第7章54話 キミとアナタとの那由多の距離
* * * * *
ここは……どこだろう?
ふと気が付くと、私は見たことのない場所にいた。
地面は灰色の……アスファルトとは違う、何というか『枯れた』大地が起伏もなく延々と続いている。
空を見上げると満天の星空だ。太陽はもちろんなく、月すらもない星空だけど不思議と周りはよく見える。
”三途の川、ってわけじゃなさそうだけど……”
川なんて見えないし、賽の河原でもなさそうだ。
現実ではありえない光景に戸惑うが――あ、そういえば昔写真で見た『月面』の景色に似ていると言えば似ているかもな。まぁ見上げても『地球』らしきものも見えないんだけど。
うーん、これはあの世とかそういうものなのか……それすらも何とも言えない。少なくとも、私は死後の世界なんて信じていないし、仮にあるとしてもこんな殺風景なあの世は私の知る『あの世観』にはなかったと思う。
”ありすたちはどうなったんだろう……”
状況が全くつかめず、動くに動けないので、最後の戦いに思いを馳せる。
《
その後……全身を物凄い衝撃が貫いて、多分ブレーカーが落ちたのだろう。そこから先があんまり覚えていない。
……いや、途中でありすの声が聞こえた気はする……そして、何か痛みを堪えつつアイテムを使ったような記憶もおぼろげながらある。
でもそれ以外ははっきりとはわからない。
”……ジュウベェには勝てたのかな……”
流石に私は死んだだろう、ということは半ば受け入れ始めている。
かなりの傷を負ったはずだけど、今の私の身体はいつも通りに元通りになっている。
……あんな重傷が一瞬で治るとは到底思えない。対戦から無事に抜けたとしたら回復した可能性は充分あるけど、だとしたら私がいるべきなのはマイルームであって、こんな月面のような場所ではないはずだ。
だから――まぁ、きっと私は死んだんだと思う。
気がかりなのはアリスとジュウベェの戦いの行方だ。
私が死んだということはありすたちは『ゲーム』をリタイアすることになってしまうだろう。申し訳ない気持ちでいっぱいだし、お別れの言葉を言えなかったのは残念だけど……。
ただリタイアするにしても、ジュウベェがそのまま『ゲーム』に残り続ける、というのだけは避けたかった。
……いや、まぁ単にクラウザーも道連れにしてやろう、とかそういう気持ちもないわけではないんだけど、私たちが消えてヤツが残るというのは……正直他のプレイヤーにとっても災厄だと思うのだ。
戦いの結果を確認することもできやしない……。
”ありす、桃香、千夏君……”
ごめん、と言おうとして言葉に詰まる。
謝るべきなのか――いや、謝るべきなんだとは思うけど、どうしてか言葉にならない。
……きっと、そんな言葉をあの子たちが望んでいないから、って私自身が思っているからなんだろう。
私にとって都合のいいように他人の気持ちを考えているだけなのかもしれないが……。
”――? 何か、聞こえて来る……?”
このまま永遠にここに留まらなければならないのか、とちょっと暗い気持ちになって来た時だった。
風の音すら聞こえない無音の世界に、『何か』が響いてくる。
”これは……歌?”
微かに聞こえて来るそれは、何かしらのリズムを刻んでいる。
私にはそれが『歌』に聞こえる。
”……行ってみるか”
ここで永遠に一人で彷徨うっていうのは流石に勘弁してもらいたい。
ありすたちを残した『罰』を受けろというのなら、せめてもっとわかりやすい『地獄』にして欲しいもんだ。
『何もない』という恐怖に耐えきる自信のない私は、その『歌』の元となる場所へと向けて歩いて行った。
しばらく歩いていると、よりはっきりと『歌』が聞こえて来るようになった。
どうやら明確に何かの歌詞がある歌を歌っているわけではなく、思いつくままに鼻歌を奏でている、という感じっぽい。
更に歌の聞こえる方へと足を進めていくと――唐突に、この空の黒と地面の灰色しかない世界に『異物』が現れた。
”!? あれは……アリス!?”
遠くから見た時に私はすぐにアリスのことを思い浮かべた。
遠目にもわかる、輝く黄金の髪の少女がいた。
急いで駆け寄ってみると――
”……? キミは……誰……?”
