部屋をつくろう

 一夜明け、この辺境惑星での二日目の朝を迎えた。

 起き上がって腕や足を伸ばすと、砂でジャリジャリになった靴に足を突っ込む。この不快さにもすこしばかり慣れてきたかな。


 食卓に向かってアロエの残りを飲み下した僕は、部屋の扉を開ける。すると、しっとりと少し湿った冷えた空気が、僕の汗ばんだ頬を撫でた。


 暴力的な暑気が支配するサバンナでも、朝方の太陽が水平線から上りきる前のわずかな時間は涼しく過ごしやすい。このつかの間の静寂が僕は好きだ。


 太陽が水平線から完全に姿を表すと、猛烈な日差しで、恋しくも優しい時間は影も形もなく消え失せる。うん、DV夫の見せる一時の優しさに魅入られる女性の気持ちがわかる気がする。


「さて、建築に取り掛かるとするか! ……主にポチが。」

「キュイ?」


 僕はニートピアに新しい家を作ることにした。現在ここにある建物は、僕が住んでいる母屋と倉庫、そして井戸だ。


 井戸はそのままで良いとして、母屋が問題だ。

 母屋には僕のベッドと、テーブルと椅子、食料加工機にロッカーがある。母屋はそれらの家具でパンパンで、何か入れられるスペースはない。


 一方、倉庫は空っぽだ。石造りの倉庫は特に何を入れているわけでもない。四角く切られた石を積んだ壁に、土むきだしの床。そういった簡素な建物に屋根をいただけのものだ。


 僕はこの倉庫にベッドを置いて、一時的な訪問者の部屋にすることにした。

 倉庫がなくなってしまうが、どうせ今は大した財産もない。降下船とゴブリンたちから拝借した物資は、母屋のロッカーの大きさでも十分間に合う。


 イチから建物を作っていたら、部屋が出来上がるのが何時いつになるかわからないからね。ここは既にあるものを流用していくことにした。


 この倉庫の大きさは悪くない。頑張って詰めれば、10個くらいベッドを置けそうだ。まあ、そうするとまったく足の踏み場がなくなって、訪問者は他人のベッドの上を歩かないといけなくなってしまうが。

 余裕をもって置くなら、寝床は6つか8つといったところだろうか?


「というわけでポチ、頼んだ!!」

「プイ!」


 僕の横にはニートピアの周囲で拾ってきた枯れ草がある。まずはこれで床を作ってもらおうという計画だ。


 僕は自分の視界に表示されているMRを操作して、倉庫の土の床にデータを投影して設計図を貼り付ける。あとはポチが材料を集めてやってくれるはずだ。


 これ、すごい便利だよなあ。


 唯一の欠点としては、MRを持っていない他人が僕を見ると、変な踊りをしているようにしか見えないことだ。MRを持っている人間同士なら、許可を出せばお互いの仮想空間上でやっている作業を可視化して、操作もできるんだけどね。


 いま僕がやっている作業を見れるのは、僕の足元にいるポチだけだ。

 設計図を確認したポチは僕の作った草の山から材料を取ると、バチバチと火花を出す謎のレーザーを展開して素早く床をはっていく。


 ……素朴な疑問だけど、なんで材料が草なのに溶接みたいな音がするんだろう? 素材草なんだけど、燃えたりしないのかな?


