第9章67話 ジャスティス、ラブ・アンド・ピース

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 時は遡り――ラビたちが宇宙へと向けて飛び立ってからしばらく経った後の地上において。

 迫りくる魔眼種破壊神群ラグナ・ジン・バランの侵攻を、ユニットたちが抑え込んでいた。


「うぇっ、キモーい……」

「悪趣味ねー。でも強さは大したことないみたいね!」


 見た目こそ不気味な、嫌悪感を催すものではあるが後期型の強さはそれほどではない。

 むしろ、『肉』で構成されているため、初期型等に比べれば防御力は低く、ここまで戦い抜いてきたユニットにとっては『見た目がキモイだけの雑魚』レベルの相手であると言える。

 ただし一点だけ『ただの雑魚』とは言い切れないものがあった。

 それが埋め込まれた魔眼による再生能力だ。


「……キリが、ない……わ、ね……」


 倒しても倒しても再生を繰り返し、後期型はじわじわと包囲網を狭めようとしていた。

 大技で押し返すことはできても倒しきることができず、かといってジリ貧に陥るわけでもなく、非常に不本意な形の『一進一退』の攻防となってしまっている。

 魔眼種との戦闘経験がある楓たちが弱点を伝えてはいるのだが、相手の数が多くなかなか狙うことができない。

 再生不能になるまで潰し続けるにも魔眼を無理矢理引きはがすにしても、とにかく『数の多さ』が障害となってしまっている。


”……それでも、あんま負ける気はしねーな……”


 トンコツは状況を見て正直にそう思っていた。

 負ける要素が見当たらない。

 敢えて挙げるならば魔力切れを全員が起こした時ではあるが、アリスのように一瞬で大量の魔力を消費するメンバーもおらず、今のペースで戦っていれば問題ないだろうと思える。いずれ押し切れるとは思えている。

 ……後はラビたちが中枢を落とせば終わり、のはずだ。




<[システム:...メインシステム再起動リブート]>


 そんな戦いを繰り返していた時、突如周囲に無機質な電子音声が響き渡る。

 電子音声と共に、墜落・炎上していた《バエル-1》が消滅――そこに現れたのは……。


”! ピースたちか……!”


 クリアドーラたちピースたちだった。

 製造装置は破壊されもう復活することはないはずだが、内部に残っていたのが現れたのか、とトンコツたちは警戒するが――


「……うぜぇんだよ! 剛拳 《怒羅號怨薙琉ドラゴンナックル》!!」


 姿を現したピースたちは、クリアドーラの《ドラゴンナックル》を皮切りに次々と迫りくるラグナ・ジン・バランの大群へと攻撃を仕掛けてゆく。


”な、なんだ……?”


 トンコツたちが戸惑っている間にも、ピースたちは次々とラグナ・ジン・バランを撃破――クリアドーラのような破壊力に長けたものが壊し、ボタンやフブキが補助魔法で助けつつ魔眼を引きはがしてゆく。




