなぎりり?」

「ぶふぉっ」


 ゴザルさんが紅茶を吹き出す。

 天凪璃々とはもとの世界に置いて、人気絶頂中だった声優さんである。声も可愛らしくハーフ顔の美人、この世界に来る前のリアルタイムでも、テレビに引っ張りだことなっていた。

 僕がここまで詳しい理由は一つ。

 オンリー・テイルのアニメが第3期絶賛放映中の最中、天凪璃々がヒロイン役を演じていたからだ。

 まさに、そのヒロインのジョブも武者だった。


「ゴザルさん、カメラ認識でキャラ作成って言ってたよね? 前に触診した時から誰かに似てるなーって思ってたんだ」

「バレてたのね。ソラ、アニメの知識もあったんだ」

「あるよ。というよりは、オンリー・テイル関連は全部目を通していたからね」

「生粋のオンリー・テイルファンなのね」

「ネット社会の今、気になった声優さんとか詳しく調べちゃうでしょ? オンリー・テイル第3期のヒロイン『五十鈴』にバッチリハマってたよ。超絶ファンです握手してください」

「せっかく会えたのに握手だけでいいの?」

「えっ?」


 ゴザルさんは握手をスルー、僕の身体を引き寄せながら、


『主よ、私はこの広い世界であなたに出会えたこと心から嬉しく思います』


 ゴザルさんがヒロインの声、五十鈴の声で僕に耳打ちする。

 本物だ、間違いなく本物だ。

 ファンならば失神するレベルの大サービス、加えてこの距離感――僕の顔は今最高潮に真っ赤になっているであろう。


「ソラも照れることあるんだ」

「僕だってこう見えて男だよ? 今のはめちゃくちゃドキッとした」

「ふーん。そうなのね」


 ソファーの軋む音、ゴザルさんがさらに僕に近寄る。

 ポケットハウスに入ってから袴を着崩したのだろう。ゴザルさんは気付いていないのかもしれないが、緩みきった胸もとが非常に危ない。

 僕はゴザルさんの肩を押し止めるが、思いのほか強い力でぐいぐい来る。


「……シスコン、ロリコン、ドの付く変態、治すチャンスかしら?」

「なんでさらに近付いてくるの?!」


 艶めかしい白い肌。

 数センチ上から覗けば――危険な領域が視界に入りそうだった。

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