第8章87話 Requiem for a Bad Dream 5. 秘されしもの

◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「ふん……流石にここまで潰せば動けなくなるか」


 場所は変わり神殿前広場にて――

 他に動くもののなくなった広場を見下ろし、アリスは一人そう呟く。




 一人広場に残ったアリスは、倒しても倒しても這い寄る妖蟲ヴァイスたちに業を煮やし《超重巨星ジュピター》で一掃していたのだ。

 一発では足りずに計三発使うことになったが、そのおかげで広場で蠢いていた妖蟲の群れは跡形もなく、アリスの他に動くものは何もなくなっていた。


「はぁ、全く何なのだこのタフさは……」


 生命力に満ち溢れた超巨大モンスターであればともかく、妖蟲のサイズでは到底ありえないくらいのタフさであったのは間違いない。

 虫系モンスターは意外にタフなこともある。手足が多少千切れても動くことは可能だろうが、胴体まで千切れて尚動き続けるのは異常としか言いようがないだろう――一部そういう虫もいないわけではないが……。

 どちらにしろ、《ジュピター》で完全に押し潰したことにより妖蟲たちの動きは止まったのだ。


「さて――どうしたものか」


 最初の目標である妖蟲退治は終わった。

 次にどう行動すべきかをアリスは迷う。

 元々妖蟲を排除しようとした理由は、神殿の安全を確保するためであった。

 神殿に行くべきか、それともラビたちの方に一旦合流すべきか――それを迷ったのだ。




 ――うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぉぉぉぉぉぉぉぉ……っ!!




「む? 今のは……」


 その時、ラビたちが耳にしたベララベラムの叫びがアリスの耳にも届いた。

 ……かなりの距離が離れているにも関わらず聞こえるという時点で、これがただの叫びではないことは明らかなのだが――ベララベラムの位置がわからないアリスにはそれは知る由はない。

 正体はわからずとも、これがただの風の音とは思わない。

 何かしらの異常事態が起きるとは容易に予想はつく。

 迷いを捨て去り、その場にアリスはとどまり周囲の警戒を行う。


「…………蟲共のが震えている……?」


 原型が残らないほどに潰し切った妖蟲たちの死骸――を超えた残骸が小刻みに震えているのを目にした。

 が、わずかに震動するもののすぐにそれも収まる。

 地面が揺れたせいか、と思い直したが……。


「!? 神殿が……!?」


 ゴォン、とくぐもった打撃音が響くと共に、今度は神殿が揺れる。

 地震で揺れたという感じではない。音からして、何か激しい衝撃で揺さぶられたように見えた。


「……なるほど、アレは避難していたんじゃなく――」


 ノワールの黒結晶とオルゴールの糸で厳重に守られていた神殿――なぜそのような厳重な封印がされていたのか、ラビも考えていた。

 外の妖蟲たちから身を守るために神殿を封印したのか、それとも……。

 アリスはと判断した。

 一際大きな振動と轟音と共に、神殿入口部だった場所を覆う黒水晶に亀裂が走る。

 外側からではない、が原因だ。


「……ってわけか」


 亀裂は次々に広がり、そしてついに砕け散る――




 アリスの耳にもラビたちの遠隔通話は届いている。

 ラビたちの方はともかく、ジュリエッタとクロエラの方に何か異変が起きていることも把握している。

 しかし、から離れることは出来ない。

 ノワールたちが封じていた『ヤバいヤツ』の足止めを行う必要がある、と即座に判断したのだ。


 ――ノワールとオルゴールが封じていたってことは、本人たちは神殿内にはいないだろうな……。あいつら、どこへ行った? ピッピも一緒なら良いが……。


 不安なのはノワールたち、そして何よりもピッピの安否だ。

 神殿内に『敵』を封じ込めていたということは、そこに彼女たちはいないだろう。

 ノワールはともかくオルゴールについては糸が残っていたことからおそらくまだクエスト内に残っているはずだが、遠隔通話が出来ないため居場所が全くわからないのは不安要素だ。


