第10庫 決戦 その3
ゲームでプレイしていた時の基本的なルールはチーム戦での旗の取り合い、オンリー・テイルでも大人気のコンテンツであった。
戦闘職、魔法職、ジョブごとの相性はあるものの、勝敗に直結するのが『プレイヤースキル』だった。
プレイヤーには一人一人の感情がある。
使用するスキルや魔法のタイミング、押し引きの心理戦、純粋に装備がよいからといって勝てるほど甘いコンテンツではなかった。
上手いものが頂点に立つ。
PvPを好み、それらに特化したプレイヤーも多い。我らがギルド"
「先手必勝、頼むぞ触手ちゃんっ!」
僕は触手を足元に展開させ跳躍、相手との距離を一気に詰める。
僕自身もニャニャンに誘われて、何度もPvPに参加していた。始めた当初は初心者の洗礼(弱いのでカモにされる)をくらいにくらいまくっていたが、気付けばニャニャンと肩を並べるくらいには僕も上達し、二人ならば敵なしの状態となっていた。ネットのPvP専用掲示板にもよく名指しで晒されていたものだ。
ニャニャンは、対人戦について語りだせば熱い人だった。
このジョブならばどういったスキルで殺すのか、このジョブならばどのような動きで対処をしていくのか。
一瞬の判断が戦況を動かす。
どれだけ不利な状況でも、諦めずに勝ち筋を探って脳をフル回転させろ。
「まずは、自身の置かれているフィールドをよく見るのにゃ」
ニャニャン曰く、プレイヤー同士の戦いなのだという。
だからこそ、NPCのボス戦のような残酷非道の理不尽は起きにくい。なにを考えているかわからない獣よりよほど理解しやすいと言っていた。
近接、遠隔にはそれぞれ得意な攻撃手段がある。
地形は特に大事であり、障害物がなにもないフィールドほど近接は有利に――遠隔は不利になる。先ほどのカード師の攻撃は遠隔スキルだろう。
情報量の少ないユニーク職に該当する故、近接、遠隔のどちらが得意かは憶測でしかないが、初手は自信のあるスキルを使用するに違いない。
僕だったら確実にそうするからだ。
――ならば、とにかく距離を取らせるな。
火竜玉によりフィールドは焼け野原、障害物はないに等しい状況だ。
自身の触術師は現状どちらかというと近接よりだと感じている。
「ひゃはっ! 飛ぶのは悪手だったんじゃねえかぁっ?! その蜂の巣願望叶えてやろうかぁあっ!!」
何枚かのカードが僕に襲い来る。
この鋭利さ、ナイフといっても過言ではない。当たれば痛いなんてレベルじゃ済まないだろう。
そう、当たればの話だ。
僕は足元に触手を展開、展開、展開――それを足場に空中を二転三転する。空間に出し入れ可能だからこその荒業である。
最初に操作性を確かめていた時から、どんなことができるのかある程度イメージトレーニングしていた。
初見殺しの曲芸技、お互いに読めないジョブだからこそ一手目で確実に有利な状況を作り出す。
ギリギリの射程圏内に到達。
いや――まだ甘い。さらにワンステップ追加、その行動に疑問を含ませろ。
距離三メートル、僕はカード師を触手で絡め取る。
「降伏してくれるかな」
「お前、甘ちゃんすぎるぜ。今の一撃で俺の心臓を貫けば勝ちだったじゃねえか。俺以外の護衛の対処といい、お前がやってる行動は矛盾してる。お遊びか? お遊戯か? あの子猫ちゃんを助けにきてそれはよくねえ――カラッカラだ。あぁ、空っぽすぎる!」
カード師は次いで、
「殺るか殺られるかなんだよ。この世界ってのはそういう風にできているっ! だからこそ、お前もなぁ!!」
なにかくる。
「覚悟を持てや」
カード師の足元が大きく虹色に発光した。
僕が攻撃を仕掛ける前に予め設置していたのか? それとも速効性のあるスキルなのか? いや、今そんなことはどちらでもいい。
僕にとって不利なことが確実に起こる。
巻き込まれないためには、触手を解いて少しでも距離を取らねばならない。
僕はカード師の拘束を解――、
「最高級の愛に包まれて眠れぇっ! ステルスカード“巨龍の抱擁”発動!」
「逃げない! ここぞという時、勇気をだした一歩が相手の思考を上回る! そうだよね、ニャニャンっ!!」
――かず、逆に退かず。
一歩、二歩、三歩、触手を巻き込む形で自分ごとさらに前に加速した。
カード師の切り札であろう攻撃は僕の背後、地面を扇状にえぐり取る。
直撃していたら、今ごろ地面の肥やしと化していたかもしれない。
「……お前、普通避けようって考えるだろ!? この状況でまだ距離を詰めるって頭狂ってやがんのか?!」
ゼロ距離、僕はカード師に密着したのだ。
「君を中心に広範囲で発動するタイプだったら――僕の負けだった。だけど、商品に怪我はさせないんだよね」
僕だけに照準を合わせる。
狭範囲だと――カード師の言葉を信じていた。
「俺の自業自得って言いてえのか、甘ちゃんが言うじゃねえか」
「君の言う通り僕は覚悟が足りないと思う。いつか近い未来、選択を迫られる時が来るかもしれない」
薄々と感じていた。
男の言う覚悟、甘さ――全身に染みる言葉の深さがあった。僕は昨日この世界に来たばかりだが、他にも同じような境遇の人がいたとして同日だとは限らない。
僕より早く来ている人がいても不思議じゃないのだ。
「僕も一つ聞いていいかな? 君も日本から来たのか? なにか知っていることはないかな?」
「……まずは触手を解いて離れろ、話はそれからだ」
僕は言われるがまま触手を解き、カード師から一歩後退する。
「だから、甘いって言ってんだろうが。なんでもかんでも素直に聞き入れやがって。覚悟を決めてこの場に来たんならなぁあ!」
瞬間、カード師の手に数枚のカードが出現し、
「ぐっぎゃぁあああああああっ!」
品のない悲鳴が響き渡る。
背後、カードの投げられた方向に視線を移すと――コールディンが地面を転び回っていた。いつの間にか意識を取り戻し、ナコさんの近くに忍び寄っていたようだ。
僕は即座にナコさんに駆け寄り、追撃で触手をなぎ払いコールディンの意識を断ち切る。
まさかの加勢に驚く僕、カード師はやれやれといった素振りで、
「そいつのこと、ちゃんと目を離さず守ってやれや」
「……その忠告、必ず守るよ」
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