第5庫 ミミモケ族

 翌日。

 アイテムの確認、装備の調整、その他諸々にて一日が経過していた。

 この現状が実は僕の夢ではないかという淡い希望は、窓から差し込む陽の光にて虚しく打ち消されていく。


「……お腹空いた。そりゃそうか、昨日豆しか食ってないもんな」


 普段と変わらぬ空腹感。

 もうこれがリアルであるということは疑いようのない事実だった。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ホームをでて、マーケット街付近へと足を運ぶ。

 とりあえず、腹が減っては戦はできぬ――食事のマークが記載された看板、僕は入り口の暖簾をくぐり空いている席に腰を下ろす。

 恰幅のいい店員さんが僕の席に水を置きながら、


「いらっしゃぁい、今日はスペシャルガルフ定食がオススメだよぉ! 最近素材の入荷が多くてね、今だけ特別提供なのよぉ!」

「それじゃあ、そのスペシャルガルフ定食を一つください」

「はぁい、ありがとうね! スペ定一丁ね~っ!」


 日本でいう大衆酒場みたいなものだろう。

 大きなテーブルがいくつも並び、皆楽しそうに宴会をしている。

 さすがオンリー・テイルの世界と言うべきか、冒険者風の人たちが大勢いる。

 討伐やダンジョン、昼夜問わず一時の息抜きとして利用しているに違いない。


 大盾、大剣、杖――装備から察するに多彩なジョブがいる。

 実際に現実で見ると、皆結構目立つし厳ついなぁ――なんて周りを見ていたが、そんな中でもやはり僕の格好は浮いているのだろうか。


 ……ちらり、ちらちら。


 だ、男性陣の視線が熱い。

 これはあれだな、よく女性の胸もとを見たらバレるって言うけど、実際見られる側だと激しくわかるもんだね。

 しかし、性能重視の装備と決断した今覚悟は決まっている。水着上等、行けるとこまで行ってやろうじゃないか。


「はぁい! スペ定お待ち~っ!」


 そうこうしてる間に、スペシャルガルフ定食が到着する。

 大きい肉厚のステーキが一枚に、ライスとサラダとスープがセットで付いていた。

 僕はそのステーキを食べやすいサイズにカットする。


「うまぁっ!」


 あまりの美味しさに思わず声がでた。

 きちんとした食事、肉汁が全身に染み渡る。定食の名前から察するにこの付近に生息するガルフの肉だろう。

 狼に似たモンスター、群れで戦う習性を持っており、ゲームの序盤では苦労した記憶がある。


 どれも同じ個体に見えるが、統率しているボスが一匹いるのだ。即座に特定して倒さないと無限に増援しまくって大変なことになるんだよな。

 最初の難関、初見殺しの筆頭である。


「しかし、こんなに美味しかったのか」


 ゲームにでてくるモンスターを食べるって新鮮だなぁ。

 僕はあっという間に完食し――水を飲んで一服する。

 座った席の位置的に、後ろの二人組の声が自然と耳に入ってきた。


「おらぁ! 飲め飲め! 今日は俺の奢りだっ!」

「おいおい、気前いいじゃねえか。レアアイテムでも手に入れたか?」

「まっ、似たようなものだ」

「似たようなもの?」

「昨日、道端にミミモケ族がいてなぁ。ここはどこ? お家に帰りたい、なんて泣き叫んでるやつがいたんだわ」

「へぇ、迷子か? お家探しでも付き合ってやったのか?」

「それがなぁ、話してる内容もよくわかんねえのよ。ニホンがどうとか、トウキョウがどうとか意味不明なことばっか言ってやがってな」

「なんだそりゃ。新しいアイテムの名前かぁ?」

「まっ、そんなことはどうでもいいんだ。俺にとっては君がレアアイテムでちゅーってなぁ! なんと、猫耳持ちだったのよ!」 

「おいおい。めちゃくちゃレアじゃねえかっ!」

「身元不明だぜぇ? かははっ、超棚ぼたラッキーじゃねえかぁ? もちろん、奴隷商のところまで仲良くお手々繋いで連れてってやったのよぉ。しばらく飲み代が全部無料ってやつだぁ! なのにあのミミモケ族、別れ際にありがとう優しいお兄さんとか抜かしやがるからなぁ。笑いを押し殺すのに必死だったぜ」

