第9.5章9話 "祭"の時間

 メギストン攻略に向けて私たちは突き進んでいたある日――


”あれ、椛になっちゃん?”

「ん、はな姉、ナデシコ。こんにちわ」


 ありすも学校から帰ってきて、桃香たちと時間を合わせてクエストに行こうかと待機していた頃だ。

 そろそろ日も落ちて暗くなろうかという頃、恋墨家に来訪者がやってきたのだが――それが椛となっちゃんだった。


「にゃはは、こんにちわ、あーちゃん、うーちゃん」

「こんちゃー!」


 家知ってたのか……と疑問に思ったものの、雪彦君と同じクラスだし連絡網とかで住所は知っていてもおかしくないか。

 それに『恋墨』って珍しい苗字だし、大体の住所がわかってれば後は表札見れば一発だしね。


”どうしたの、二人とも?”


 何か緊急事態が起きたか、と一瞬だけ心配になるものの――もしそうなら遠隔通話で話しかけてくるか、とすぐに思いなおす。

 椛たちも別に緊張した面持ちではなく、いつも通りの笑顔だしね。


「来年度からなっちゃんも幼稚園に通うし、その下見がてらお散歩してたにゃー」

「おさんぽー!」

”ああ、そういうことか。

 そっか、なっちゃんはそこの幼稚園に通うんだね”


 前にも触れたことがあるかもしれないけど、恋墨家のすぐ近くにはありすの通う桃園台南小だけではなく幼稚園もある。ありすや、美鈴・千夏君も通っていた幼稚園だ。

 なっちゃんの家からだとちょこっと歩きはするけど、幼稚園バスを使わないでも通える距離っちゃそうかな。

 今は保育園に通っているとは聞いていた。でも来年度――もう来月か――からは幼稚園になるらしい。


”なんだ、事前に言ってくれればお茶くらい用意したのに……”


 まぁ実際に動くのはありすだろうけどね。美奈子さんは今はパートに行ってるので不在だ。


「散歩中に寄っただけだからお構いなくにゃ。

 それに、クエストにあーちゃんたちはそろそろ向かうだろうし、あたしたちももうちょっとぐるっと歩いたら家に戻るから」

”そっか”


 ちなみにだけど、この前美鈴と話した通り中学校は期末試験が始まっている。だから椛も午前中だけ学校に行って、午後はまるっと空いているわけだ。

 ……いや、ほんと期末試験中だというのにこの余裕っぷりよ……どこぞのダメ子さんとは比べ物にならないねぇ……。

 余談だけど、去年の学期末試験同様に千夏君に試験勉強を見てもらうように今回もお願いしたみたいだ。そこから後一歩踏み込んでもらいたいんだけどなぁ……。


「あーたんち?」

「ん、わたしん家」


 玄関先で見知らぬ家を物珍しそうにきょろきょろとしているなっちゃん。


「……庭にお花がある」

「みたーい!」


 ありすに連れられてなっちゃんと共に庭へと出ていった。

 恋墨家の庭はそこまで広くはなく、用途に微妙に困る大きさなんだよね。

 なので美奈子さんがちょくちょくとプランターとか買ってきたり、土に植物をいっぱい植えているのだ。まだ春ちょっと前なのでそこまでいっぱい花は咲いてないけど、買って来たプランターはもちろん満開だ。

 私たちも揃って庭へと出て軽く談笑をしていた。

 ふーむ、流石に3月にも入り日も長くなってきた。ここ数日はぽかぽかとしていて、もう昼間なら冬用コートはいらないくらいだね。


「なっちゃんも、来月からあの制服着るんだにゃー……うぅっ、おっきくなったにゃ……」

”いや、早い早い”


 冗談ではなくガチで感極まって涙ぐんでいる椛。

 気持ちはわからんでもないけど、その涙はもうちょっと後まで取っておいてもいいんじゃないかな……?

 視線の先には幼稚園から帰ってゆく親子連れが何組もいた。

 ちょうど帰りの時間とかち合ったみたいだね。

 騒がしくもあるけど、ほっこりする景色だ。

 私たちはほのぼのとした気持ちでしばらく庭でなっちゃんと遊んでいたんだけど……。


「…………」


 一人の子供がじーっと庭を……というより私たちのことを見ている。

 むぅ……前にも言ったけど、子供は私の天敵だ。今日は事情も事情で庭に出てきてるけど、普段はこの時間帯は隠れているのだ――大半の子供は可愛らしく私やなっちゃんにバイバイって手を振ってくれてただけだけど……。

 とりあえず猫のふりをするため口を噤んだ私だったけど――


「……こんな近くにいやがったです」


 と、ポツリと女の子が言った。

 発言内容にぎょっとなってその子の方を見てみると、彼女の視線は私ではなくありすの方へと向けられていた。

 ……幼稚園の制服を着た、小さな子――なっちゃんとそんなに変わらない、1~2歳くらい上かな? おかっぱ頭の可愛らしい少女だ。なんとなくジュリエッタに雰囲気は似ているかな。

 そんな子が、何やらじとっとした視線をありすへと向けている。当のありすはなっちゃんときゃっきゃしてて気付いてないみたいだけど。


「……!?」


 その子が私の視線に気付いたのか、ぺこりと私に向かって丁寧にお辞儀をしてきた。

 ……あれ? まさかこの反応って……?


