優しくて強い手

 嬉しかった。優しさと強さは同時に求めていけるものなんだと思った。もっと優しくなれば、もっと強くなれて、もっと強くなれば、もっと優しくなれるんだと思うと、求めるものが光輝ひかりかがやいて見えた。



「僕の手の上に右足をのせてみて」

 そう言われると同時に、先生の右手がそっといぶきの右足にれた。


 手術した右足はゆっくりと動かさないと痛みが走るし、まだ自力だけでは動かせない。


 先生の大きな手は優しく右足をつかみ、ゆっくりと、とてもていねいに動き、いぶきの右足は先生の左手に乗せられた。


 大きくて強い手。そこはいぶきの右足にとって、とても安心できる場所だった。


「少し膝を曲げていくよ」

 そう言いながら、東はゆっくりといぶきの足を動かしていく。

 優しく守られていて、ぜんぜん怖さや痛みを感じない。

 いぶきはいつの間にか、無防備むぼうびまかせていた。


「いぶきの体は本当に素直で面白い。体が心そのものって感じだ。

 最初はあんなに強張こわばってガチガチだった筋肉が、今は赤ちゃんのほっぺたのようにやわらかくてプヨプヨしてる。いい筋肉だ。弾力性だんりょくせいがあって、ただものじゃないのがよくわかるよ。

 こういう選手は心次第こころしだいで強くも弱くもなる。

 いぶきはまだまだ強くなれるよ。

 いぶきには優しくて強い、魅力ある選手になってほしいな」


「今、先生の優しくて強い手が私の体につながっているの。先生は魔法使いなんでしょ? 先生はボクサーじゃないって言ってるけど、先生の手は優しくて強いボクサーの手だって私は思う。魔法使いじゃないとしたら、本当は先生は先生のヒーローそのものなんでしょ?」


 いぶきの右足はゆっくりと先生の手からはなれた。


「ありがとう。いぶきは優しい子だね。じゃ、また来週。明日からの内藤先生のリハビリではリハビリ室に移動しての訓練くんれんも始まると思うから、頑張ってね。

 それから、こんな痛い目にあったんだから、強くならなきゃね。痛い目にあって弱くなったんじゃ、いい事なしだ。

 大きなケガだから、復帰ふっきは簡単じゃないはずだ。今までと同じようにできると思っちゃいけないよ。うまくいかない事もいっぱいあると思うけど、いぶきならえられるはずだから。

 大丈夫だよ。僕を信じて。自分を信じて」


 東先生はそう言って出ていった。

 何だかお別れの時に言う言葉みたいだなって少し思った。

 でも、また来週って言ってたし、それまでに少しでも進歩できるように明日から頑張ろう。

 1週間でこんなに出来るようになったよって、先生に見てもらいたい。そしたら先生もきっと喜んでくれるはず。「いぶき頑張ったね」って言ってもらいたい。

 いぶきはやる気にあふれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る