学園闘争劇

渡貫とゐち

新作・小片小説「チャンピオン」

 長い年月をかけ、鍛え上げた肉体――、太く硬い腕や巨大な太ももが自慢だ。りんごくらいなら簡単に握り潰すことができる握力を持っているし、大きな体にしては素早い反応も持っていると自覚している。反射神経も非凡だろう――そんな俺は公的記録の上で、チャンピオンである。


 格闘技であれば一つの競技に限らない。

 ボクシングがメインだが、柔道や空手、テコンドーなどもマスターしている。大会に出場すれば上位に食い込むことは朝飯前だ。

 これは相手が弱いのではない、俺が強過ぎるのだろう……――愚直に体を鍛え上げた積み重ねは、決して嘘をつかない。

 はっきり言ってしまえば、俺は強い……それは自他共に認める事実である。



「本当に俺に喧嘩を売る気か? 俺は格闘技のチャンピオンなんだが……まあ、調べないと分かるわけがないよな……、だから忠告してやってんだぜ? 引くなら今の内だ。謝れば俺も手を出したりはしねえよ――揉めた原因が、俺にもあるわけだしな」


「…………」


 相手の男は答えない。

 ……ふう、せっかくこっちが歩み寄ってやったのに……無下にするとは。

 なんてヤツだ。これは一度、ボコボコまではいかないにしても、一発、頬に拳を当ててやらねえと理解しないのかもしれないな。

 チャンピオンである俺のことを事前に知っていて、ゆえに強さを確かめるために勝負を仕掛けてきた可能性もある……、となれば、話し合いは無駄だ。


 拳と拳で確かめるしかない。


 のだが……相手の体は細く、鍛えているとは思えない……、筋肉は、あるのか?

 まるで骨と皮だけのような気も……。

 そんな体で、俺に喧嘩を売ってきたとは、驚きである。

 その勇気だけは褒めてやりたいところだ。


「ほら、人通りの少ないところまで案内してやったぞ、やるならやろうぜ――喧嘩だ」

「ゴングは?」


 やっと喋ったな――好戦的ではあるのか。

 口数が少ないのは、既に戦いに没入しているからか? ……根っからの戦闘狂の可能性もあるな。だとしても俺はチャンピオンだ……、過去の肩書きに縋っているわけじゃないぞ?

 現在もその肩書きに恥じない成果を出し続けている。


 チャンピオンとは、勝利数が多いことを意味する。

 勝利の数は自信に繋がっているのだから――自信は勝率を上げてくれる。


 技術よりもメンタルが勝利を引っ張ってくることは、珍しいことではない。

 ジャイアントキリングはこういうところから生まれてくる。……強者の油断も多く混じってはいるが――、心の強さは肉体の強さを凌駕する。

 だからたとえ体の線が細いとしても、見た目で力量を判断するのは早計だ。

 実際に、拳をぶつけてみなければ分からない――。


「いつでもいいぜ。お前からでいい――これはなめてるわけじゃねえぜ、単純に俺は後攻が得意ってだけだ。逆に俺が先攻でもいいが。こんなことを言っている間に攻めてきてもいい……不意打ちも戦略の一つだからな」


「そうか」


「ほら、こいよ。チャンピオンが受けて立ってやる」


「なら――」

 

 パァン、という音が遠くから聞こえた。

 膝が落ちる。

 いや……銃声は近い、はずなのに……。


 俺の耳が、瞬間で遠くなったのかもしれない……。


 銃弾が、俺の腹を撃ち抜いていた。


「…………は、あ……?」


「チャンピオン? 鍛え抜かれた肉体? ――関係ないね。あんたが王者でいられるのは『ルールの下』だからだ。だけど競技の枠から出てしまえば、ルールはない――この場は無法地帯だ。反則なんて存在しない。……拳を握って身構えているところ悪いが、こっちは最初から拳銃の引き金を引くだけのつもりだった……一発で終わるかどうかはあんた次第だったが……、どうやら二発目はいらないみたいだな」


「て、めえ……ッッ」


「チャンピオン? そんな肩書き、小さな兵器の前じゃあ、無力なんだよ」



 ―― 完 ――

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