　死神さんは説明を省（はぶ）いてたけど、決勝の参加者は、事前（じぜん）に全員が何（なに）かしら能力（のうりょく）を与（あた）えられている。自分では選（えら）べなくて、【体力二倍（にばい）】や【銃（じゅう）の弾（たま）を無限（むげん）に補充（ほじゅう）できる】といった感じだ。

　しかし、どの能力も私には及（およ）ばない。銃を装備（そうび）したドローンが、私の操縦（そうじゅう）で複数、施設内を飛び回る。日本では手（て）に入（はい）らないような製品だが、ここは夢の中だから何（なん）の問題も無い。空中からの射撃（しゃげき）に寄って、参加者が何人も倒（たお）れていく。

　誰も私の居場所を捉（とら）えられない。その内（うち）、ドローンは撃（う）ち落（おと）されるが問題は無かった。再度（さいど）、売り場から銃を付けたドローンが、私の操縦（そうじゅう）で飛び出す。死神さんがアナウンスで言った通りだ。『売（・）り（・）場（・）の（・）品（・）物（・）は（・）自（・）動（・）的（・）に（・）補（・）充（・）さ（・）れ（・）る（・）』のである。無限（むげん）に補充（ほじゅう）されるドローンを私は離（はな）れた場所から操縦して、銃で攻撃（こうげき）できるのだ。

　脅威（きょうい）を感じたようで、何人かの参加者が団結（だんけつ）して、私のドローンを撃（う）ち落（おと）しに掛（か）かる。別（べつ）に構（かま）わなかった。私の真（しん）の狙（ねら）いは、銃で参加者の数（かず）を減（へ）らす事では無い。私は操縦を自動モードに切（き）り替（か）えた。ドローンなど現実世界では触（さわ）った事も無いが、夢の中では何（なん）でも可能だ。これで私が何もしなくても、ドローンは自動操縦で参加者を襲（おそ）い続（つづ）ける。

　そしてイベントの参加者達は、決（けっ）して私の居場所（いばしょ）を捉（とら）えられない。と、死神さんの声が聞こえてきた。どうやらテレパシーで、離（はな）れた場所から私に話（はな）しかけてきているらしい。

「順調（じゅんちょう）みたいね。一人で退屈（たいくつ）でしょう？　少し、一緒（いっしょ）に話（はな）そうよ」

　退屈、という言（い）い方（かた）が不謹慎（ふきんしん）すぎて、笑（わら）ってしまう。建物の中では凄惨（せいさん）な戦（たたか）いが繰（く）り広（ひろ）げられているのに。それでも実際、彼女が言う通りだった。

「ええ、ちょっと退屈（たいくつ）。だけど、いいの？　死神さんって、球技（きゅうぎ）の審判（しんぱん）みたいな立場（たちば）なんでしょ？　参加者の一人と話（はな）し込（こ）んでて、問題（もんだい）は無（な）い？」

　球技の審判という例（たと）えは、以前（いぜん）に死神さんが、そう説明していたのだが。実際には決勝の内容も決めてしまったのだから、イベントの企画（きかく）や運営（うんえい）にまで権限（けんげん）が及（およ）んでいるようだった。人間界（にんげんかい）のイベントとは違（ちが）うのだろうから、どうせ私に正確な状況（じょうきょう）は把握（はあく）できないが。

「無（な）いわよぉ、問題（もんだい）なんか。まあ一応（いちおう）、節度（せつど）は保（たも）つけどさ。最初に説明したでしょ、『イベントにフェアプレーなんか、主催者（しゅさいしゃ）側（がわ）は求めてないのよ』って。このイベントの視聴者（しちょうしゃ）、と言（い）うか、とにかく上（・）の（・）世（・）界（・）の（・）存（・）在（・）は刺激（しげき）を求（もと）めているの。人間界のボクシングや格（かく）闘技（とうぎ）だって、客（きゃく）が求（もと）めるのは派手（はで）なＫＯ（ケーオー）劇（げき）でしょう？　そういう刺激（しげき）を得（え）られるのなら、観客（かんきゃく）は細（こま）かい事（こと）なんか気（き）にしないわ。そういう事（こと）よ」

　格闘技には詳（くわ）しくないので、そういうものかと思った。私は建物の中に意識（いしき）を向（む）ける。それだけで、私は中の状況を把握（はあく）する事ができて、これも私に与（あた）えられた能力だ。参加者の数は、今（いま）や半数（はんすう）以下（いか）となっていた。中には男性も女性も居（い）て、皆（みな）が懸命（けんめい）に戦（たたか）い、胸（むね）に希望（きぼう）を持（も）っているのだろう。そして、それらの願（ねが）いは絶対（ぜったい）に叶（かな）わないのだ。

