手術の次の日

 手術は無事ぶじに終了していた。


 その夜はあまり眠れなかったな。だけど朝方に少しウトウトしてたようで、看護師かんごしさんの声で目がさめた。


「いぶきさん、お熱と血圧をはからせてくださいね。夜は眠れましたか?」


 ケガをした事も全部が夢であってほしかったけど、夢じゃなかった。

 足がずーんと重い。足がちゃんとあるのかどうかも分からない。

 何だか自分は病人のようだと思った。体は自分の体じゃないみたいだし気分が悪い。


「あまり……」と言いながら、何か夢を見ていた事を思い出した。

 何の夢だったかを思い出したくてたまらない。


 血圧をはかっている時にふっと思い出した。

「そうだ、ミツバチ」

 思わず声が出た。


「え?」

 看護師さんが顔を向けたので、いぶきは少しはずかしくなった。


「何でもないです。大丈夫です」


 夢を思い出したい。何か言われてミツバチがいて、また刺されるのかと思った。でもミツバチはそのまま出ていってくれた。何か言われた。何だっけ?

 やさしい声だったけど、何か言われて悲しくなった。

 いっしょうけんめいに思い出そうとしたけど、何を言われたかは思い出せなかった。


 いぶきは骨折こっせつは初めてで、これまでに大きなケガをした事はなかった。

 小さい頃からむずかしいチャレンジをしては、よく転んでいたけれど、かすり傷ていどで何て事はなかった。

 大転倒だいてんとうをして周りの人がびっくりしても、まるで猫のように受け身がじょうずでケロッとしていた。

 自分はケガなんかしないと思っていた。


 ケガをする人を見ては、下手へたくそだからケガをするんだ、きっと選手に向いてない、と思っていた。

 まさか自分が。しかも手術をするような大ケガ。そのショックは大きい。


 そんないぶきの気持ちなど、関係ないようにその日からもうリハビリが始まった。

 いぶきは肋骨も骨折していたので起き上がる事もできなかったけれど、リハビリの先生が来て、足をマッサージしたり動かしたり、ベットの背もたれを少し上げたりした。

 少しでも動かせる所は動かしていかないとどんどん体はおとろえて動かなくなっていってしまうらしい。


 いぶきはなされるがままにしていた。ぜんぜんやる気はないし、どうにでもして下さいって感じだ。


 午後もそのリハビリの先生はやってきた。

 先生は「がんばりましょうね」って言うけれど、何をがんばれっていうの?

 なんで自分だけがこんな目に合わなければならないのだろう。

 悲しくてつらくて、がんばろうなんてとても思えない。


 なんとなく、トイレに行きたくなってナースコールを押した。

 すぐに看護師さんがやってきてくれた。

「どうしましたか?」


 いぶきははずかしそうに「トイレ」と言った。


「便の方?」

「いいえ、オシッコです」

 病院に来てからぜんぜんオシッコをしていない。


「オシッコは自分でしなくても、勝手に管を通って袋にたまっていくから、行きたいって感じるだけでトイレに行かなくていいのよ。便の方がしたいなら容器を持ってきますよ」


 えー、ここでやるの?

「いいえ。そっちは大丈夫です」

 あわててそう言う。したくなってもここじゃ出来そうにない。

 あーやだやだ。トイレも自分で行けないなんて最低だ!


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