第10章23話 最先にして最後の地の冒険(後編)
謎だらけの『
”……本当に桃園台だ……”
空からの景色なのでちょっと見え方は違うけど、それでも見覚えのある建物やら公園やらがあるのがわかる。
向かう先が違うからありすの家とかは流石に見えなかったけど……。
ただ一点、『時間が停止している』ということの他に大きな違いがあることに私は気付いた。
結構明るい空だし、昼間なのは間違いないだろう。
だというのに、外を歩いている人や走っている車などが一切見えないのだ。
『時間が停止している』だけならば、動きの止まった人とかが見えてもおかしくないのだけど……これに意味があるのかどうか、ちょっと考えたい。
……まぁ、そんな余裕もないしそもそも考えたところで答えの出る謎ではないとも思うが。
”! 空間の裂け目が近づいてきている!”
私がこの世界の謎に思いを馳せたのもほんのわずかな時間。
流石に空を飛べばかなりの距離でも一瞬だ。
私たちは桃園台から
……その空に浮かぶ『異物』――裂け目から赤黒い『血膿』が地上へと向けて垂れ落ちていた。
距離が近くなればなるほど、それが見た目の印象だけでなく『血膿』そのものにしか見えなくなる。
どろりとした粘性の、腐った臭いがする……『穢れ』としかいいようのない、本能的に忌避したくなるような気色悪さしか感じられない。
「どうやら裂け目はここだけのようじゃな。ふむ、ならばそう時間はかかるまい。
ラビよ、しばし待て」
”う、うん……”
一刻も早くここから出て皆と合流したいという想いはあるが、かといってミカエラに案内してもらわないとどうしようもないし――何よりもこの『異常事態』を見て見ぬふりをしてはならない、そう私は感じ取っていた。
意味こそわからないが、何か物凄く重要な局面に立ち会っている……上手く表せないけど、私にはそう感じられるのだ。
「全く……こうも間隔が短くなってきていては、『でーぶいでー』の続きがのんびり見れぬではないか……昼寝もできんし……」
よくわからない危機感に襲われている私とは違い、ミカエラはぶつぶつと文句を呟いているものの危機感や焦燥感のようなものは見えなかった。
「ま、仕方ないわ。
――我が手に来やれ、『天鍵クライスト』」
”!? そ、その鍵は……!?”
彼女の掲げた手の中に現れたものを見て、思わず声を上げてしまった。
見覚えがあるなんてもんじゃない、ガブリエラの霊装『神鍵ハロウィン』と瓜二つの巨大な『鍵』だったのだ。
私の驚きには答えず、ミカエラは鍵を手に『血膿』――『
ま、マジでなんなんだ彼女は……!? 見た目だけでなく、得物までもがガブリエラそっくりだ……。
「去ね、忌まわしき侵略者共!
顕現せよ――《天火》!!」
侵略者へと迫り、叫びと共に鍵を横薙ぎに振るう。
すると鍵の軌道に沿って爆炎が巻き起こり、裂け目から現れた侵略者を包み込んで次々と焼き尽くしていく。
……ともかく、彼女の放った炎――《天火》によって侵略者たちは焼かれていった。
「……チッ、まだ溢れ出すか……」
魔法にしてもとんでもない火力であるにも関わらず、侵略者は止まらなかった。
いや、正確には溢れ出していた分は一発で焼き払ったのだけど、裂け目から新しい侵略者が止まらず溢れてきているのだ。
この執拗さは、どこかにいる誰かの『意図』を感じさせられる……見た目からして明らかに自然のものではないと思うしね……。
……想像でしかないし裏付けなんて取りようもないけど、これもゼウス関連――なんじゃないだろうか。
この侵略者たちを放置していたら一体どうなるのかにもよるが……。
「ふむ、やはり閉じるのが先じゃな」
止まらない侵略者を見て、ミカエラはそう呟く。
