第6話 相討ち
罪獅子は歯噛みする。
しかし、それは形だけだった。
仲間の死――、いや、まだ分からないが。
仲間の死を見て、罪獅子は悔しがる素振りを見せただけだった。
誰に見せるわけでもない。これは自分に見せているだけだ。
言い聞かせているだけだ。こうでもしておかないと、忘れてしまいそうなのだ。
人の死に、悲しむことができなくなってしまいそうで。
人の死に、なにも感じなくなってしまいそうで――。
それは、いくところまでいけば、無関心にまでいってしまいそうで。
――人間として、終わりになってしまうから。
人間を越えた場合、あるのは化け物の領域だけだ。
そこまでには、到達したくない。
罪獅子が抱える恐怖は、たった今、それだけだった。
(死んだのか。いや、死んでいないな。血の匂いはするが、けれど死体の匂いはしない。気絶か、仮死か。まあ、まだ生きているだろうな。まだまだ、これから先の人生を歩めるということか)
罪獅子は、一応、周りの木や地面を観察した。
もしかしたら罠が仕掛けられている可能性もある。
気絶した人間を置いておき、仲間を誘き出して、そこを狙って捕まえる……または攻撃する。
これは戦いにおいては当たり前のこと――と、罪獅子は理解している。
だからこそ、集中的に周りを観察したのだが。しかし罠らしきものはない。
本当に、ただただ倒して放ったらかしにしておいただけか。
罪獅子は、相手の戦略に呆れながらも、ゆっくりと気絶した仲間の元へ進んでいく。
そこで、気づいた。
倒れている肉体は、一つではない。
土と同化していたために気づかなかったが、仲間のすぐ隣、そこに――
土色の迷彩服を着ている、小太りの青年がいた。
自分の仲間ではない、と分かっている罪獅子は、すぐに敵だと認識する。
すぐに、慌てて後ろへ跳んだ――、彼女は数秒、様子を見てから、ゆっくりと、再び倒れている肉体へ近づいて行く。
倒れている敵の青年――、名前までは知らない。
言ってしまえば、なにも知らない。
だから、どんな戦い方をするのか、どんな人間なのか。
どんな喋り方で、どんな思考をしているのか――、なにも分からない。
そもそも、分かる必要はないのだから、分かろうとしなくてもいいのだが。
ただ、なんとなく、自分の仲間と相討ちになった技術は知っておきたかった。
自分の仲間は、決して弱くはない。
一年も、この学園で生活してこれた、訓練にもついてこれた。
それに、自分――、罪獅子の班なのだ。
そう、弱いわけがない。
だというのに。
そんな仲間が、最近入学してきた一年と、相討ちだと?
罪獅子は少しだけ驚いた。
この一年は、もしかしたら相当の実力者ないのではないか、などと考える。
しかし、だとしても。
――罪獅子の敵ではない。
それに、罪獅子の仲間と相討ちなのだ。それは、罪獅子の仲間と同レベルということであり、ならば罪獅子と張り合えるはずがない。
無理だ。恐らく、というより確実に――、勝負にならないことは目に見えている。
少しだけ期待した罪獅子だったが、すぐにその期待を打ち消した。
結局、この学園に、自分と張り合える相手などいないだろう。
だから、この勝負も結局は、いつも通りに終わる。
簡単に、あっさりと、自分の勝ちなのだろう。
なんとも自分に酔っているような考えだが、仕方のないことである。
罪獅子は、ずっとずっと、勝っていた。
負けることはなく、相手を、自然に叩き潰していた。
そこに悪意はないが、だが、善意があるわけでもない。
しかし、無でもない。そこにあるのは――、興味に近かった。
負けることはなかったから、自分に勝てそうな相手に興味を持った。
そして、戦い、そして――勝つ。
これはもう――パターン化されている。
自分が勝つことが当たり前の世界に思えてきた。
しかし、上には上がいるらしい。それが斜影峰学園の上にある――本家という存在。
そこに行けば、自分は、敗北を知ることができるのではないか――、などと考えていると。
また不快な音が耳の中、鼓膜を揺さぶる。
無線機の音。
誰かからの通信。
無視するわけにもいかず、罪獅子は「どうした?」と応答するが……
聞こえるのは、自然の音。葉の揺れる音、虫が飛んでいる音、鳥の――鳴き声。
仲間の声は聞こえてこない。
そこで、まさか――、と罪獅子の中で一つの考えが頭の中を駆け抜けた。
突き抜けるようにして、罪獅子の思考が燃え上がる。
もしかしたら。
もしかしたら。
今、この場で起こっていることが、他の場所でも起きているのではないか。
罪獅子はすぐに無線機を取り出し、仲間の一人に連絡をした。
しかし、予想通りに、応答はなかった。
無音。分かっていたことだが、予想していたことだが、少しだけ、焦っている。
今までは自分一人で全てのことを解決していたことから、仲間が常に後ろに控えていると――気づかない内に、仲間がいることで、安心していたのかもしれない。
そこで、今、仲間がいないという事実が、自分が思っているよりも、自身を追い詰めているということに、罪獅子は気づいた。
――仲間が、いない。
いるのは――自分だけ。
(まさかだな。いや、まさかではないか。わたしが強いというのは、あいつらは当たり前に知っているはずだからな。だからこそ、わたしの仲間から潰してきたか。周りを砕いてから、中身を崩す。城への攻め方みたいだな……、正しい。それに最善かもな。しかしだ、しかしだよ――傷枷。そして上京。お前らは、わたしに怒りを蓄えさせたぞ……ッ)
やはり、罪獅子も人間だった。
仲間なんてどうでもいいなどと、自分自身でそう思っていて、周りにそう表現していても。
――本心は、隠せない。
誰よりも仲間を想っているのは、罪獅子だった。
仲間を大切にしているのも、傷つけられて怒りを隠せないのも――罪獅子だった。
化け物なんかではない――、ごく普通の、少女だった。
「……待ってろ、すぐに終わらせてくる」
血に伏している仲間に一声かけてから、罪獅子はその場を去った。
そして、再び森を駆ける。
水場の近くで、もう一人の仲間を見つけた。
そこには、敵の少女も一緒に倒れていた。
木の枝に引っ掛かっている仲間を見つけた。
そこには、敵の、小柄な青年がいた。
全てが相討ち。勝利でもなく、敗北でもなく、そこにあるのは――、引き分けだった。
不思議だ。不思議な感覚だ。
なぜ、引き分けなのだ?
なぜ、どんどんと互いの仲間を減らしていくような、そんなやり方なのだ?
勝つ気がないように見える。
なにが、したいのか。なにを、しているのか。
考えても考えても、疑問だけが膨らんでいくような思考だった――その時、
隣の、草の茂みが揺れた。
「誰だ!」
罪獅子が叫び、咄嗟に手に持っていたショットガンを向け――、そして、撃った。
パァン、という高い音が響き、草の茂みが一瞬で消滅する。
そこは、なにもない空間へ変わった。
罪獅子が確認すると、茂みには、誰もいなかった。
「……どういう、ことだ?」
「危ねえな。ほんとにそこに隠れてなくて良かったよ」
そう言って、木と木の間を通り抜けるようにして出てきたのは――
傷枷道々だった。
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