「私が決勝の前に与（あた）えられた能力だけどさ。もう名前から凄（すご）いわよね、【理不尽（りふじん）な夢（ゆめ）】っていう能力名（のうりょくめい）がさ。ゲームのラスボスが持ってる能力みたい」

「もう、そのまんまよね。他の参加者（さんかしゃ）達（たち）は絶対、貴女に勝てないのよ。だって此処（ここ）は、貴（・）女（・）の（・）夢（・）の（・）中（・）なんだもの。だから、こうやって大掛（おおが）かりなイカサマを仕組（しく）めるんだけど」

　そう、そういう事らしい。例（たと）えば人間界の、サッカーでも何（なん）でもいいけど国際的な大会（たいかい）では、必（かなら）ず何処（どこ）かの国が開催地（かいさいち）となる。そしてホームアドバンテージというのか、大会では開催地の出場（しゅつじょう）国（こく）チームが、優勝する事が珍（めずら）しくないのだ。自国（じこく）で大会が開催（かいさい）されれば、それは有利（ゆうり）な部分があるのだろう。まして、此処（ここ）は私の夢の中だ。

「普通は、夢の中でのイベントって、誰（だれ）の夢が開（・）催（・）地（・）になるかは明（あ）かされないんでしょう？」

「もちろんよ。それを明（あ）かしたら、夢の持（も）ち主（ぬし）が有利になりすぎるもの。私は貴女と一緒にイカサマを仕組（しく）むつもりだったから、話（はな）しちゃったってだけでさ」

　ところで今、私は建物の中には居（い）ない。家電量販店のビルの中では撃（う）ち合（あ）いが続いていて、そして私は外（そと）の道路から建物を眺（なが）めている。空（そら）は晴天（せいてん）、良（よ）い天気（てんき）だ。私の職場は、この家電量販店なので、街並（まちな）みも含（ふく）めて私は夢の中であ（・）り（・）あ（・）り（・）と明確（めいかく）にイメージできた。外には私以外（いがい）に誰も居なくて、車（くるま）も何（なに）も動（うご）いていないのが夢ならではの光景（こうけい）だった。

　決勝前のアナウンスで死神さんは、参加者が必（かなら）ず建物の中に配置（はいち）されるとは、一言（ひとこと）も説明していない。私だけは建物の外に配置されている。別（べつ）にルール違反（いはん）では無いはずだ。

「死神さん、今（いま）さら確認するけど、私が攻撃される事は無いわね？」

「無い、無い。アナウンスで言った通りよ。『決勝が始（はじ）まったら、この建物への出入（でい）りは禁止（きんし）されるわ』って。建物の中から外部（がいぶ）を目掛（めが）けて銃を撃（う）っても、窓（まど）ガラスは割（わ）れない。弾丸（だんがん）であれ何（なん）であれ、建物の中から外へは行けないし、逆（ぎゃく）も同じ。如何（いか）なる形（かたち）でも、建物への出入（でい）りは禁止（きんし）されているわ」

　そして私は、外部から建物の中のドローンを操縦（そうじゅう）して攻撃できる。理不尽（りふじん）も極（きわ）まれりだ。世の中には、そういう理不尽な事がある。大国（たいこく）が小国（しょうこく）を一方的（いっぽうてき）に攻撃して、そして小国（しょうこく）は大国（たいこく）の領土（りょうど）への反撃（はんげき）を許（ゆる）されない。核兵器（かくへいき）での報復（ほうふく）が有（あ）り得（え）るからだ。私達は理不尽な社会（ゲーム）の中で生（い）きている。

「……あれ、死神さん!?　いつの間（ま）に、私の隣（となり）に!?」

「あと五分（ごふん）で、決勝の終了（タイム）時間（アップ）が来（く）るからさ。こっちに来（き）ちゃった。優勝者が決（き）まったら、願（ねが）いを叶（かな）える手続（てつづ）きに移（うつ）るからね。ここで一緒（いっしょ）に、優勝の瞬間（しゅんかん）まで見届（みとど）けましょう」

　私は今、職場と同じスーツ姿（すがた）なのだけれど、死神さんも同じ服装（ふくそう）だった。と言うか、私が死神さんの姿を見るのは初（はじ）めてだ。今までは暗闇（くらやみ）が続いていたからだけど、決勝舞台（ぶたい）の外は晴天（せいてん）で、おかげで陽（ひ）に照（て）らされた彼女の姿がハッキリ見える。

