第8章91話 Requiem for a Bad Dream 9. ブランの秘密
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ゾンビ化の危険があると判断し、自ら避難所から外へ出たアリス。
それを追ってきたノワールと共に、『神樹』の枝の上から街の方を監視している。
「ノワール、その傷治らないのか?」
監視、とは言っても距離が相当離れているので肉眼では確認は出来ない。
とりあえずエル・メルヴィンの時のように一個だけ《
ベララベラムは積極的に向かってくるでもなく――そもそも『神樹』にラビたちがいることを理解していないのかもしれない――他のゾンビたちと同じく街から外に出てこない。
よってあまり監視の意味もなく、二人は警戒はしながらもそれなりに暇を持て余していた。
「うむ……」
深く抉られた左肩に手を当て、渋い表情でノワールは唸る。
「ていうか、そもそも痛くねーのか……?」
人間であればかなりの重傷、下手をすれば死んでいてもおかしくない深手に見える。
『ゲーム』のユニットであれば痛みにさえ耐えられれば大丈夫であろうが、ノワールはユニットではない、この世界の存在なのだ。
「我は『人間』ではないからな」
人間のような見た目をしてはいても、本来は
今の身体も『仮体』と本人が言っている通り、仮のボディ――『アバター』のようなものなのだろう、とアリスは理解する。
その意味ではアリスたちユニットと似ているのかもしれない。もっとも、『死んだら終わり』というところには差異があるが……。
「修復は可能じゃが、材料がな……」
「ああ、ドラゴンの方を修理しようとしていたっけか。アレと同じか」
「うむ……この仮体も同じじゃな。ただ、材料が神殿の方にあるのでな……」
「あー……そういうことか」
ノワールの修復をどこで行っているのかはアリスは詳しくは知らなかったが、神殿付近であることは間違いない。
となると、今現在ゾンビの群れがうようよしている……ということになる。
危険を承知で修復材料を取りに行くかどうかというところだ。
ノワールはゾンビ化しないという『強み』はあるものの、『ゾンビに襲われない』というわけではない。
そして、今受けている傷はベララベラムによるものだ。
「傷治そうとして余計ダメージを受けたらシャレにならんしな」
「全くじゃ……痛みはないが、左腕が使えないのはのぅ……此度の戦が落ち着くまでは我慢するしかないかのぉ」
本人が言っている通りに『痛み』も特に感じていない。
また、アリスたちは詳しくは知らないが、仮体の状態だとノワールは『この世界の魔法
そのため腕を振るうことができずとも『戦闘力』という点では特に変わりはない。
ただやはり両腕が自由に使える方が戦いの幅は広がるのは確かだし、何よりも日常生活には不便だ――彼女たちは人間ほどに食事の必要はないが、『仮体を動かすためのエネルギー』を補充する必要はある。
エネルギー源としてもやはり修復に使う『結晶』が使われるのだが、代替手段としては人間同様に食事も可能だ。
……もっとも、食事でエネルギーを賄うのは効率が悪く、これもやはり人間同様一日に何食か摂る必要がでてきてしまう。
「やつらに動きは?」
「今のところねーな……オレたちの位置を完全に見失っている――とは思わないが……」
ベララベラムはゾンビのような見た目ではあるが、だからと言って知能がないとは到底思えない。ユニットであれば当然のことだろう。
「ふぅむ……我らがここにいることに思い至っておらぬか、あるいは――」
「……別の理由があるか――まぁ気付かないくらいの間抜けならいいんだがなぁ」
きっとそうではないだろう、とアリスもノワールも確信している。
アリスたちがエル・アストラエアに戻る前――最初の襲撃の流れから考えて、ベララベラムは恐ろしく『狡猾』な相手だというのがアリスたちの評価だ。
姿を隠しながら
そのせいでガブリエラまでもがゾンビ化し、戦況は一気に悪化――少しでも避難が遅れればアリスたちが戻る前に全滅していたかもしれないくらいだ。
逃げたノワールたちを追わずに潜伏、後からやってきたアリスたちを襲ったというわけである
「うーむ……どこまでが考え、どこからが偶然なのか……」
『ゾンビに元の意識があるかもしれない』という推測を含めると、敵たちの動きに対する『違和感』に一応の解答が得られるとアリスは考えた。
住民のゾンビが最初現れていなかったのは、意識が残っているから隠れていた――ということだろう、と。
ゾンビらしく不意打ちをするためとも考えられなくもないが、ベララベラムの『叫び』があるまで隠れ続けていたことを考慮すれば、逃げるために隠れていたという方が自然に思える。
ラビたちも同じ推測はしていたが、やはり確証はない。
「……ともあれ、住民ゾンビは傷つけないようにしねーとな……」
「うむ。我には治す術は見当もつかぬが、治るのであれば無事に治してやりたいものよ。生物には命は一つしかないのだからな」
「その辺りは――まぁ使い魔殿とウリサリが何とかしてくれると信じるしかねーな」
肝心なところは丸投げのアリスであった。
