趣味

よっしー

趣味

 僕は公園に一人花見に来ていた。ベンチに座り、二缶目のビールを開けると、大きな白いビニール袋を下げた知らないオッサンが近づいて来るのが見えた。オッサンが目の前で立ち止まったので、少し身構える。

「ここええか?」

 オッサンが僕の横を指差した。

「はい」

 少し面白そうだとオッサンを受け入れた。年齢は六十過ぎくらいか?ネズミ色のジャンパー、ネズミ色のスウェットのズボン、紫色のキャップという出で立ちだったが、あまり清潔ではなくみずぼらしい印象を受ける。オッサンは僕の横に二つの大きな白いビニール袋を置いて座ると聞いて来た。

「少しだけ、一緒に花見、かまへんか?」

「はい大丈夫ですよ。僕も一人ですから」

「そうか。何話す?」

 少々面食らった僕は、空を見てしばし考える。

「何を話しましょう?」

「趣味の話しとかどや?まるでお見合いの席みたいやけどな、ハハ。ご趣味は?」

「音楽を聴くことです」

 わざとらしくかしこまって、オッサンに合わせた。

「ええやん。俺、趣味なくてなぁ。これじゃあ、お見合いもできんで。ハハ」

「そうなんですか」

「そう、無趣味な六十過ぎのオッサン。女房が逃げて当然か、ハハ」

 何と返せば良いのか?と戸惑っていると、オッサンが白いビニール袋から、半透明の大きなタッパーを取り出し、蓋を開けた。

「これ、自家製いかなご。ほら、食べてみ」

 くすんだ赤色の箸を差し出すオッサン。多分、普段家で使っている箸だろうが、ところどころ赤の塗料が剥がれて黒が覗いている。渋々箸を手にしたが、なんだか不潔な気がして、食べるのに抵抗を持った。オッサンが食べるのを待っているため、あきらめた僕は、くすんだ赤色の箸でいかなごをつまんだ。

「どや?」

 オッサンが真剣な顔を僕に向ける。

「うまいっスねえ」

 他に答えようがない。

 オッサンが次の行動に移る。もう一つの白いビニール袋から、少し色の剥げたピンク色の水筒を取り出すと、嬉しそうに掲げた。

「これ自家製キンカン酒や。家で漬けとんねんけどな、ほら飲み」

 オッサンは、白い袋の中から、今度は剥がれて薄くなった熊のイラストがある、ぼやけたピンク色のプラスチックのマグカップを取り出した。やっぱり、どうにも不潔な印象だ。オッサンは、キンカン酒とやらを並々と注ぎ終えると、僕に差し出した。

「ありがとうございます」

 受け取らざるを得ない。次にオッサンは、自分の分の薄黄色のプラスチックのマグカップを取り出し、キンカン酒を注いだ。最初から誰かと飲むつもりだったのだ。

「他にも自家製プルーン酒とか、自家製ニンニク酒もあんねんけどな」

 どこが趣味がないだ。いかなごは作るし、いろんな酒は作るし、趣味のオンパレードではないか。知らない誰かを捕まえて、一緒に飲むのだって立派な趣味だろう。

「こんな趣味のない六十過ぎのおっさんじゃ、そりゃあ女房も出て行くよなぁ」

 また言ってる。あなたは十分趣味を持ってますよと言いたかったが言えない。恐らくこのオッサンは、女房が出て行った原因を、自分が無趣味だったせいにしたいのだろう。わざわざ見ず知らずの他人を捕まえてまで、そうしたいのだ。

「いつ出て行かれたんですか?」

「三年前や。三十の娘がおって結婚しとんのやけど、それ以来あんまり会えんのや」

 このキンカン酒の入ったコップは、その娘が何十年前かにうがいで使っていた奴だろう。そう思うと、ぼやけたピンク色のプラスチックのマグカップが、なんだか切なく感じる。

「それは寂しいですね」

「孫の顔も最近見てないしなぁ。娘も女房側についとうからな、わし一人のけもんや。女房も娘も孫も、神も仏もなんもないわ」 

「寂しいですねぇ」

「趣味がないつまらん人間やって思われたんやろなぁ。やっぱり人間、趣味の一つも持っとかなあかんな。なんかええ趣味ないか?」

「競馬とか、どうですか?」

「競馬な。競馬のおかででツンツルテンになってな、二年前辞たんや」

 自虐的にオッサンが笑った。だったらそれが、女房が出て行った理由じゃないのか。

「そうですか」

 僕はキンカン酒を飲んだ。

 温かいキンカン酒は梅酒を彷彿とさせる甘さで、胸に染み入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

趣味 よっしー @yoshitani

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