第4話 開戦

 時間というものは集中していると早く感じるものだ。

 それは、集中していないと長く感じるということでもある。

 傷枷は、毎日を長く感じていた。

 つまり、自分は一日一日を、まったくもって集中していないということではないか。

 ……などと、傷枷はふと思った。

 毎日がつまらない、それもそうである。ここは地獄。ここは死地。

 ここは、未知。生きることを諦めそうな場所で、なにに集中するというのか。

 生きる事に集中するのか? だとしても、そんな集中は、時間を早く感じさせてくれるのだろうか。逆に、集中しているというのに、時間を長く感じてしまいそうだ。

 そんな、考えていても仕方のないことを考えていると、時間がきた。

 勝負が始まる時間だ。

 べた、と、汗が腕にまとわりついていた。

 傷枷は、その汗を眺めながら、ワイヤレスイヤホンを耳にはめる。

 さっき傷枷が上京に作ってくれと頼んだものだ。

 この戦いに勝つための――、キーアイテムである。

「そろそろ時間か」

 傷枷は呟きながら、耳にはめているイヤホンを、とんとんっ、と指先で叩く。

 すると、ぷつり、という音がしてから、音がクリアになって聞こえてくる。

 人の声ではなく、風のような音。

 外の音、自然の音だ。

「上京、聞こえるか?」

『うん、聞こえる聞こえる。数十分で作ったものだから少し不安だったけど、どうにか完成して良かったよ。あんなにテキトーに作ったのにね』

「なにお前、テキトーに作ってたの? やめろよ、俺の作戦の芯を、テキトーに作るなよ」

『じょ、冗談に決まってるよ!』

「返しの言葉が震えてるんだよ! 説得力がまったくないからな、お前! あと、威厳もないからな!」

 むー、と頬を膨らませた時のような声が聞こえてくる。

 傷枷は口の中で溜息を吐いてから、

「他のみんなも、準備はいいよな?」

 傷枷の声に、上京以外の声が返ってきた。

 木瀬、命火、天幕の声。

 このイヤホンは通信機だ――、同時に五人を繋ぐことができる、通信機。

 音は鮮明に、ノイズなどは出ない――、いま存在しているどんな通信機よりも性能が高い通信機……、これを、上京は数十分で作ったというのだから驚きだ。

 そう、上京を知らない者がいれば思うだろう。しかし、傷枷は上京を知っている。

 他の三人だって、上京を知っている。だからこの程度のことに驚くことはしなかった。

 いつも通りで済ませてしまう。

 上京の凄さなど、慣れてしまって、今ではもう普通の域だ。

『準備はおっけー』

 という返事が三人からそれぞれきて、傷枷は安心する。

 と、同時に、覚悟を決める。

 この戦いでは、本当に死なないように気をつけなければいけないからだ。

 相手は、プロになってもおかしくないような実力を持っている、罪獅子。

 今になって思う。

 なぜ、自分はこんなところで、こんな風に、命を懸けているのだろうか。

 みんなの命を、背負っているのだろうか。

 放り投げてもいいというのに。

 いや、よくはないが、放り投げても罪悪感が残るだけで、それだけなのに。

 自分は、なぜ――

 なぜ、こんなにも、必死なのだろうか。

「――上京」

『なに? 傷君』

「お前の、夢はなんだ?」

『…………』

 上京の沈黙。数十秒経っても――、沈黙。

 なにか、聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうかと、傷枷が後悔してしまいそうな時、上京が言う。

『軍人になること』

「そうか。そうだよな。お前は、そうだよな。いつもいつも。そう言ってたもんな。ほんと、揺るがねえな。ぶれねえな。羨ましいよ。俺は、乱れまくっているというのに」

『傷君は、揺らいでないよ』

 上京の言葉が、傷枷の心に、強く、重く、乗っかってくる。

 突き刺さったほどではない――体当たりのようなものだった。

『傷君は揺らいでない。だって、ずっとずっと、僕の隣にいてくれた。一緒に歩いてくれた。そして――守ってくれた。もしも傷君が揺らぎまくっていて、ぶれていて、乱れているというのなら。傷君はきっと、今ここにはいないだろうから。だから傷君は揺らいでいないと思う。僕は、そう思っている』

 ああ――と。

 傷枷は、理解した。

 自分が、どうしてここまで命を懸けているのかを。

 自分が、みんなの命を背負っているのかを。

 全部は、全部は。――上京のためなのだ。

 上京がここにいたいと言うから。上京が軍人になりたいと言うから。

 だから、その夢が潰されそうな今を――、必死に守ろうとしているのだ。

 単純な、こと。

 簡単な、ことだった。

 それだけのことなのだ。

 自分の原動力は、そこなのだ。それを今――遅く、遅く、理解した。

「俺は、上京をただ守りたいだけなんだよな」

『え? 傷君、今なにか――』

「始まるぞ」

 上京の声を遮って、傷枷が言う。

 それと同時に、開戦の合図が鳴った。


 高く、空に打ち上げられたのは赤い煙。

 大きな音が、一組五人、かける二つ――合計十人に伝わるように、パァン、と響き渡る。

 舞い上がっている赤は、一体なにを意味しているのか。

 見やすいから? 見つけやすいから? それとも情熱、とでも言うのだろうか。

 高校生だから、青春の戦いだから、とでも言うのだろうか。

 それとも。

 ――血の色なのだろうか。

 まあ、なんでもいい、と傷枷は吐き捨てる。

 赤いからと言って、なにかが変わるわけではだろう。

 もしも、舞い上がった煙が青くても、結果は変わらない――

 そこまで思考したところで、傷枷は思う。

 やはり、赤で良かったのかもしれない。

 もしも、青や緑や黄色だったのなら、少しだけ油断してしまっていたかもしれないのだ。

 なぜそうなるのか、の理屈は、ないのかもしれない、分からない。

 ただ、赤を見た時――、テンションが上がった。

 テンション――、つまりはやる気だ。

 やる気――る気。少しだけ、赤に感謝した。

「よし」

 戦闘開始の合図を受け取り、傷枷は一言だけ呟いてから、深呼吸をした。

 始まる。始まった。

 傷枷は最後に――、メンバー全員に、


「じゃあ、お前ら。作戦通りに頼むぞ。それと一つ――死ぬなよ」




(まずは、武器を集めるのが定石――、だと思ったんだがな。相手は、武器を探す気配がない。何をしている? なにを企んでいるんだ? とは思うがな。そう深読みし過ぎて、し過ぎているために、足をすくわれる可能性がある。だからこそ、定石通りにいくとするか)


 罪獅子は、長ったらしい思考を、一瞬よりも早い時間でおこなった。

 そして、手に持っているショットガンのグリップを強く握り直す。

 周りを見て、気配は、ないはずだ。ないはずなのだが、なぜか――、視線を感じる。

 ばっ、と。罪獅子は周りに目を向けるが、あるのは木、木、木。

 葉に花に――、昆虫。

 生きているものがいれば、死んでいるものもいる。

 弱肉強食の世界での勝者と、敗者。それがここ――、山なのだ。

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