うん、まぁ同感かな。
侵略者の量に限度があるなら、焼き払っていけばいずれ尽きるだろうけど……果たしてそれで片が付けられるかは不明だ。限度があるにしても、量次第では膨大な時間が必要になってしまう。
私が焦っているのをミカエラがわかってくれているのか、それとも単に面倒なだけなのか、他の理由があるのか……定かではないが、とにかく彼女も手っ取り早くこの場を片付ける選択をしたようだ。
手にした鍵を今なお血膿を溢れ出させる裂け目へと向けると――
「閉門!!」
彼女の叫びと共に、目に見えない強大な力に押しつぶされるように徐々に裂け目が閉じられてゆく。
同時に、溢れ出そうとしていた血膿もまた潰され、圧縮されていっているのがわかる。
――これは、正しくガブリエラの
内心の驚きを表には出さず、けれどもどうしても抑えきれず彼女に掴まる
「これ、ラビ。そこまで力一杯しがみつくでない。余とて痛みを感じるのじゃぞ?」
”あ……ご、ごめん”
いけないいけない……。
言われた通り、少し力を緩めて彼女に掴まりなおす。
特に気にしていないのか、ミカエラは鍵を裂け目に向けたままではあるものの笑顔を見せる。
「ふふん、意外に『びびり』じゃのう。案ずるな、もし落っこちてもちゃーんと拾ってやるからの」
”そ、それはありがとう……”
空高くに飛んでるのは慣れてはいるけど、アリスたち以外に命を預けてるって状況は確かにびびっているとは言えるか……。
ともあれ、そのまま『閉門』の力と裂け目が鬩ぎ合うこと数十秒――
「良し、完了じゃ」
血膿ごと空間の裂け目は完全に消滅したのであった。
「…………うむ、綻びもない。ひとまずはこれで良いじゃろう」
その後しばらく裂け目のあった辺りを色々と観察していたけれど、完全に裂け目が消滅しているのを確認。
ミカエラもほっと一息ついていた。
私から見ても違和感のようなものはないし、とりあえずは侵略者は追い返したと言っていいとは思う。
「さて、待たせたな。其方を送り届けてやろう……ふわぁ~あ……」
……言いながら大欠伸をしてしまっている。
めっちゃ失礼、と言いたいところだけど……いや、直接言わないけどさ。
”ミカエラ、もしかして――『力』を使うと眠くなるの?”
多分、そういうことなんじゃないだろうか。
私の推測に、目の間をぐりぐりとしながら答えてくれた。
「うむ……わずかな力であれば大したことはないのじゃが、眠らなければ回復しないのでな……。
そしてここのところ『いんべーだー』共が現れる頻度が増していてな。なかなか纏まった睡眠時間がとれぬのじゃ……『でーぶいでー』も見たいしな……」
いや、『DVD』見るの我慢して寝なよ……。
って言いたいが、おそらく私が来てしまったことも彼女の睡眠を邪魔した原因の一つなんじゃないかなって気はしている。
最初に会った時、滅茶苦茶眠そうっていうか寝起きっぽい感じだったし……。
……そのことに私が気付いていることをミカエラもわかっていて、冗談めかして言っているのかもしれない。
「まぁ眠気はあるが、まだまだ当分の間は力を揮うことはできるじゃろう。其方を送り届けた後、次の『いんべーだー』が来るまでは眠っておくかのぅ……『でーぶいでー』の続きはまた今度じゃな……」
…………本気でDVDが見たいのかもしれない……一体なんのドラマ見てるんだ……この世界で。
* * * * *
その後、私はミカエラに連れられて、そのまま空を飛びこの世界の『出口』へと向かっていた。
向かう先は――『桃園台記念公園』だった。
”ここが『出口』……?”
「正しくは『出入口』なんじゃがな」
ああ、まぁそりゃそうか。
……あれ? だとすれば何で私は星明神社に現れたんだ……?
