【ep.10】俺は二十九になった
俺は二十九歳になった。これで村上春樹の三十歳成人説もあと一年だ。俺は店長から正社員の打診を受けたが断った。これが意外と後々の後悔になるかもしれないな、そんなことを嫌でも考えてしまう年齢さ。
ちなみにコンテストは惜しくも二次で落ちたね。まあそれは残念だ。残念だけど、俺はもう次の小説を書き始めていて、それどころじゃないってのが本音。なあ兄弟、哀しみに暮れるってのは何かの特権とは思わないか? 俺はとにかく時間がない、いつまでってのはないけれどそれでも焦りはあるんだ。もっと真剣に命を賭けなきゃならない、必死にやって終わりならそれでもいい気がしてるんだ。そう思わないと、もう引き返せないんだからな。
テレビを点けると最年少デビューの小説家が映る。十何歳で芥川賞って大したもんだ。しかも日本一の大学に通いながら。俺はほんとは心から拍手を贈りたいし、そいつの小説も読みたい、どんな刺激的なリアルを書いちまったんだろうなんて気になっている。それでも俺はそいつの小説を読むことができない。まあ怖いんだな、俺は俺を辛うじて保たせている何かを、そうやって醜く保守している。……
冬になった。うちの県じゃ雪は三年に一度くらいしか降らない。そのかわり火山灰は週に何度も降っては道路や車を砂だらけにしてしまう。俺はその迷惑な白銀の一面を見るとどうしようもなく苦しくなる。雪が降らない、またおなじ冬、限りない停滞。お袋のアル中も、俺の社会的地位も、ネットに埋もれるだけの希望の数々も何も変わらない、ただ周期的に灰のようなストレスがやってきて、それを慣れきった仕草で処理をする、その繰り返し。果てしない徒労と戻れない時間。
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