逆足スタンス

 スケボーにはずいぶんれてきた。でもターンがうまくいかない。後ろ足のふんばりがきかない。マウンテンバイクでも同じような感じで、バランスがうまく取れない事を思い出した。

 いぶきは、右の太ももをパンパンとたたいた。


 マヤがいぶきからボードをとりあげて、こぎ出した。


「え?」

 いぶきは目を見開いた。

 これまでは左足を前にして乗っていたマヤが、今度は右足を前にして、さっきと同じように右に左にきれいにターンを繰り返している。

 両方同じようにできるなんてスゴイなと思った。

 私にもできるのかな? 


 マヤがボードをいぶきの前に置いた。

 右足を前にして乗ってみる。

 やりにくい。ターンしようとしてもバランスがうまく取れなくて、ターンできない。

 でも、バランスはうまく取れないけど、ふんばりはきくような気がした。足も痛くない。

 痛くないから何度も練習できる。


 そしてハッとした。

 マウンテンバイクでも、逆足ぎゃくあしスタンスの方がうまくいったりするのかな?

 そう思うと、すぐにでもためしたくてたまらなくなった。


 マヤはそれを教えてくれたの?

 それとも、たまたまなのかな。


「マヤ、ありがとう!」


 きっと聞こえていないのだろう。

 だけど私の心を感じてくれたのかな?

 マヤはいぶきから取り上げたボードに乗って、スイスイと気持ちよさそうに遠くに行ってしまった。


 いぶきは少しの間、その場に立ちつくしていた。

 そっと肩にふれる手があった。

 父さんはずっと見ていたのだろうか。


「そろそろ帰ろうか」と言ってきた。


「うん。マヤ先生に教わった事を早くマウンテンバイクで試してみたいの」


 🐝


 マウンテンバイクはスケボーとはわけが違った。

 何のかさねもないスケボーは右足前でも左足前でも少しの違和感いわかんしか感じなかったけれど、何年も何年も一生懸命にやってきたマウンテンバイクのスタンスは体にしみついている。


 マウンテンバイクのレースは坂道を上ったり下ったりするけれど、斜面しゃめんが急だったり、石や木の根や段差だんさがあったり、難しい下りが多いので、ペダルの上に立ってバランスをとりながら下る事が多い。

 その時、ペダルは並行へいこうにするのだけど、左右どちらの足を前に出すか、やりやすい方がある。それは人によってだいたい決まっている。


 いぶきはずっと左足前でやってきていたけれど、ケガをした後ろの右足がどうもうまくふんばれなくなっていた。ジャンプの着地とかでも右足に痛みが出るので、思いきって飛べない。

 それで、スタンスを逆にしてみたら良いかもって思ったのだ。


 えー、こんなにやりにくいものなのか、とガッカリした。

 でもマヤは右足前でも左足前でも、同じようにうまくすべっていた。


 練習すれば、どちらも同じようにできるようになるのかな。

 っていうか、たぶん左前のままじゃ、行きづまりから抜け出せないような気がする。それなら練習するしかないって思う。


 うまくいかない事をひたすら練習する。

 やっぱりムリなのかな? 時間のムダ? とっととあきらめた方がいいのかな?

 いや、できるはず。私ならできるはず。

 心は毎日、行ったり来たり。


 いつもは何も言わない父親が、ある日そんないぶきに声をかけた。


「父さんはいぶきがいい子になりすぎて心配だ。泣きたい時は泣けばいいし、おこりたい時は怒っていいんだよ。いぶきは1人じゃないから。家族もいるし友達もいる。まだまだ甘えたっていいんだよ」


 初めてこんなふうに言われて、ポンポンポンと軽く頭をたたかれた。

「父さん‥‥‥」


 父さんは、てれくさそうにさっさとその場をはなれていってしまった。


 

 時間はかかるかもしれないけれど、やってみよう。いぶきは決心した。


 マヤが教えてくれた事にはきっと意味がある。だって、すごくすごく大きなつながりを感じるから。

 東先生、マヤ、いぶき、同じ所にミツバチに刺されたアトがある。

 ハニーとミーヤが運んでくれた大切な繋がり。

 

 そして私には家族がいる。仲間がいる。私は1人じゃない。だから大丈夫!

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