「ひゃははっ、ひでえなぁ! まあ俺もご相伴に預からせてもらってる身だ! 人のこと言えねえかぁっ!」


 聞くに堪えない会話だった。

 だが、僕にとってはありがたい情報だ。僕は立ち上がり、下賤に騒ぐその二人組に歩み寄る。

 坊主頭の厳つい男に身軽そうな男、側にある武器防具から察するに戦士と盗賊といったところだろう。


「おぉん? なんだぁ姉ちゃん、ドエロい格好してるじゃねえかぁ! うひょひょ、酒でも注いでくれるのがぱぁあぉおおあっ!」


 先手必勝。

 僕は右手に展開した触手で坊主頭の男を弾き飛ばす。


「ひひはぁーっ! しょ、しょしょしょ、触術師ぃいいいいぃいいぃいいいいいいいいいいいいいいいぃいいいいいいいいいっ?!」


 残った一人が恐怖に満ちた顔付きで叫ぶ。

 昨日の周囲の反応からも察していたが、やはりこの世界でも触術師は微妙な立ち位置なのか。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。

 奴隷商の話が本当ならば急がねばならない。

 僕は残った一人の隣席にドカッと座り込み、


「お兄さんたち楽しそうだね。奴隷商の場所を教えてくれるかな?」




   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 オンリー・テイルには様々な種族がいる。

 その中でもミミモケ族に関しては、始まりの三国では肩身の狭い存在だ。ゲームのストーリー設定上、ミミモケ族で市民権を得ている人は少ない。


 では、市民権を得ていないミミモケ族は?


 貴族や商人の世話係、護衛役、その他諸々――待遇は決してよくはなく、奴隷として扱われることが大半だ。

 ミミモケ族の奴隷は違法というわけではなく、あくまで身の回りの世話をするという体で合法となっていた。


 まあ、簡潔に言うなら貴族の玩具みたいなものだ。


 酒場の二人組の会話からして、まず間違いなく例のミミモケ族は僕と同じ『プレイヤー』だろう。

 あくまで、"NightMaresナイトメアズ"のメンバーでオフ会のリベンジをするのが最たる目的ではあるが、その道中他プレイヤーに接触して損はないはずだ。


 プレイヤーサーチにて、ホムラとラミュアを見つけた時点で他プレイヤーの存在は深く意識していたが、正直こんなにも早く見つかるとは思ってもみなかった。

 しかし、奴隷商という場所柄――はたして運がよいのやら悪いのやら。

 連れていかれたのは昨日ということだが、


「マップ表示」


 僕はマップを二度三度――確認する。

 教えられた場所はここで間違いない。裏路地に廃墟のような家屋、地下へと続く階段を進んで行く。いかにも胡散臭い雰囲気、ストーリーの設定というものは現実に表すと非情で残酷な一面が垣間見える。

 もし、すでに売られた後だとしたら――、


「いらっしゃいませ。これはこれは、若い女性のお客様とは珍しい」

「奴隷についてお話したいのですが。ミミモケ族、猫耳の子が入ったと聞きまして」

「ほほーぉう、お客様は耳が早い。確かに、ミミモケ族の猫耳持ちが最近入荷されましたよぉ」


 ――扉を開くと、派手な格好の男が僕を迎え入れた。

 全身に綺羅びやかな装飾品を付けたいかにも腹黒そうなおっさんである。室内は外観からは想像できないくらいにキレイで広く、室内の中心にある大きなショーウィンドウの中にはミミモケ族が何人か入っていた。ウサギ耳や犬耳、色々な獣耳が存在する中、猫耳はレアに該当するのだろう。


 ……見ていて胸が詰まる光景だった。


 ミミモケ族は皆一様に沈んだ目をしている。それもそのはず、好き好んで奴隷になるやつなんているわけもない。

 だが、こうした環境から逃げ出すことも叶わないのだ。

 逃げ出そうとすれば、首に付けられた奴隷輪が反応して激痛を走らせる。その痛みは耐え難い苦痛であると僕の記憶には残っていた。


 ゲームであれば格好よく救う場面だろう。


 しかし、今リスクのある行動はできない。奴隷の売買がこの世界に置いて合法である以上――非はないのだ。今僕がなにかをしでかして、犯罪者からスタートすることだけは避けねばならない。

 僕も僕でこの世界に慣れるために必死なのだ。


「猫耳の子はいくらで売っていただけますか?」

「はいはい。猫耳持ちは希少でしてねえ、かなり高価ですよぉ? ざっと四千万エドルになりますねぇ」

「四千万エドル、ですか」


 拍子抜け、意外と安いな。

 現在の僕の所持エドルは約『三億』ほどある。保有してあるレアアイテムを売ったら総資産はもっと増えるだろう。

 正直なところ、一億クラスは覚悟していたのだが――この程度ならば全く問題ない。


「じゃあ一括で」

「一括? 本気ですかあ?」

「あとここにいるミミモケ族の値段も全部教えてください」

「えふぇっ?! 全部ぅ? 全部ですかねぇえ? えぇーと、今はこれこれこうの耳持ちがいて――計三匹、一千万エドルとなりますが」

「一括で」

「はひゃーっ! お買い上げありがとうございますっ!」

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