鈴香の事

 いぶきと鈴香、どちらが勝つのか?


 全日本ユース3連覇中の瀬戸鈴香せとすずかは高校1年生。

 性格も走りもいぶきとは対照的たいしょうてきだ。


 鈴香はスラリと背が高くて手足が長い。走りに派手はでさは無いけれど、下りやテクニカルセクションもそつなくこなし、得意の上りをスイスイと走る。

 ヘルメットからのぞくたばねた髪が少女らしい。

 いぶきがボーイッシュに飛び跳ねる猫ならば、鈴香はスマートな鹿といった感じかな。


 鈴香の両親は自転車選手だった。父親はマウンテンバイク選手だったし、母親はオリンピックにも出場した事のあるロード選手だった。

 物心ものごころついた頃から自転車に乗っていて、細いタイヤの自転車で舗装路を走るロードと、マウンテンバイクのと両方のレースを走っている。

 鈴香はどちらの種目も好きで、そのどちらかを専門にやるのではなく、総合的そうごうてきな力を付けて、オリンピックで金メダルを取りたいと思っている。



 大会の前日、鈴香は両親と一緒に会場近くのホテルに泊まっていた。

 鈴香はロードはチームには所属しょぞくしているけれど、マウンテンバイクは両親に支えられて個人で参加している。


 試走を終えて、お風呂に入り、明日の準備を済ませてゆっくりと部屋でくつろぎ、夕飯後に家族3人で明日のレースの話をする。

 小さな頃からもう何年も何年もやってきている事だ。


 父親がレースの話を切り出し、鈴香とのやりとりが始まる。


「鈴香、調子良さそうじゃないか。明日のレースで不安な所とかはない?」


「調子はいいよ。絶好調。ただ明日は雨予報だからどうなるかな? なんかしっかりりそうだし。いぶきとの勝負になると思うけど、私は負けられない。彼女との真剣勝負しんけんしょうぶは初めてだから、すごく楽しみ。得意分野が違うから、彼女の走りにまどわされないように、私は私の走りをしっかりとやるよ。

 雨が降ってたら朝のコース試走しそうはやらなくていいよね。午前中の男子のレースをポイントの場所で見ておきたいな。ゴール前400mの所にあるジャンプスポットはどういう状況じょうきょうか見ておきたい。

 タイヤは雨用はなるべく使いたくないからオールラウンドで行くと思うけど、レースを見て変更へんこうしたくなったらお父さんよろしくね」


「そうだな。雨の中の試走は体にも自転車にもダメージを与えるからな。あのジャンプスポットは見ておいた方がいい。万が一、接戦になった場合はあそこをどちらが前で入るかで、ほぼほぼ勝負が決まるだろう。あそこからゴールまでは抜き所が無い。鈴香はその前の上りを全力で登ってはなさないとな。

 まあ、今の鈴香ならその前に独走どくそうに持ち込めるだろうけど、あらゆるパターンを考えておいた方がいい。

 それから、ドロまるようなコンディションになったら、自転車にも出来るだけ水をかけて、機材きざいトラブルを起こさないようにな」


 起床時間、食事時間など細かなスケジュールを打ち合わせ、早めに消灯した。



 鈴香は走りだけでなく、あらゆる面でとてもバランスが取れている。真面目マジメで競技にも真剣に取り組み、明るくてとても前向きだ。

 何回勝ってもおごる事なく、みんなに好かれている。


 ただ、いぶきがレースを走るようになってからは、走りにはながあるいぶきに注目が集まるようになっていた。

 教科書のような走りの鈴香よりも、いぶきには「見たい」と思わせるものがあった。


 それは鈴香も分かっている。いぶきはすごいって素直に思う。

 それでもいつも言い聞かせてきた。今回も同じだ。


 自分は自分。明日は自分の最高を出す! と。

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