『使い魔殿、オレの方に――』


 自分の状況を心配症の使い魔に伝えようと遠隔通話をしようとした時だった。


「うぅ……うぐぅぅぅ……!!」

「!? あ、あいつは……!?」


 神殿の中からゆらゆらと揺れつつうめき声を上げる人影が現れた。

 その姿を見た瞬間、アリスは遠隔通話を思わず止めてしまう。

 なぜならば――


「…………ガブリエラ……」


 神殿の中から現れたのは、ガブリエラだったのだ……。


『”アリス!? アリスの方も何か起きてるのか……?”』


 遠隔通話を中断してしまったことで、ラビがアリスにも異変が起きていると思ってしまっていた。

 ジュリエッタたちのこともある。とにかく自分は無事なことと目の前の状況について話そうとしたアリスだが、すぐに思い直し遠隔通話の対象ラビ一人に向けてのものに変える。


『使い魔殿、オレは大丈夫だ。簡単に説明する――ウリエラたちにどう伝えるかは……悪いが任せた』

『”え?”』


 ガブリエラがゾンビ化している――その事実をウリエラとサリエラに伝えるべきかどうか、伝えるにしてもどう言えばいいのか……アリスはそれを全部ラビへと丸投げすることにした。

 流石にガブリエラの状況をウリエラたちに伝えたらどれだけショックを受けるかは想像がつく。

 その時にどのような動きになるかまでは想像がつかない、ラビと一緒に行動しているのだから下手に伝えてラビにとって予想外の行動をとられるよりは、ラビに色々とコントロールしてもらった方が都合がいいだろう。

 だがそれ以上に、細々と話しているというのが一番の理由だった。


「うぅぅ…………うがぁぁぁぁぁっ!!」

「チィッ!?」


 ガブリエラの眼がアリスの方を向いた瞬間、唸り声から叫び声に変わり、ゾンビとは思えない俊敏さで地を蹴って空を飛ぶアリスへと襲い掛かる。

 どうやら背中の翼で飛ぶことができなくなっているようで、直線的な動きしかしないのでアリスにとっては対処はしやすいが……。


「ぐっ……!? このパワーは……!」


 振り回された霊装の一撃を咄嗟に杖で受け止めたが、その一撃でアリスは地上へと叩きつけられてしまう。

 元々常識外れのステータスを持っていたガブリエラだが、同様にアリスもジュウベェ戦で大幅な強化を行っている。

 だというのに、足場で踏ん張れない空中という点を差し引いても一撃で地上に落とされるという威力なのだ。

 ゾンビ化したことで飛行が出来ないなどの制限がついたようだが、パワーは更に上がっているようだった。


「ぐぅあぁぁぁぁっ!!」

「くっ、貴様!」


 地上に落ちたアリスにガブリエラは追撃を仕掛けて来る。

 ラビと悠長に会話している余裕がないのはこのためである。

 ガブリエラの猛攻を凌ぐので精一杯なのだ。


『とにかく、状況は伝えた! こっちはこっちで何とかする!』


 ラビに難しい説明を丸投げしてしまうことを悪くは思うが、だからと言ってアリスが話そうとしてガブリエラにやられる、というのは最悪の結果だろう。

 アリスはすぐに目の前のゾンビ化ガブリエラへと集中する。


「チッ……貴様、一体何をしてるんだ」

「うぅぅぅ……!!」

「くそっ、言葉も届かんか……!」


 唸り声を上げ続けるガブリエラの様子からして、アリスのことが全くわかっていないようだ。

 問答無用で襲い掛かってくる――しかもガブリエラの超ステータスで、手加減なしの本気の一撃だ。

 流石に受け止めることはせず、アリスは回避に専念せざるをえない。


 ――どうすりゃいいんだ、これ……!? 治せるのか……!?


 この時点でアリスはベララベラムの存在も能力も知らない。

 仮に知っていたところで、謎のゾンビ化の治療方法があるのかは不明だ。

 こっちはこっちで何とかする、と言ったもののどうすればいいのかは皆目見当もつかない。

 魔法が原因だとすれば使い手ベララベラムを倒せば止まる可能性はあるが……。


「ぶっ飛ばすしかないか……?」


 空中で殴り飛ばされた時に体力が減っていたことから、なぜか同じラビのユニット同士でも攻撃が通ってしまうことは気付いていた。

 ゾンビを倒せばリスポーンで治せるという期待はあるが、そうでなかった場合を考えると恐ろしくて実行は躊躇われる――特にかつてのジュリエッタメガロマニアの件を知っている身としては猶更だ。