「突然ごめんなさいです。月宮茉莉まつりです」


 明らかに私に向けての発言だった。

 ……やっぱりそうか。


「ん? ラビさん、どうしたの?」

「おやぁ、その子は誰にゃー?」

「……ふぉー……!」


 三人も気付いたようだ。

 ……なぜかなっちゃんの反応が驚きというか崇めるというか、何ともよくわからないものなのが気になるけど……。

 茉莉ちゃんは同じようにありすたちに向かってまたぺこりとお辞儀をしながら名乗った。


「! 月宮……!? もしかして、『月神社』の子!?」

「? はいなのです。おっきい神社の親戚なのです」

「んー……この前すず姉が言ってた子……?」

「美鈴ちゃんが話したって言ってたです。そうです、茉莉がBPブラック・プリンセスなのです」


 ……事前に話は聞いていたけど、改めて見ると本当にびっくりだ。変身前後のギャップが激しい。

 だけど一点だけ納得いくことがあった。

 それは『声』だ。口調は違うけど、声質は全く同じなのである。

 ……美鈴が『BPは恥ずかしがり屋で口下手』って言ってたけど、なんとなくこの可愛らしい声が原因なのかなって気もしてきた。茉莉ちゃんの時はともかく、BPの時はギャップがものすごいしね……。


「そっか。わたしはありす」

「……美鈴ちゃんから聞いているのです……」


 と、ありすへと真っすぐに視線を向ける茉莉ちゃん。

 小柄なありすよりも当然ながら更に小さいため、自然と見上げる形にはなっているが、『一歩も引かない』という強い意志を感じさせられる堂々とした姿勢だ。


「……? 微妙にこの子、あーちゃんに似てるにゃー」

”……ああ、確かに”