「オレたちにやれることは、ゾンビを傷つけないように、そしてあのゾンビ女をぶっ倒すことだ」
触れるだけでゾンビ化の危険のある相手な上、アリスの魔法はおそらく
どのように戦えばいいのかもまだわからない状態だが、ガブリエラとジュリエッタが実質戦線離脱している以上アリスもやれることをやるしかない。
「ノワール、貴様とブランはゾンビ化しないのであろう? となると、貴様らを主軸に戦わざるをえなくなるが……」
「うむ……」
言いつつ、二人は共にノワールの左腕へと視線を向ける。
先にも述べた通り戦えないわけではない。
しかし、あくまでも『ゾンビ化しない』だけであってロトゥンは効いてしまうのだ。危険なことには変わりない。
「彼奴の魔法をかわしつつ、こちらから攻撃をする……しか方法があるまい」
「だな……」
更にはゾンビたちの足止め――しかも傷つけないように――までこなさなければならない。
動きは鈍くとも、今まで戦ってきた中で最も厄介な相手と言っても過言ではない、そうアリスは思い直す。
「そう言えば、ブランのことだが」
「ふむ?」
監視の目は緩めず、さりとてベララベラムとの戦いのことを検討するにしても材料がないため話が続かない。
沈黙したままでも構わなかったが、いい機会だったのでアリスは思っていたことをノワールへとぶつける。
「ヤツは……その、何と言えばいいか…………大丈夫なのか?」
思っていたことをぶつけようにも、上手いこと口にすることが出来ずに曖昧な聞き方になってしまう。
それでもアリスの言いたいことは伝わったのか、ノワールは苦笑いを浮かべて答える。
「ふぅむ……まぁ彼奴も
「む? ヤツの使命?」
「よい機会じゃ。其方には話しておこうかの……時間に余裕があればアストラエアの遣いにも伝えるがよい」
ノワールはアリスに
インペラトールたちは元はこの世界の人間であったこと。
200年前の
生物の枠を超え、200年の時を生き続け『バランの鍵』を守り続けていたこと……。
「我らインペラトールも、200年前の戦いでほとんどの同胞が命を落とした……。結局、現代まで生き残れたのは、我と
「うん? 貴様ら三人だけ……? それじゃブランは……?」
「ブラン――彼奴は我らとは成り立ちが異なるのだ。
我らが『人間からインペラトールに成った』のとは異なり、ブランは『最初からインペラトールとして生を受けた』のじゃ。つまりは……まぁ彼奴こそが
かつてピッピがラビに伝えたが、人工インペラトールとも言える存在がかつて『天空遺跡』で戦ったゴーレムだった。
それの上位版とも言うべき存在がブランである、とノワールは語る。
ふふ、と微笑みノワールは続ける。
「其方、彼奴にやる気が見えずに心配しておるのであろう?」
「……ああ、まぁな。前に戦った時は結構やるヤツだと思ってたんだがな……」
それでも昨夜の街の防衛の時には戦ってくれていたし、エル・メルヴィン潜入・脱出と力を貸してくれていたのは確かだ。
口では色々と言っているが、手伝ってくれないというわけではないのはわかっている。
ただ、どうにも『やる気』や『積極性』に欠けるとは思わざるを得ない。
「それも無理のないこと……あまり彼奴を責めてくれるな」
「いや、責めはしないが……」
「我らインペラトールの使命は『ラグナ・ジン・バランから世界を守ること』――じゃが、大戦の後に生み出されたブランの使命は『バランの鍵を守ること』なのじゃ」
「――ということは……」
言いたいことをアリスが理解したのを見て取り、ノワールは頷く。
「左様。『バランの鍵』は既に解き放たれ、ブランは今己の使命を失ってしまったのじゃ」
「なるほど……だからさっき貴様が言った通り、ヤツは何をしていいのかわからない状態で戸惑っているってわけか……」
アリスもブランの態度にある程度納得ができたようだ。
これが人間ならば、次にやることを見つけるかあるいは開き直って好きに生きるかと割り切ることは出来るだろう――もちろん個人差はあるだろうが。
しかしブランは人間ではなく、『バランの鍵の守護のため』に生み出された、いわば
使命=存在意義となってしまっていて、いざ『好きに生きていい』と言われても何をすればいいのか全くわからないのだろう。
……もっとも、『ダラダラしていたい』というのが戸惑っているからではなく割と本音なんじゃないか、と思わないわけでもないが。
「ただ――」
「ただ?」
「彼奴自身は知らぬことじゃが、彼奴にはもう一つの使命……というか『役割』がある」
「ふむ?」
「……出来れば、その『役割』を果たす日が来ないことを願うばかりじゃがな……」
そうため息交じりに吐き出すノワールの表情を見て、アリスは何となく『子供を心配する親』のような印象を受け取った。
実際、血縁ではなくともノワールたちインペラトールを元にして作られたのがブランだ。
彼女たちからすれば『子供』のような存在ではあるのだろう。
『役割』については興味があるが、ここで聞くべきことではないかとアリスは思い尋ねることはしなかった。
