第35庫 家族
僕たちは宿屋の一室を借りる。
大きなベッドが人数分に水浴び可能な別室、部屋の中もかなり広く、数ある宿屋の中でランクは上の方だと主人が話していた。
倉庫キャラに貯蓄していたおかげで、お金にはかなり余裕がある。
ここまでの旅路のご褒美、多少贅沢しても罰は当たらないだろう。
僕とナコは久しぶりのベッドに歓喜し勢いよくダイブ、モフっとした柔らかい感触が全身を包み込んだ。
僕とナコはベッドの上で大の字に倒れ込みながら、
「……あぁ、今となってはこの感触が懐かしい」
「……わかります」
気持ち良すぎて動けない。
最近までこの環境が普通だったのに――常日頃は恵まれていたのだと、意図しない方向から感謝の気持ちが湧き出る。
「ナコ、ごめんね。一人一室借りようと思ったんだけど、セキュリティ的な意味合いで今は二人一緒の方がいいかなって」
「私はクーラと同じ部屋の方が嬉しいです」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど僕は男だからさ。いつかナコがもっと強くなって、独りでも問題なくなったら――って、ナコさん聞いてますか?」
どこ吹く風といった顔付き、ナコが僕をジッと見つめながら、
「私はクーラと共にいます」
「いつもと微妙に言い回しが違うっ?!」
ナコは本当に僕に懐いてくれている。
偶然の出会い、奇跡の出会いと言っても過言ではないだろう。この世界に飛ばされて巡り巡った運命が交差しなければ、僕とナコが交わることはなかった。
……その要因となったのが転生だ。
以前、ナコと家族の話をしたことはある。あの時はまだオンリー・テイルの世界に来たばかりで、情報が少なかったからこそまだ希望が――持てた。もとの世界に戻ることができるかもしれない、家族に会えることができるかもしれない、と。
この世界に来る直前の記憶が――全員一致している。
今までの情報から察するに、戻るべき世界は滅亡している可能性が高い。ナコもリーナの話を聞いていたのだ、言葉にはせずとも理解はしているだろう。
前向きに考えるなら、生きているだけ運がいい。
転生の確固たる条件は不透明だが、オンリー・テイルのゲームをプレイしていたという点は今のところ共通している。
僕の家族――もう妹には会えない、のだろう。
ゲーム嫌いだった妹に、楽しさを教えることができていたら、一緒にこのゲームをプレイしていたら、変わった未来があったのだろうか。
……落ち着いてくると、色々なことが脳内を駆け巡る。
このまま、全て有耶無耶にして王都を目指すというのは違う気がした。ナコとも現状を把握し合い、自分の気持ちを言葉にするべきだろう。
僕はベッドにうつ伏せになったまま、
「察しのいいナコのことだから、もうとっくにわかってると思うんだけどさ――もうもとの世界には戻れない可能性が高い」
「はい。理解しています」
「家族に必ず会える時が来るなんて、無責任なこと言ってごめんね」
「クーラ、泣いているんですか?」
「あれ、僕の方がなんか、こんなつもりじゃ、ないんだ。あはは、久々に落ち着ける場所に来たから、メンタルが弱っちゃったのかな。ナコだって悲しいはずなのに、僕がこんなんじゃ駄目だよね。ごめん、すぐに、立ち直るから」
僕は、情けないな。
言葉にしながら、一番諦めきっていなかったのは自分だった。まだどこかで戻れるかもしれないと頭の片隅に希望を残していた。
旅が進むに連れて、今の現実をさらに知って、その希望は打ち砕かれていく。
「クーラ、悲しい時は泣いてください」
ベッドが軋む音、ナコが僕の頭をなでる。
「確かに、家族に会えないというのは――とても悲しいです。まだ私自身受け入れられたわけではありません。でも、嬉しいこともありました。私はクーラに出会うという幸運を得たのですから」
僕の頭に水滴が降り注ぐ――ナコも、泣いている?
「顔を上げてください、クーラ」
言われるがまま、僕は起き上がる。
目は充血して泣きはらした顔、今僕の顔はひどいことになっているだろう。あまり見せたくはない有り様だが、きちんとナコの顔を見て話したいと思った。
ナコが僕の頬に両手を添え、優しく微笑みながら、
「クーラ、私たちで家族を作りましょう」
「……家族?」
「この世界では信頼し合う仲間を集めて、ギルドというものを作るんですよね? だったら、私たちもそうしましょう」
ナコは言う。
「家族だと胸を張って言える人たち、大好きな人たちだけで結成するんです。そこを笑顔で帰ることのできる私たちの新しい場所として」
ナコの言葉に、どれだけ救われてきただろう。
この世界で君に出会えたこと、今の僕にとってこれ以上の奇跡は――存在しない。
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