話したい

 待ちに待った日曜日は東先生のリハビリの日だ。


「いぶきさん。リハビリです」

 カーテンの外で東先生の声がして、カーテンが開かれた。


 来たっ! いぶきのテンションが上がる。

「先生、色々聞きたい事があって。私の話、聞いてくれますか?」

 リハビリが始まって、話が出来ないまま先生が帰っちゃったらイヤだなと思って、いぶきはまず初めに言った。


「僕は話相手はなしあいてにきたんじゃないから、リハビリをしなくちゃならないんだ。今はリハビリの時間だから。でも、そんなに話したいなら聞いてあげるよ。

 そのかわり、いぶきが嫌いなマッサージ、やるよ。マッサージしながらならいいよ」


「え〜〜っ⁉︎」

 いぶきは一瞬いっしゅんまゆをしかめた。

「しかたないです。お願いします」

 少し嬉しそうに上目遣うわめづかいで先生の顔を見た。


「じゃ、リラックスして横になっていて」


「は〜い。あの、ミーヤが来ていろいろ話してくれました。でも一方的に話すだけで、私の話はちっとも聞いてくれないの。おかしな話なんだけど、本当の事のようにも思えて、頭の中がハテナだらけ。私は東先生が何者なのかを知りたくなって」


「僕? 僕はただのリハビリの先生だよ」


「先生はボクサーなんでしょ?」


「僕さぁ〜‥‥‥。なんてね。ミーヤがそんな事を言ったの? 

 僕が夢の中で勝手に作る自分、勝手に作るヒーローはボクサーなんだけどね。あこがれっていうか、こんな人になれたらいいなって思ってるだけ。

 彼は優しいリハビリの先生でありながら、オリンピックに出ちゃうような強いボクサーなんだ」


「ふ〜ん。夢ね〜。ミーヤは夢の事を言ってたのかな? まあ、いいや。それより、先生は最初の日に『いぶきは何でケガをしちゃったんだと思う?』って私に聞いたでしょ? 手術した日の夜にミツバチが入ってきて同じ事を聞かれたの。私が答えたら、夜の声も先生も同じように優しい声で『それは悲しいな』って言った。それで私もなんか悲しくなっちゃったんだけど。

 同じだったから、すっごく不思議で。でも先生はどうしてって思ったんですか?」


「ほらほら、力が入っていてマッサージにならないよ。いいかい?

 大きく息をはいて。

 そう。

 いぶきは自分が本当に思っている事を言ったの? 鈴香ちゃんが前をゆずらなかったから、鈴香ちゃんのせいでって、本当に思っているの?

 もしも本当にそう思っているなら、いぶきの心はかわいそうだなって思う。

 だけど本当はそう思ってないのにそんな事を言っちゃういぶきの心を感じたんだ。それはもっと悲しい事だって思ったんだよ」


 言い終えた時、東はいぶきの体が変わったのを感じた。こわばっていた何かがとけたような感じ。


 見ると、いぶきの目から涙があふれていた。

 東は優しい声で言った。

「いいんだよ、泣いて。

 話したければ、話せばいいし、話したくなければ、話さなくていい。僕はまだここにいるから、泣いていていいよ」


 いぶきはこれまでこらえていたものが一気にあふれてきてしゃくりあげ、しばらくの間、涙が止まらなかった。


「話したい。先生聞いて下さい」

 いぶきはゆっくりと話し始めた。

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