 そもそもの問題として……。


「がぁぁぁっ!!」

「ぐっ、くそっ!?」


 滅茶苦茶に振り回される霊装を受けることもできず、アリスは回避に専念せざるをえない。

 そもそもの問題として、ガブリエラを倒すこと自体が難しい。

 ゾンビ化した影響か、飛行もそうだが魔法も使ってくる様子はない。

 しかし肉弾戦においてステータスが異様に高いガブリエラを、アリスが単独で倒す難易度は非常に高いと言わざるを得ないだろう。


「手加減できる相手ではないが――かといって動きを止めるにしてもな……」


 足止めなら《天魔禁鎖グラウプニル》でいいのだが、クリアドーラの時のように力任せに攻略されてしまう可能性もある。

 巨星魔法はガブリエラにはほぼ通用しない。かといって他の神装では威力が高すぎる。

 死なない程度に痛めつけて動けないようにする――それしか今のところ手はなさそうだ、と覚悟を決めるアリスであったが……状況は更に悪化していく。


「!? 他のゾンビもいるのか!?」


 神殿入口、そして広場付近の建物内からガブリエラとは別のゾンビたち――エル・アストラエアの住人たちが現れたのだ。

 リスポーン出来るかもしれないガブリエラとは違い、エル・アストラエアの住人は倒してしまったら復活することは出来ない。それが自然の話なのだが……。


「うぅ、うぅぅぅっ!!」

「……?」


 同じように唸り声を上げながらアリスへと這い寄るゾンビたちに対し、ガブリエラが何か訴えかけるように霊装を振り回す。

 するとゾンビたちはその場で足を止め、二人を取り囲むだけに留める。

 その動きに不自然なものを感じるアリスであったが、


「がぁっ!!」


 ガブリエラがすぐさま突進、霊装をアリスへと叩きつけようとしてくる。


「くっ……おい、ガブリエラ!! 聞こえるか!?」

「がぁぁぁぁっ!!」

「聞こえるわけないか……!? くそっ、cl《流星ミーティア》!」


 通用しないのはわかっていつつも何もしないわけにはいかない。

 《ミーティア》で牽制しようとするも、あっさりと鍵で弾かれてしまい通用しない。

 空を飛んで逃げるか、と一瞬考えるが最初の時のように地上に落とされ、更にそこにゾンビがいたら……と考えると飛ぶわけにもいかない。

 なぜか取り囲むだけで襲い掛かってくる様子のないゾンビたちも、いつガブリエラのように襲い掛かってくるようになるかわからない。

 思った以上に拙い状況に追い込まれている、とアリスは認識する。


 ――どうする……!?


 最悪この場から逃げる、というのも一つの手だが……ガブリエラたちを連れてラビたちと合流してしまうのも拙いだろう。

 この場でやれるだけのことはやらなければならない。

 ……いざとなったらスピードに任せてガブリエラを振り切るつもりで、アリスはその場に残って戦い続けることを選択する。


「ext《邪竜鎧甲ファヴニール》、ext《竜殺大剣バルムンク》!」

「がぁぅっ!!」


 覚悟を決め接近戦でガブリエラを抑え込むため、自己強化魔法と接近戦用の《バルムンク》を使用。真正面からガブリエラと切り結ぶ。


「……やっぱりパワーはこいつの方が上か」


 強化して尚ガブリエラの方が上回っている。

 《バルムンク》と霊装で鍔迫り合いになっても、以前の対戦の時同様にアリスの方が押されてしまっている。

 まともに正面からぶつかり合ってしまえば今のアリスでも勝ち目はないだろう――ジュリエッタ千夏の教えによる『見切り』で回避は出来ても今回に限っては『反撃』はできない。

 見切りと反撃不可、そして魔法を一切使わないガブリエラの動きのおかげで辛うじて互角、といったところだ。




 さほど長い時間ではないが、二人はゾンビたちの見守る中近距離での打ち合いを続けていた。

 状況は膠着、ただしアリスが不利になるのは目に見えている。

 仲間たちもどうなっているのか不明な状況において、一人この場で踏ん張る――そう思っていたアリスだが、その判断が正しかったかどうかは……。




 ――おぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!!