同じことをミカエラも思っているのだろう。私と同じく首をかしげている。
……頼りになるんだかならないんだか、よくわからない人だよなぁ……助けてもらいっぱなしで言うのもなんだけど。
「ふむ……? 気にはなるが――いや、そもそも『ここ』に来ることはないはずじゃったし、■■■が何かしたか……? あるいは、何かの『縁』がある……ふん、考えても結論は出ぬか」
……一つだけ心当たりがある。
私が前世からこの世界へと転生した時、最初に現れたのが正に星明神社だった。
あの時と何となく状況が似ているような気はする……。
星明神社に何かあるのか? ……ガブリエラによく似た存在のミカエラのことを考えるとその線はなさそうな気もするけど、その場合ネックになるのは『私がこの世界に来た時点でガブリエラは私のユニットではない』という点なんだよね……しかも、ガブリエラがユニットになったのはかなりイレギュラーな事態だったし私とガブリエラの繋がりとは関係ないとしか思えない。
……いかん、考えれば考えるほどドツボに嵌りそうだ。
考えないといけないような気はするけど、考えても正しい答えが出せる保証のない問題だな、これは。考えるのが無駄とは思わないけど、だからと言ってこれを延々考え続けるのが建設的かと言われると微妙なところだ。
ブレてはならないのは、私が一番優先しなければならないのは『ゲームクリア』のこと――もっと言えばだ『ユニットの皆』ということだ。
そのためにはまずはこのどん詰まりの世界から脱出しなければならない……そうしなければ話は進まないのだ。
”……私自身も色々と気になるけど、とりあえずミカエラ、お願いしたいな”
「うむ、まぁ余も答えはわからぬしな。構わぬぞ。
どれ――開門せよ!」
桃園台記念公園の中心部――子供向けの遊具とかが並んでるちょっとした広場の付近。
そこでミカエラが魔法 (のようなもの)を使用すると、その場に虹色の光が現れる。
……クエストでいつも見る、ポータルゲートと全く同じ感じだ……。
「おお、合っておった!」
”……”
ま、間違っていたら一体どうなっていたんだ……? あの侵略者の出てくる空間の裂け目が開いちゃったんじゃ……? いや、まぁ結果的にオーケーだからいっか……。
「ラビよ、この光に飛び込めばこの地より出られるぞ」
”そ、そっか。ありがとう、ミカエラ!”
「じゃが――」
喜びかけた私だったが、ミカエラは雲った顔を見せる。
……うぇ、嫌な予感……。
「其方の望む場所に出られるとは限らぬぞ?」
うぅ、やっぱりか……予想はしていたけど。
”ユニット――いや私の仲間のいる場所には行けない……よね?”
「其方の仲間は余にはわからんなぁ……仮にわかっていたとしても、この『出入口』からどこに繋がっているかは余にはわからぬ」
うーん……まぁミカエラに言ったところで仕方のない話だよね。
情報を纏めよう。
まず『ここ』はガイア内部のどこか――そうでなくとも、少なくとも『クエスト内』であることには間違いない。でなければ、アリスのリスポーンとかができるはずがないからだ。
んで、『ここ』から出ていくことは出来るけど、必ずしも皆のいる場所にたどりつくことができるとは限らない……ということだ。
……後者の問題がかなり深刻だ。
『どこ』に出るかがわからないというのはともかくとして、ユニットの誰とも合流できなかった場合が最悪すぎる。特に、モンスターがいるような場所だったら目も当てられない。
そのリスクを呑んで『ここ』から出るか、それとも遠隔通話は出来ずともリスポーン等が出来るなら『ここ』に留まるか……。
”――ミカエラ、それでも私は行くよ”
逡巡はなかった。
私一人が安全地帯でぬくぬくとしているという選択なんて、そもそも存在しない。
皆が一生懸命戦っているのだ。だったら、私だって同じように戦うべきだろう。
……まぁ私が無事なら皆もリスポーン出来る限りは無事、という考え方もできるし、私がいなくなったら全員揃ってゲームオーバーっていうか『全滅』になるのも理解してはいるけど……。
それでも、『ここ』に留まる選択はありえない。私はそう思う。
皆は私の安全を優先するだろうというのは予想はつくし、その理由もわかるけど……。
