【ep.7】彼女は大喜びだ

 なんてクールな判断をしたんだろう、俺が『風と共に去りぬ』を読んだと言ったら彼女は大喜びだ、いやもしかすると彼女も俺のことをそこまで熱心だと思っていなかったんだろう、まあそんなのは関係ない、俺は彼女の笑顔、なあ、兄弟、笑顔っていうやつも無数の種類があるもんで、そのなかでも俺の出逢った笑顔は……言い様がないな、その、宝石とかそういう比喩も似合わなくて、だいたい俺は宝石なんか好きじゃないし……そう、とにかく俺はその笑顔を見ると心臓がすこしだけ上がった感じがするんだ、たぶん、おばちゃんたちが宝石を見たときもそんな感じなんだろ? 知らないけど。彼女が夢中になりスカーレットの生涯を語る姿はお前にも見せてやりたかったね。

 それに俺らが今回集まったところがチェーンの居酒屋だったのもよかった。チェーンの居酒屋、きっとお前も行ったことがあるはずの場所で、けどたぶん店内の誰もその店にこんなロマンチックなときめきを感じる人はいないだろう、俺だってそうさ、甲高い話し声と忙しいフロア、そういう雰囲気は酒のアテにはいいが、どれだけ飲んでも下品な感じで、別に下品が悪いってわけじゃないけど、ロマンのロの字も出てきやしないわな。

 まあそれでも俺らは楽しんだ。会ってまだ二回目だからな、そういうもんだよな、もちろんホテルとかそういう雰囲気にはならなかったけど、俺は満足だね、言っとくが俺は友達がいないわけではないんだぜ、うん、まあでも本好きお洒落さんがそういう人になってくれればと思っているけどね。

 ……そろそろ兄弟、本音の話をしようか。つまりお前からすれば俺が彼女のことをどこまで好きか気になっている、もしくは俺がもう振られそうな予感で震えている、それか、俺にさっさと小説を書けと思っている。……まあ最後のやつに関してはモウマンタイだ、ちゃんと書いてるよ、いま調子いいんだ、ジッサイ。

 じゃあ最後以外の気になるところを答えよう、つまり俺がどこまで好きかってこと……俺が降られるかどうかは神のみぞ知るから何も言えない、そうだろう? 正直、俺が彼女のことが好きかどうか、それは俺自身でもはっきりしないもんなんだな。というのも俺が異性の誰かを気になったりしたのは随分前のことだし、もう感情の記憶というのかな、新鮮な感覚を疑う癖ができている歳なんだ。だから俺はこの浮き立つものが、ただ久しぶりに女性に親しくされたからでは? なんて思ってしまう。それだと相手に失礼だと思わないか、兄弟。それだから俺の気持ちはとりあえず保留だ、いまの俺のリアルがハッキリとするまでな。

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