 ま、まあこの小さな謎は気にしないでおこう。

 進んだ科学は魔法にしか見えないっていうアレだよアレ。うん。


 ともかく、ポチの作業速度は大したものだった。1メートル四方をタタミのような草のフローリングにするのに、3分もかからなかった。


「すごいなポチ……」

「キュイ!」


 僕が褒めたのがそんなに嬉しかったのか、ポチはクルクルまわて楽しげに作業を続ける。なんとまあ感情豊かなやつだろう。

 舌打ちと怒号以外の音声が存在しないオフィス、温かい会話なんかまるで無かった職場にいた僕からすると、なんだか涙まで出ちゃう。


「うっ、目から……ゴミが入ったかな」

「プイ? プイプイ!」

「なんでも無いよ。さあ、続けて」

「キュイ!」


 その後も作業は続き、小一時間かけて床を張り終わった。

 ポチの作業が早いのに、なんでこんなに時間がかかったかというと、草の補充がぜんぜん間に合わなかったからだ。

 つまり、僕の仕事が遅かったということだ。


 やはり人手、人手が足りない。

 なんか中小企業の社長の気持ちがわかる気がする。


 さて、床をはったら次は寝床の作成だ。

 MRで表示されるポチ建設メニューには、色々オシャレで近代的な家具の設計図があるが、もちろんそんなものは作れない。布はもちろん、プラスチックとかアルミとかをバリバリに使ってるからね。


 なので、ちょっと考え方を変えよう。インターフェースの検索コマンドを表示した僕は、目の前の四角い空白にロハスとか自然主義の言葉をいれて、検索をかけてみる。


「やっぱあったか。うん……結構良さそうだ」


 僕の目の前には、MRが表示する建築物のプレビューが、現実世界の部屋にホログラムとして出てきている。目の前に表示されている半透明の家具は、草や藤蔓ふじつるで作られた、植物性の材料を使用したものだ。


「お、これなんてオシャレでいいんじゃないかな?」

「プイ!」


 僕が出したベッドは、薄黄色の硬そうな草をカゴのように編み込んで、ベッドの形にしたものだ。見た目は原始的だが、通気性はかなり良さそう。

 中世と変わらない生活をしているニートピアにはもちろんエアコンなんて無い。

 ゆえに毎晩が寝苦しい地獄の熱帯夜だ。僕の部屋にもほしいね、このベッド。


 MRによると、この家具の材料は植物性繊維とある。これならニートピアにある材料でも作れそうだ。だがひとつ問題がある。それは――


「うおおおおおおお!!!」

<ザクザクザク!!!>


 僕が人間草刈り機になって、必死で草を集めないといけないことだ。

 ベッドに必要な植物繊維の量は尋常じゃない。必死にかき集めて積み上げたが、それでもポチが一個のベッドを仕上げるのがやっとだった。


「はぁ、はぁ……こんだけ頑張って一個かぁ」

「キュ、キュイ?」

「いや、ポチは頑張ってるよ。草集めは僕の仕事だから」


 草を抜くためにずっとかがんでいたのでメチャクチャ腰が痛い。これだけ疲弊したのにベッド一個かぁ。草ならいけると思ったが、甘かった。超大変だよコレ。


 それに無限に存在すると思っていた草だが、全然そんな事無かった。

 ニートピアの回りに生えている雑草は、床とひとつ目のベッドを作るのに使い切ってしまった。

 

 うーむ……。ちょっと離れた場所にも採取に行かないといけないな。


「ポチ、お出かけしよう。ニートピアの外にある草を採りに行くんだ」

「キュイ!」


 僕は護衛にポチを連れ、ゴブリンから奪った粗雑な銃を背負って出かけることにした。まさか草すら足らなくなるとはね。よく、腹が減ったらそのへんの草を食えばいいじゃない、という冗談があるが、ニートピアではその草にすら困るようだ。


「貧乏って悲しいねポチ」

「プイ?」

「おまえにはよくわからないか」


 ニートピアから離れ、20分ほどいった場所で、僕はある異変に気付いた。


「ん、誰か倒れてる」

「キュ、キュイキュイ!!」


 どうやら行き倒れだ。女性がうつ伏せになってばったり倒れている。

 一応人権とか何とかが名目上存在していた文明に住んでいた僕なら、普通は助けるところだが、ちょっとした問題がある。


 そう、僕ではなく、女性の方に問題があるのだ。

 長い耳、形の良い顔、うん、ナーロッパ物語で見られるエルフという種族に間違いない。そして……ボンテージファション。これが問題、大問題だ。


 どう見ても、初日に出会って僕をカツアゲした砂エルフの女性だ。

 ねぇ、なんでこんなところで行き倒れてるのぉ?


「どうしたもんかなぁ……?」

「キュイ~?」

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