 ……そうこうしているうちに、ラグナ・ジン・バランの数は瞬く間に減ってゆき、ほぼ全滅した……と言えるまでになった。

 地上の戦いはほぼ終わったと言えるだろう。


「く、クリアドーラちゃん!」

「……よぅ、ジェーン。久しぶりだな……シャロも」

「……ヒルダ、様……?」

「むぅ? …………貴様、アンジェリカか?」


 戦況が落ち着いた頃合いを見計らって、顔見知り同士が再会を喜び合う――いや、互いに喜びよりも戸惑いの方が強かった。

 本来ならば二度と会うはずのなかった者同士が、ヘパイストスの仕業で再会することになったのだ。

 ……しかも、ピースたちは本人の意思ではなかっとは言え、ヘパイストスの『悪事』の片棒を担がされていたのだ。

 自らの意思を取り戻したピースたちの今の状態は、ルナホークあやめと同じだろう。

 『罪』の意識に苛まれている――そんなことは、ジェーンたちにもすぐに理解できていた。


「……ヒルダ……」

「? …………ああ、そうか……貴様がジュリエッタか」


 ピースたちが現れたことを知り、痛む身体を引きずって千夏も前へとやってきていた。

 元の姿を知らないヒルダではあったが、その様子から千夏=ジュリエッタであることを悟ったようだ。


「……ふん、貴様との決着はついておる。今更話すことなどないわ」

「だが――」

やってワシは負けたのじゃ――言い訳のしようもあるまい」


 今のヒルダたちは、ピースだったころの記憶を持っている。それゆえに『罪』の意識に苛まれているのだ。

 もちろん、《バエル-1》での最後の戦いの様子も覚えている。

 ……ピースとして強化され、『最強』と思える手駒を揃え、更に『仲間を犠牲にしたパワーアップ』という切り札まで使って負けたのだ。

 裏のない、さっぱりとした笑顔を浮かべヒルダは言った。


「じゃからな、ワシに詫びることなど何もない。

 それでも貴様が気に病んでいるというのであれば――ワシに勝利したことを誇っておくれ。それがワシ敗者への手向けとなろう」

「――そう、か……」


 最初の戦いの結果が仮に不本意なものだったとしても、最後の戦いは互いに全力を出し尽くしたものだった。それは間違いない。

 その上で負けた以上、ヒルダはこれ以上何も言うことはない。

 勝った側にいつまでもうじうじとしていられては、負けた側はより惨めになるだけだ。

 ヒルダの言いたいことも千夏にはわかる。

 だから、それ以上何も言わず、ただ一度だけ頭を下げた。


「それよりもアンジェリカ……貴様いつの間にこんなに大きくなったのじゃ?」

「うぅ、ヒルダ様……うわぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」

「全く……図体ばかりデカくなりおって」


 ヒルダのことはもう気にしていない、という態度だったアンジェリカではあったものの、やはり溜め込んでいたものはあるのだろう。

 特に現実世界においては実の姉なのだ。この一週間、『眠り病』になってしまった姉のことを心配し、不安であったのには違いない。

 泣きじゃくりながらヒルダに縋り付き、今まであったことや思いのたけを心のままぶつけている。

 それを困ったような顔をしつつも、ヒルダはうんうんとうなずきながら聞いていた。


 ――……終わったんだな、これで本当に……。


 そんな姉妹の邪魔をしないように離れていきながら、千夏はようやく自分の『贖罪の戦い』が終わったことを実感していた。

 まだ自分の中で完全に気持ちの整理ができたかはわからないが――それは全部自分自身で消化すべきことだ。

 何にしてもこれで本当に一区切りがついた、そう思うのであった。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




<ピピッ>

「うわっ!?」


 ピースたちの当然に呆然としていたブランの前に、いつの間に現れたのかルールームゥがいた。

 ブランの傍に控えていたノワールや使い魔たちがざわつくものの……。


「きゅっ、きゅー!」

<ピー? ピピピッ、パッポピ>


 ブランの頭からキューが飛び降り、ルールームゥへと纏わりつく。


<……ピー、ピッピッピ>

<[コマンド:カスタマイズ《アロペクス:トランスレーター》]>

「きゅいー」


 ……おそらくルールームゥにはキューの『中身』があること自体が驚きであり、『何か』が入り込んだことは理解しているのだろう。

 だが、同時にそれが『悪いもの』ではないことも『造り主』であるルールームゥには何となくわかる。

 ならば問題ないだろう、とキューアロペクスにかつてルナホークにやったように『翻訳機能』を付与する。

 キューもルールームゥが何をしてくれたのかわかったのだろう、満足そうに一鳴きすると再びブランの頭の上に乗っかろうとする。


「……なんでぼくのうえにのろうとするのー!?」

「きゅっきゅっ」

<…………ピピー>


 そんな様子を見て、『自分の役目は終わった』とばかりにルールームゥはその場を去っていく……。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「くふふっ、皆さまぁ……そろそろよろしいでしょうかぁ?」


 ピースたちの登場でラグナ・ジン・バランたちも大半が吹き飛ばされ、場に戸惑いだけでなく再会を喜び合う弛緩した雰囲気、そして『罪』の意識に苛まれるピースたちの暗い気持ちが蔓延しかけていた。

 そんな時、ジュウベェがパンパンと手を鳴らし場の注目を集める。


「……ああ、そうだな」


 ジュウベェの呼びかけに応え、ピースたちが集まろうとする。


「ヒルダ様……行っちゃうんですか……?」

「うむ。ワシらにはやるべきことがあるからな――貴様も、仲間に迷惑をかけぬようにな、アンジェリカ」


 まだ話し足りない、というよりもようやく会えたというのに……という思いがあるアンジェリカを引き離し、ヒルダもジュウベェの元へと向かおうとする。

 戦いはまだ完全に終わったわけではない……そのことを誰よりも理解しているのがピースたちなのだ。


”お前ら……何をするつもりだ?”


 ユニットたちに敵対する、というわけではないだろうが何をしようとしているのかわからずトンコツが問いかける。


「――悪党には悪党なりの矜持があり、行いには『報い』があります」


 答えてくれるとは思っていなかったが、意外にもジュウベェは答えを返した。

 彼女の言う『悪党』が誰を指しているのか――解釈のしようは幾らでもあったが、大体のことは理解できた。


「えぇえぇ、あたくしたちも、そして奴にも相応の『報い』があってしかるべきでございましょうとも」

「ああ。俺様たちにやれるのは――あのクソ野郎に『落とし前』つけることだけだ」

「ふん、そのくらいしかやれることはないしのぅ……それに、どうせワシらには『先』はない」


 ピースとして蘇り、自分の意思を取り戻しはしたものの、だからと言って再びユニットとして『ゲーム』に戻れるわけではない。

 ……彼女たちが知る由もないが、別の場所でドクター・フーも別使い魔のユニットとなることを目論んでいたものの、実際にユニット化できるかどうかはわからないとも言っていた。