「!? またあの『叫び声』か!?」


 ガブリエラたちが現れる直前に聞こえた『叫び声』が再び辺りに響く。

 それと同時に、周囲を取り囲むゾンビたちがビクリと大きく震えた後に、一斉にアリスへと向けて飛び掛かる。


「なっ、おい!?」


 いずれ来るかもしれないとは思っていたが、予想にないタイミングだった上に叫びに応じてガブリエラが急に飛び掛かってきたのでアリスの対応が遅れた。

 辛うじてガブリエラの一撃は受け止められたものの、飛び掛かってきたゾンビがアリスに纏わりつき動きを封じ込めようとする。

 流石にガブリエラのパワーとは比較にならない。力任せに振り払うことも出来たが……。


「! ……トッタ、レレイ……」


 見覚えのある顔が、いた。

 忘れるわけがない。

 アリスありすたちにとって出来た、異世界の友達――トッタ、レレイの幼い姉弟のゾンビが動きを止めるようにアリスに抱き着いている。

 他にも見覚えのある街の人々がいた。


「く、そ……!!」


 強引に振り払おうとする手から力が抜ける。

 もし無理矢理ゾンビたちを引きはがそうとしたら、《ファヴニール》で強化された腕力はゾンビの腐った肉体を容易に砕いてしまうことだろう。

 ユニットと異なりリスポーンもできないのだ。もしこの場に《ナイチンゲール》がいれば応急処置は可能だったかもしれないが、どちらにしろゾンビ化している今通用するかはわからない。

 戦いに迷いを抱かないアリスといえども、『敵』に利用されているだけとわかっている異世界の友達を傷つけることにはためらいを覚えた。

 それが致命的な隙を晒すことになるのはわかっている。

 躊躇ったその一瞬で、ガブリエラにとっては間合いを詰め渾身の力を込めた霊装を叩きつけるには十分な時間だった。

 しかし――


「う、う、ぅぅ、ぅぅ……」


 絶好の機会だというのにガブリエラは小さく呻くだけで攻撃してこようとしない。

 アリスとは違う意味でだが、ガブリエラもまた躊躇っているようにアリスには見えた。


「ガブリエラ……やはり貴様……」


 その様子にアリスは先程の違和感を思い出し、結論に至った。


「そんな姿になっても――のだな……」


 ゾンビたちが現れた後、ガブリエラはまるで彼らを制止するかのような素振りを見せ、また彼らもそれに従い動きを止めた。

 今も攻撃のチャンスだというのにガブリエラは動かない。もし攻撃をすれば、アリスに致命的なダメージを与えられることは確実だが、同時に抱き着いて動きを止めているゾンビたちも一緒に吹っ飛ばしてしまうことになる。ガブリエラのパワーで吹っ飛ばされれば、アリスが力任せに弾くのとは比べ物にならない規模での被害が及ぶだろう。

 ゾンビになっている今でもガブリエラ、そして街の住人から『判断力』は奪われていない――そうアリスは考えた。


 ――……であれば、どうにかすればこいつらの攻撃を止めることが出来るのでは……?


 ゾンビ化の治療と同じく具体的な方法は何も思い浮かばないが、それはわずかな希望とも言える。

 心までゾンビになっているのでなければ、まだ戻す方法があるのではないか? あるいは、その場ですぐに戻すことはできなくても襲い掛かってくるのを止めることは出来るのではないか……?

 もっと言えば、何かしらの原因でだけなのではないか、そう考えたのだ。

 その『認識の歪み』を正せれば……と考えるものの、推測が当たっているかもわからないし具体的にどうすればいいのか――それこそ『ゾンビ化の治療』と同様に見当もつかない。


「うぅぅ、うぅぅぅぅぅぅっ!!」

「……ったく……」


 唸り声をあげ、アリスの動きを妨げるゾンビたちに何か訴えかけるような素振りを見せるガブリエラに、アリスは状況にも関わらず思わず苦笑いを浮かべる。


「――いつもこのくらい周りのこと気遣えよな」

「ぐぅぅあぁぁぁぁぁぁっ!!」


 周りのゾンビが離れないと悟ったか、ガブリエラは周囲に鍵が当たらないように真っすぐに構え、胸目掛けて突きを放つ。


「ぐ……ッ!?」


 街の住人をゾンビ化され、更に彼らに纏わりつかれた時点でアリスは自身の敗北を受け入れていた。

 『敵』に対しては――それがかつての相棒ホーリー・ベルと同じ姿であっても容赦することなく戦えるが、『敵に操られているだけの被害者』ならば話は別だ。

 ゾンビ化が治せるのかはわからない。しかし、治せないと決めつけて倒してしまったら取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。