”皆が戦ってるのに、私だけさぼってられないしね”
もしかしたら一瞬で私が倒されて最悪の終わりを迎える可能性はあるかもしれない。皆がそれを避けようとしているのはわかる。
でも、皆の気持ちは嬉しいけど……私自身の気持ちがそれを拒否している。
回復とかリスポーンくらいしかやれることはないだろうけど……それでも、私も戦っている皆の『仲間』の一人である。それをこの最終局面において否定したくない。
――これは私のわがままだ。それはわかっている。
でも、今まで様々な死線を共に潜り抜けてきた仲だ。最終局面で『仕方ない』で蚊帳の外に置かれたくはない。
……やけっぱちな意見かもしれないけど、どっちにしても私自身か、あるいはユニットの子たちがゲームオーバーになったらどのみち終わりなのだ。
最終局面だからこそ、悔いのないように行動したい。私のわがままも通したい。
そう思ってしまったのだ。
「うむ、意気や良し」
果たしてどこまで状況を理解しているのかわからないけど、ミカエラは晴れやな笑顔で私の決意を認めてくれた。
「『どこ』へ行くかはわからぬし、余もこれ以上手助けはしてやれぬが――ラビ、其方の決意を尊重しよう。
……が、一つだけ助言をしておこうかの。『神々の古戦場』を目指せ。そこは『ここ』の対極――『最後にして最先の地』、其方らが目指す目的がある場所となるはずじゃ」
神々の古戦場か……。
そこがどんなところかはわからないが、ミカエラはそこを目指せという。
彼女がどこまで私たちの事情を把握しているのか、でも彼女が言うのであればきっと意味のあることなんだろうと思う。
……全然知らない、初めて会った人の言うことをあっさりと信じてしまうのがいいのか、という問題はあるけど……何もわからない今の状況だ、私は自分の感覚を信じるしかない。
”ありがとう、ミカエラ。
……その『神々の古戦場』への行き方って――”
「全然わからん!」
ですよねー……。いや、信用はしようとは思うんだけど、肝心なところが謎だらけっていうのはやっぱり不安かな……。
けどまぁやるべきことは見えてきた。
『神々の古戦場』――そこへと辿り着ければ、『何か』が動き出すはずだ。
ガイア攻略の鍵となるのか、それともさっき目にした侵略者に関することなのか……あるいは全然別の事柄なのか。
いずれにしても『ここ』から出ていかなければ『先』には進めないのには違いないか。
”色々とありがとう。助かったよ、ミカエラ”
「ああ。余も其方と話せて良かったと思うぞ、ラビ」
最後に握
ミカエラにはお世話になった――私が来たことで睡眠を妨げちゃったのは悪かったとは思うけど、彼女がいなかったとしたら私は永遠に『ここ』に閉じ込められてしまっていたかもしれない。
”それじゃ、私は行くよ”
ゲートをくぐった先、果たして皆とすんなり合流できるのか、モンスターがいたりしないか……超運が良くて目的地である『神々の古戦場』に一気に行けたりしないか……。
考えたって仕方ない。こういう時は、とにかく前進あるのみだ!
「うむ……いずれまた会おうぞ、ラビ――異世界からの救世主よ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「さて――」
ラビがゲートの向こう側――『ここ』より去ったことを確認したミカエラは表情を一変させる。
空の上へと視線を向けると、そこにはまたあらたな空間の裂け目が現れていた。
しかも、今度は先ほどよりも更に大きな、そして数が多い。
「休む間も与えてくれぬか。役目とは言え少々しんどいが……致し方なし、か」
そうであろう『理由』にも想像はついている。
「想定外の事態じゃったが、ここでラビと出会えたのも何かの『縁』……というものか。
ふん、ならばこの役目にも張り合いが出てきたというものじゃな」
『天鍵クライスト』を勢いよく振るい、ニヤリと笑みを浮かべる。
「ここを『最後の地』にはさせんぞ――余がいるうちはな!」
誰にも知られることはなく、誰にも観測されない世界において、ミカエラはただ一人『侵略者』たちへと立ち向かい続ける。
それこそが彼女の存在理由であるが故に。
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