 ピースとは消える運命にある――それはもう変えられない運命なのだ。


「くふふっ、『ゲーム』の終わりまでずっと寝ていても構わない、という方がいれば――どうぞ残ってくださって結構ですわよ?」

「……冗談だろ」


 どちらにしても真っ当にクエストに挑めない以上、この世界に延々と残り続ける以外にやれることはないのだ。

 ピースたちの感情は様々ではあったが、『消える運命』ということだけは全員の一致した考えだった。

 同じ消えるのであれば、せめて一つくらいは『罪滅ぼし』をする――そしてそれはピースでなければできないことだ、そうも考えている。


「おい、デク」

<ピピッ>

<[コマンド:トランスフォーメーション《ウァサゴ-3》]>


 クリアドーラに促され、ルールームゥがその姿を変える。

 《ウァサゴ-3》……まるでオモチャのスペースシャトルのような形態だ。

 オモチャのような見た目でも、これに乗ってマサクルたちは世界を渡ってきたのだ――その能力は本物の『宇宙船』と言えるだろう。

 ピースたちは全員が揃って《ウァサゴ-3》へと乗り込んでゆく。


「じゃあな、ジェーン、シャロ。全部終わったら……俺は忘れちまうだろうが、まぁ現実の方でよろしくな」

「ヨーム殿、凛風、フォルテ。アンジェリカのこと、よろしく頼む」


 それぞれが別れの言葉を述べ、未練を断ち切るように背を向け乗り込んでゆく。


「くふふ……それでは参りましょうかぁ」

「ジュ、ジュウベェ様!」

「ジュウベェ……」

「…………」


 ピースたちが乗り込むのを見届け、最後に乗ろうとしたジュウベェへと桃香と千夏が呼びかける。

 今のジュウベェは自分の意思を取り戻している――ということは、その中身は彼女たちの知る『クラウザー』であるはずだ。

 ……多くの人間を傷つけてきたジュウベェだが、彼女に対して特別な想いを抱いているのは、やはり『元ユニット』であるこの二人であろう。


「…………」


 真っすぐに自分を見つめる二人の視線に、ジュウベェもまた仮面の奥から視線を返す。

 もしかしたら――自分クラウザーの計画など捨てて、桃香ヴィヴィアン千夏ジュリエッタと協力して『ゲーム』に挑んでいれば、もっと違う未来があったのではないか。

 そんな今更なことを考え、ジュウベェは自嘲の笑みを浮かべる。


「…………詮のないことですわねぇ」


 確かにやってこられたということは、クラウザーが切り捨てた時に想像したよりも桃香と千夏は強かったことを意味しているだろう。

 しかし、だからといってそれが自分と一緒にやっていたとして……同じようになったかどうかは怪しい。

 クラウザーが『敵』として立ちはだかったからこそ、ラビのユニットとなったからこその成長なのだろうとも思う。


「恨み言でしょうかぁ? 聞いてあげてもよろしいのですが、あたくし……時間がありませんので」

「恨み言ですか……ないわけではありませんけど――」


 おそらく、直接話せるのはこの機会をおいて他にない。

 互いにそれは分かっている。

 だから桃香も千夏も、思い切って言いたいことを――手短に――ジュウベェクラウザーに向けて言う。


「それでも――わたくしは、貴女様に『ゲーム』に誘っていただけて感謝しております。

 共に戦えなかったことは残念でしたが、そうでなければ今のわたくしはなかった、そう思います。

 ですから…………ありがとうございました」

「……!」

「あー……まぁ、俺は特に恨み言はねーかな? 正直、利用しあうって意味じゃお互い様だったしな。

 でも、ま……お嬢と同じだな。あんたに会わなきゃ、そもそもアニキたちとも知り合うこともなかったんだ。ありがとよ、ジュウベェ……いや、クラウザー」

「くっ……くふふっ」


 まさか『礼』を言われるとは思っておらず、そしてその『礼』こそが自分に対する最大限の『皮肉』にもなることを理解し、ジュウベェはおかしそうに笑った。


「全く――本当に強くなりましたわねぇ、あなたたち……!」

「うふふ♡ おかげさまで、ですわ♡」

「ま、あんたとは違った意味でスパルタな奴がいるんでね」


 やはり『もしも』の話は意味がないことだった。

 クラウザーと敵対し、離れたからこそこの二人はここまでやってこれたのだ。

 仮に自身の計画を捨て、二人と共に『ゲーム』に挑んだとしても――結末はあまり変わらなかっただろう。

 クラウザーの計画も、マサクルの計画も、全てを薙ぎ払うあの怪物ありすのいる限り、所詮チートインチキに頼ってすら負けた自分では勝ち目はなかったはずだ。


「くふふっ……恨み言もないようなら、もうよろしいですかぁ? あたくしは行きますわ」


 返答を待たず、ジュウベェも背を向け《ウァサゴ-3》へと乗り込もうとする。

 まだ声を掛けたそうな様子はわずかに見えたが――これ以上は言葉を交わすことはできない。


「……仮面をつけていてよかったですわぁ」


 誰にも聞こえないように、小さくジュウベェは呟いた。

 ――その言葉通りの気分であった。




◆  ◆  ◆  ◆  ◆




 かくして、深淵から蘇った悪霊たちはラビたちの後を追って宇宙へと飛び立つ。

 この世界における戦いの『最期』を飾るために――

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