戯れ合い

藤堂 有

 背中に自分以外の体温を感じ、今まさに切り離れようとしていた意識が引き戻された。原因は言うまでもなく、背中にくっついてきた奴のせいである。


 奴は俺の背中に顔を埋めながら「起こしてしまいましたか、すみません」と謝ってきたが、その声色に謝罪の色は全く感じない。むしろ楽しんでいるようだった。

 くぐもった声を漏らしながら肩を震わせているのが背中にごしに伝わってくる。声が漏れるたびに、人肌ほどの温度の吐息が背中に溶けていく。温いとは思うが心地いいとは思わない。

 反応してやるのが癪で返事をせずにいると、奴は俺の背中で深呼吸をし始めた。空気が大きく動く。普通に気色が悪い。

 身じろぎをして数センチずれてみたが、俺がずれた分、奴もずれてくる。その応酬を繰り返すうちに、奴の喉がくくっと鳴った。

「楽しそうだな」

「貴方との戦闘の次に楽しいです」

 背中に頭が押し付けられている感触に、猫が飼い主に気まぐれに甘える絵面を想像した。猫の方が可愛い。

「俺は全然楽しくねえな」


 奴とは何度も戦闘をする間柄だった。俺はテロリストで、奴は軍人だった。

 説明は省略するが、俺たちは戦闘中に元いた場所とは異なる世界へ飛ばされた。そして何故か一つ屋根の下で寝食を共にし、仕事をし、時折運動する。それだけ。

 知らない世界へと飛ばされた直後、一度だけ身体を重ねようと試みたことがある。奴は軍部でも人気者らしいことは知っていたので、この際この手で辱めてやろうと思ってのことだったのだが、それは俺にとって人生で最も後悔した日となった。ああ。今、俺が寝ているこのベッドの上での話だ。

『──白玖はくさん。私、貴方と戦闘している方が興奮するのですが…』がっかりしたような、つまらなさそうな、普段通りの声がでそう言い切られた。

 俺が奴の身体をいくら施してやったところで、恐怖に慄く訳でもなければ、艶めいた声を出す訳でもないので、俺のはすっかりしおれてしまった。最悪である。


「白玖さん聞いてます?前から思っていたのですが、白玖さんって闇そのものみたいな香りしますよね」

「…………どんな匂いだ。大体、テロリストが香水使うか」

「ではこれは体臭ですか?」

「体臭って言い方をするな」

「香水ではないのなら、体臭に他ならないではありませんか。羨ましい。白玖さんの隣にいると、森林浴をしているような気分になるんですよ。いい香りだなあ」奴は再び深呼吸を始めた。


 いい加減にしろよ。俺は奴の奇怪な行動を止めてやる。奴の身体を拘束する。脳内でイメージを固めると、奴の方へと勢いよく寝返りをうった。ベッドが激しく軋む。奴の身体目掛けて叩くつもりでいた俺の腕は空を切り、マットを激しく叩いた。

 当の背中にくっついていた奴は、俺の攻撃を寸前で回避し、ベッドの空いたスペースで上体を起こしていた。

 奴は月明かりに照らされていた。地毛だという青い髪さらさらと滑っていくのが分かる。

 黙っていれば深窓のなんとかに見えるのかもしれないが、生憎筋骨隆々の軍人で、誰よりも戦いに命をかけ、そして興奮する。それを穏やかそうな顔を張り付けてひた隠しにしているような奴だということを、俺は知っている。


 奴の目がギラついていた。奴との戦闘で何度も見た、煌めく青い瞳が俺を見る。

「私だけが楽しいのも申し訳ないので、貴方も楽しいことをしましょう、白玖さん」

 

 そうして俺たちは互いを殺すつもりで戯れるのだ。

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戯れ合い 藤堂 有 @youtodo

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