もちろん、聞いたところでそれが今の状況を打破するようなものではないことも予想しているし、何よりもノワールの表情からしてあまり良い意味での『役割』ではないのだろうと察したこともある。
「……む、ノワール。街の方に動きがあるぞ」
「来たか……」
少ししんみりとした雰囲気で会話が止まった二人。
そのしばらく後、アリスの《ヘイムダル》が街の動きを捉えた。
「拙いな……こっちに向かって来ている……」
《ヘイムダル》が捉えたのは、街から出て『神樹』へと向かって進むゾンビの群れだった。
その中に紛れてしまってガブリエラたちの姿は見えないが、建物を壊しながら突き進むドラゴンゾンビやどこかに潜んでいたのであろう妖蟲ゾンビたちははっきりと見えている。
正にエル・アストラエアにいる全てのゾンビたちの一斉侵攻と言える。
「彼奴――ベララベラムの姿は?」
「敵の数が多すぎて見えねぇ……《ヘイムダル》を増やすか……?」
一番の標的であるベララベラムの姿はアリスからは見えていない。
見えるのは他のゾンビたちだけ――ガブリエラたちも同様に見えていないが――である。
《ヘイムダル》でカバーしていない方向は大きく開けた地となっており隠れることは難しい。それゆえに《ヘイムダル》は配置せず、ノワールの能力でのみ監視していたのだが……そちらからもベララベラムがやってくる様子はない。
ゾンビの群れの中に紛れている、と考えて間違いないだろう。
「ふぅむ……街の方から来ているだけのようじゃな。であれば、『目』を増やすよりも戦闘に集中した方が良かろう」
「だな」
『使い魔殿、ゾンビ共が動き出したぞ!』
ベララベラムが最重要目標ではあるが、だからと言って他のゾンビを全く無視することも出来ない。
このまま『神樹』を取り囲んだまま動かない……というのであれば時間の余裕が出来るものの、そういったことになるとは思えない。
アリスはラビに敵が動き出したことを伝えると、自身の思考を今後の戦闘へと向けて切り替える。
「さて……ノワール、動けるか?」
「うむ、問題ない。どうする?」
「そうだな……ゾンビ女を探したいが、いきなりゾンビの群れの中に飛び込むのはどうかな……。むぅ、消極的だが使い魔殿たちが『ゾンビ化の治療』を探っているところだし、一旦ここで様子見……だな」
「心得た。こちらに迫ってくるのであれば迎撃じゃな」
「そうなるな」
敵を全部ぶっ飛ばせるなら迷わず攻めるんだがな――とアリスは続ける。
一体ずつはそこまでの戦闘力はなく、数がひたすら多いと、アリスにとって最も得意とする相手なのだが……残念ながら今回はゾンビを何も考えずに倒すわけにはいかない。
ある意味で、アリスの一番苦手とするタイプの敵だろう。
それでもヤケを起こすこともなく、比較的冷静に状況は見えているようだ。
攻めて来るのであれば(住民ゾンビを可能な限り傷つけずに)迎撃、取り囲むだけであれば様子見しつつラビたちを待つ――ただ敵を倒すだけ、敵と
それに、対ベララベラムにおいて重要な『耐ゾンビ』能力を持っているのがユニットではないノワールとブランなのだ。特に外傷の大きくないブランを主軸に戦うべきだろうとも考えてた。
「とりあえず、ここからでもゾンビ女を探してみるか」
木々の枝――とは言っても大きさがけた違いで普通の建物の床程もあるが――と葉に隠れていて互いに姿が見えづらくはあるが、アリスの《ヘイムダル》があれば問題ない。
相手に『神樹』にいることはバレていたとしても、枝に隠れたアリスたちの位置はわかるまい……そうアリスもノワールも思っていた。
しかし……。
「……む? これは……」
《ヘイムダル》の視界に集中したアリスには見えていなかったが、隣に控えていたノワールが枝の中を動く小動物の姿に気付いた。
ありすたちの世界で言う『リス』に近い小動物である。子狐に似たキューよりも更に小型の動物だ。
別にそう言った動物がいても不思議ではない。元々『神樹』には様々な生物が寄り添うように生活していたのだから。
だが、ノワールの眼はその小動物の不自然さを見逃さなかった。
「! 拙い!? アリスよ、居場所がバレておるぞ!」
「なに!?」
その小動物は既にゾンビ化していたのだ。
一匹だけではない。他にも複数――更には妖蟲ではない普通の虫までもがゾンビ化し、広大な『神樹』を這いまわっていたことに今更ながらに気付いたのだ。
「うぅぅぅ……あぁぁぁぁぁぁ……!」
「うおっ!?」
ノワールの警告と共に《ヘイムダル》の視界を切ったアリス。
彼女の
「ぐっ……しまった……!?」
頭部を砕く勢いで振り下ろされた爪を咄嗟にかわしたものの、胸に爪が掠ってしまっている。
ほんのわずか――爪痕が左胸につけられた程度のかすり傷とも言えないようなものであったが、それがかなり拙い事態であるということは理解していた。
「う、う、ぅぅ……」
「貴様……!」
ベララベラムが笑う。
ボロボロに腐り崩れた顔面であっても、それが笑みであることは容易に知れる。
――これでお前もゾンビになる。
笑みの意味をアリスもノワールも、明確に悟ってしまうのであった。
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