 だから、ゾンビ化した住人を力任せに振り払ってガブリエラの攻撃をかわすことは、アリスには出来ないのだ。


 胸に突き立てられた鍵は、《ファヴニール》の鎧甲を砕き勢い止まらずゾンビたちごとアリスを後方へと吹き飛ばす。

 もし《ファヴニール》を使っていなかったとしたら、この一撃で体力を削り切られてしまったかもしれないほどの威力であった。


「あー……くそっ……! どうすりゃいいんだ、これ……」


 吹き飛ばされ、地面に大の字で倒れたままアリスは呟く。

 僅かな希望は見えたが、に辿り着くための道筋がまるで見えない……どころかその希望ですら確かなものかはわからないのだ。

 ゾンビを倒すわけにはいかない。

 そして、逆にゾンビたち――特に

 倒さず、倒されず。

 加えてゾンビたちをあちこち自由に動き回らせず可能な限り留め置き、更にゾンビ化の元凶たるピースを倒す。

 最後にゾンビ化の治療を行わなければならない。

 普段の戦いよりも制約が多すぎる。


「だが……やらなきゃな……!」


 倒れたアリスに対してガブリエラが追撃を仕掛けようとしてくる。

 それを見ずとも予測していたアリスは素早く立ち上がり、更に後方へと飛んで距離を取る。

 纏わりついていたゾンビたちも吹っ飛ばされた衝撃で離れてくれていたのが幸いした。

 彼らがいたら早々素早くは動けなかっただろう。

 アリスはガブリエラの追撃をかわし、距離を取って対峙する。


「ぅぅ……!」


 ガブリエラもアリスが退いたのを見て、迂闊には近寄らない。

 弾き飛ばされたものも含め、ゾンビたちも遠巻きにするだけで先程のように動きを止めようとはしてこない――が、包囲網を緩める様子もない。


「ふん……ゾンビであっても、やはり理性そのものが消えているわけではないようだな」


 いっそイメージ通りの理性のないゾンビであれば、もう少しやりやすい面もあったのだが、とアリスは苦々しく思う。

 下手に理性がある分、先程のようにガブリエラと連携する(ガブリエラ的には想定外の動きだったようだが)ことも出来てしまう。

 その上、『制約』が幾つもある状態だ。

 状況は最悪だろう――ただし、


「ま、だな――やるしかねぇな」


 だからと言ってとまではアリスは思わなかった。

 この程度の『厄介』『面倒』は多少の差はあれ過去にもあった。

 もちろん、エル・アストラエアの住人という『他人の命』もかかっているという点では紛れもなく過去最大の困難と言える。

 しかし――


「……おい、ガブリエラ――ヤツ……貴様、いつまでもふんぞり返っていられると思うなよ?」


 ゾンビたちが急に活発に動き出した時、すなわち『叫び』が聞こえてきたと同時に、アリスは確かに見ていた。

 ガブリエラの背後に浮かぶ、うっすらとした少女の幻影……いや『亡霊』の姿を。

 それこそがゾンビたちを操る元凶、更に言えばゾンビ化の原因なのではないかと推測してもいた。


「ともあれ、とにもかくにも――」


 突かれた胸の痛みを気合で堪え、アリスは再び《バルムンク》を構えてガブリエラと相対し、いつも通りの笑みを浮かべる。


「まずはガブリエラ、貴様にやられず、貴様を止めなければな」

「うぅぅぅぅ……ぅぅうぅぅぅぅ!!」


 果たしてガブリエラの目に自分は一体どう映っているのか――少しだけ考えるがあまり意味のないものだとアリスはすぐに捨て去る。

 ガブリエラたちの現状は伝えた。

 ならば、後はゾンビに関する諸々を解決させるまで自分がやられず、そしてガブリエラたちを倒すことなく持ち堪えればいい。

 状況はハードではあっても最悪ではない。


 ――いつも通り、全力でやれることをやるだけだ。


 そうアリスは笑うのであった。

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