 顔立ちが似ているとかではなく、どことなくぼんやりとした表情が確かに似ている。

 ぼんやりしたというか、何となく達観しているかのような……超然とした雰囲気があるね。

 ……雰囲気似ている二人で、かつどちらも『美鈴大好きっ子』かぁ……色々と共通点があるなぁ。


「うーんと、茉莉ちゃん?」

「……お姉ちゃんは誰なのです?」

「あたしは星見座椛、この子は撫子。うちらは『星』の神社の子だよ」

「! 商売敵なのです……!」


 フレンドリーに微笑みかける椛だけど、茉莉ちゃんは『商売敵』だと言い放つ。

 ……この子、見た目はクールで大人びた感じはあるけど、中身は年齢相応のおこちゃまだなー……多分。


「……うん? 星の神社……? あっ、美鈴ちゃんが言ってたライバルです!」


 …………あのアホ、こんな小さな子にまで恋愛相談したんじゃないだろうな……? い、いや、そこまで追い詰められているとは思いたくないな……今はまだ。


「うにゃ? ライバル……うん、まぁライバルっちゃライバルかなー?」

「ふしゃー! 美鈴ちゃんの敵なのです!」


 ヤバいな、この子結構話通じない系だぞ……。まだ幼児だからというのもあるかもだけど。

 しかも『美鈴大好きっ子』の度合いがある意味でありすを凌駕しているような気がする。

 まるで猫のように威嚇してくる茉莉ちゃんだけど、椛は優しく笑いかける。


「でも、ライバルだけど『友達』だよ?」

「!? と、友達なのです……?」

「うん。よく一緒に遊びに行ってるし」


 これは実は本当のことだ。

 椛と美鈴、同じクラスだし小学校の時も同じクラスだった縁もあってか実は結構仲が良い。これは楓も同じだけど。

 時々遊びに行って不在な時があった。なっちゃんのこともあるので、二人同時に美鈴と遊びに行くというのはなかなかないみたいだけどね。

 ……うん、まぁ『友達』と言っていい仲だとは思う。『(恋の)ライバル』というのも間違いないけどね。

 茉莉ちゃんはちょっと混乱したみたいだけど、


「…………じゃあ、お姉ちゃんは美鈴ちゃんの友達です?」

「うんうん、友達だよー。

 えっと、茉莉ちゃん? 商売敵かもだけど、同じ『赤星せきせい』だしあたしやなっちゃんとも仲良くしてくれると嬉しいな?」

「う、うぅ……」


 茉莉ちゃんの目線に合わせてお願いしてくる椛のお姉ちゃんパワーに圧されているようだ。

 ……いや、チラチラと椛の胸元に目がいってるのを私は見逃さなかった。……女の子でも気になるよね、椛の胸……私だってたまに見ちゃうもん……。


「んー……マツリ、わたしとも友達になれる?」

「!? 茉莉とライバルではないのですか!?」

「すず姉とはな姉がライバルで友達だから、わたしとマツリもライバルで友達になれるはず」

「……!!」


 思いもよらなかった衝撃の真実を聞かされた、と言ったような驚愕の表情を浮かべる茉莉ちゃんだったが……。


「い、いいですよ! み、美鈴ちゃんを好き同士……『同盟』組んで上げてもよいですよ!?」

「ん、じゃあわたしとマツリはこれから友達……」


 見事なツンデレっぷりを発揮する茉莉ちゃんの頭をなでなでするありす。

 茉莉ちゃんの方も満更ではなさそうだ。


「な、なっちゃんも、なっちゃんも!!」

「ん、ナデシコとも仲良し」

「うぅ……しょ、しょうがないですね! お姉ちゃんが茉莉のお姉ちゃんとなったので、妹の撫子もこれから茉莉の妹です!」

「う? やったー!」


 よくわかってないだろうけど、なっちゃんが嬉しそうに茉莉ちゃんに抱き着く。

 茉莉ちゃんも、これまたやっぱり満更でもなさそうだ。


「ふふふ、茉莉ちゃんは年長さん? 年少さん?」

「ね、年少さんなのです……」

「じゃあ来月から年中さんかな? なっちゃんも幼稚園に行くから、本当にお姉ちゃんになるねー」

「……おお……茉莉、お姉ちゃんになるですか……」


 な、なんかすごい勢いで丸め込まれている気がするぞ……? いや、嘘はついてないんだけどさ。


「……一気に友達とお姉ちゃんと妹が増えたです……!」


 ……本人が滅茶苦茶嬉しそうに感動しているので、まぁいいか……。




 で、その後しばらく茉莉ちゃんとなっちゃんが恋墨家の庭できゃっきゃしていたんだけど、茉莉ちゃんの母親がやってきた。

 幼稚園に迎えに行ったのに茉莉ちゃんがいなくなっててびっくりしたみたいだ。幼稚園のすぐ傍にいたから良かったけど……。

 親が迎えに来たということは、なっちゃん同様比較的近くに住んでいるのだろう。

 親御さんがすみません、と頭を下げていた――多分椛を恋墨家の人間と勘違いしているだろう――けど、茉莉ちゃんは『友達とお姉ちゃんと妹ができたです!』と嬉しそうに親に報告していた。

 その後は茉莉ちゃんも親と一緒に家に帰って行った……。


「……はー、色々とびっくりしたにゃー……」

”……だねぇ……”


 本当に突然の出来事でびっくりしたよ。

 BPの中の人についてはちらっと美鈴から聞いていたし、ありすに会いたいと言ってたのも聞いていた。

 ……が、まさか本当に実現するとは思っていなかった。しかも近所に住んでるっぽいし……。


「まーたん!」

「ん、マツリもなかなか面白い……」


 ありすたちは新しい知り合いができたとしか思ってないっぽいけどね。


「うーん、『月』の家の子かー……」


 椛は少し思案顔ではあるが、


「――ま、悪い子じゃなさそうだし……いっか」


 となっちゃんの様子を見て考えを改めたみたいだ。

 私たちに見えない『何か』が見えているらしいなっちゃんが懐いているということは、きっと『悪い』子ではないのだろうという判断だ。その辺は流石に私も大体わかってきた。


「おっと、結構長居しちゃったかにゃ? あたしたちはそろそろ戻るにゃー。

 うーちゃん、あーちゃん、お邪魔しましたにゃー」

「おじゃじゃしたー!」


 椛となっちゃんも予想外の茉莉ちゃんの襲来で長居してしまった。日はまだ落ちていないが、あんまり遅くになるわけにはならないだろう。

 二人とも散歩の続き……というか、家へと戻っていった。


”……なんか短時間で色々あったねぇ……”

「ん。でも、マツリは面白い子。今度すず姉と一緒に会いたい」

”…………それはそれで一波乱ありそうだけどね……”


 美鈴と茉莉ちゃんがリアルで会ったことがあるのかどうかはわからないけど、とりあえずありすを交えて会ったらなんか色々ありそうな気はする。

 まぁそれで苦労するのは美鈴だろうけどねぇ……と私は他人事だ。

 何にしても、ちょっと心配していた『BP→アリスへの敵対心』が杞憂に終わったというのは安心材料かな。

 クリア目指して進んでいる今、言葉は悪いけど『余計な障害』はできるだけ避けたいところだしね。

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