　背が私より高い。声は少女みたいなのに、二十代の私よりも大人（おとな）びている。細（ほそ）くて、それでいて出（で）る所（ところ）は出（で）ていて。しなやかで綺麗（きれい）な指（ゆび）が見えて、この指で私は可愛（かわい）がってもらったのだと思うと頬（ほほ）が熱（あつ）くなった。

「ほら、私に見（み）とれてないで、建物の方に集中して。お望（のぞ）みなら、また後（あと）で可愛がってあげるから」

　本当に心の中を読まれてるんだなぁと思って、言われた通（とお）り、建物へと目を向ける。まだ何人かのイベント参加者が内部に居（い）る。そう知覚（ちかく）できて、攻撃を強（つよ）めれば全滅（ぜんめつ）も狙（ねら）えそうだったが──どうしても、その気になれなかった。

「このまま、終了まで待（ま）つわ。それでいい？」

「ええ、それでいいわ。内容は貴女の完全勝利だもの、イベントの視（・）聴（・）者（・）だって文句（もんく）は言わないわよ。このまま、世間話（せけんばなし）でも楽（たの）しみましょう」

　私と死神さんは並（なら）んで立（た）っている。イベントの参加者と審判が、二人で会話してる状況って、どうなのかなぁと思ったが。サッカーの試合でも、選手と審判が長く話しているシーンをニュース番組で観（み）た気がした。球技（きゅうぎ）は良く知らないから、何を話（はな）しているかは分（わ）からないけど。

「ねぇ、こう思わない？　私達は──」、「理不尽な社会（ゲーム）の中で生（い）きている。そう言いたいんでしょ？」

　言いかけた言葉を、死神さんに先（さき）回（まわ）りされた。そのまま、死神さんが続ける。

「そうよ。人間の世界でも、そうじゃない私達の世界でも、似（に）たようなもの。私達は不自由を強（し）いられて生（い）きている。理不尽なルールがあって、それを変えようともせず、押し付ける存在が居（い）るのよ。声高（ノイジ）な（ー）少数派（マイノリティ）って言うのかしら。多数の人間がルールを変えるべきだと思っているのに、声だけ大きい奴（やつ）らが邪魔（じゃま）をして、多数派や声（サイ）なき（レント）少数派（マイノリティ）の声を届（とど）かなくさせるの。そういう事が、人間界ではあるんでしょう？」

　私は、ただ頷（うなず）いた。死神さんが話を続ける。

「あれは何なのかしらね、馬鹿な権力者に阿（おもね）ってるのかしら。とにかく、そうやって変わらない世の中で。今日も人間や、人間以外の私が苦（くる）しんでいるのよ。私も貴女も、この建物の中に居（い）るイベントの参加者と同じ。決（けっ）して勝（か）ち目（め）が無い世界で、理不尽を押し付けられる事を強制されているの。そんな社会（ゲーム）を変える手段って何（なに）？　イカサマしか無（な）いじゃない」

「そうね……選挙でもテロでも、戦争を起こしても世の中は変わろうとしない。ひょっとしたら変わるかも知れないけど時間が掛（か）かりすぎるし、犯罪行為はリスクがあるし戦争は大掛（おおが）かりすぎるわ。イカサマが一番、効率的（こうりつてき）ね」

　私と死神さんは、ちょっと笑った。そして、ちょっと泣いていたかも知れない。私と彼女が抱（かか）えてきた苦悩（くのう）が、響（ひび）き合（あ）う感覚があった。私には死神さんの、苦悩の内容も分からないのに。

「もうすぐ、イベントの終了時間よ。建物が爆発（ばくはつ）するけど、貴女や私には何の被害（ひがい）も無いから安心して。怖（こわ）かったら、私の手を握（にぎ）っていいから」

　死神さんが、そう言ってくれた。できれば建物から目を背（そむ）けたかったが、それは卑怯（ひきょう）な気がした。イカサマで勝つのなら、せめて最低限（さいていげん）の責任（せきにん）くらいは果（は）たしたい。懸命（けんめい）に戦（たたか）った者（もの）達（たち）の最期（さいご）を見届（みとど）ける。それが礼節（れいせつ）というものだろう。

　終了時間が来た。青空（あおぞら）から彗星（すいせい）が落（お）ちてくる。彗星は建物に炸裂（さくれつ）して轟音（ごうおん）を立（た）てた。思わず死神さんの手を握（にぎ）って、彼女が力強（ちからづよ）く握（にぎ）り返（かえ）してくれなかったら私は立（た）っていられなかっただろう。建物は一瞬（いっしゅん）、光（ひか）って、すぐに姿（すがた）を消（け）した。