そこには確かに誰かがいた。
けど、それはアリスではなかった――確かに似てはいるんだけど。
その少女は小さな椅子に腰かけたまま、ふんふんと鼻歌を歌っていたようだ。
年齢は……アリスよりは下に見えるが、ありすよりは上に見える。10代の前半……くらいだろうか。
髪はアリスのような黄金。ありすみたいにだらっと長く伸ばしただけではあるが、それが妙に様になっている。
瞳はアリスのような深い紫。だけど、目は開いているのに何も見ていないかのような虚ろで、焦点が合っていないように見える。
服は何も身に纏っていない。
そして――膝になにやら『球体』を抱えている。
《……》
私の声に反応し、鼻歌が途切れた。
虚ろな目がこちらへと向けられる。が、言葉はない。
”えーっと……その……私はラビって言うんだけど、キミは……?”
《……》
どうしよう、コミュニケーションが取れない……。
こちらを向いてくれてはいるんだけど、一言も発しないし、完全な無表情な上に目が虚ろで何を考えているのかも全くわからない。
”……? その『球』……?”
何を話せばいいのかもわからず戸惑う私だったが、会話のとっかかりを求めて彼女のことを見ていて、ふと彼女が抱く『球体』に気が付いた。
この『球体』……ひょっとして『地球』を模しているんじゃないだろうか?
地球儀に似てはいるけど、昔見た『月面から見た地球』に非常に良く似ていると思ったのだ。
《…………ラ・ビ……》
”ん?”
と、彼女が初めて口を開き私の名を口にした。
……どこかで聞いた覚えのあるような、ないような……不思議な声音だった。
彼女は私の名を口にすると、抱えた球体を私の方へとわずかに差し出すようにする。
よく見ろ、ということなのだろうか?
”……ん? これ……”
よく見るとやっぱり『地球』に見える。
全体的に『青い』のは海だろう。そして白い雲が表面を覆っている――のだが、
”!? な、なに……これ……?”
球体の表面をずるりずるり、と『何か』が這いまわっている。
赤黒い……『血』のような何かが球体の表面を這いまわり、段々と面積を増やしていっている。
……気持ち悪い。この球体が『地球』だとして、薄気味悪い『何か』が侵蝕していってるように見えて来る。
《……わたし・の・ところ・に・きて》
”え!?”
《……まって・る・ずっと・ずっと・あなた・の・こと・
”ちょ、どういうこと!? キミは一体……!?”
――ラビ……! ラビ……!! どこにいるの……!?
”!? 今の声……”
謎の少女を問い詰めようとした時、どこからか私の名を呼ぶ声が聞こえて来た。
ありすたち……じゃない。この声は――ピッピ、か?
私を呼ぶ声が聞こえた、と思った瞬間――初めてクエストに行った時に感じたような浮遊感が突如私を襲い――
* * * * *
「ああ、良かった……ラビ……ようやく見つけたわ……」
”ピッピ……?”
私はまた別の空間にやってきていた。
……何だろう、何が起こっているのかがさっぱりわからない……。
今度やって来たのは、ファンタジーな世界観のゲームとかで見るような、石造りの神殿――らしきところの中だった。
巨大な石柱に支えられた、天井がものすごく高い空間の中だ。
”……へ? ピッピ……なの……?”
後ろから聞こえて来たピッピの声に振り返ってみると――そこには見知らぬ少女がいた。
豪奢な衣装――『十二
年のころは先程の金髪少女と同じく10代の半ばくらいだろう。長い黒髪に神秘的な黄金の瞳をした美少女だ。
でも、驚くべきところはそこではなく……彼女の額からは二本の真っ黒な硬質の『角』が生えており、着物の裾からはお尻から伸びているのであろう長い尻尾が見えている。
……この姿、似たのをどこかで見た気がする――けど、はっきりと思い出せない。
というか、さっきから頭がぼーっとしてて……何だか夢の中にいるみたいか感じだ。
「ええ、そうよ。私がピッピ――本当の名前は■■■■■■だけど……きっとあなたは覚えていないでしょう」
見た目が全然違うけど、ピッピなんだ……。
何か声の割に見た目の年齢若いな……もっと大人の女性だと思ってたけど。
「ラビ、よく聞いて。……残念だけど、あなたはこのままだと本当に死ぬわ」
”お、おう……っていうか、『本当に』ってことは、
それは嬉しいお知らせだ。いや、きっと安心していい場面じゃないんだろうけど。
私が意外と動揺していないことに、逆にピッピの方が動揺している。
「そ、そうなんだけど……もうちょっとこう、慌てふためくあなたを落ち着かせる、っていうことを想定して色々考えてたんだけど……」
それは悪いことをした……のだろうか?
まぁ前世で何度も死にかけた――どころか実際一度死んでるし、ここやさっきの謎空間に放り込まれる前のこともうっすらと覚えていて自分についての状況は把握しているつもりだ。
じたばたと足掻く段階はとっくに過ぎていると覚悟もしていた。
だから、まだ死んでないっていうのは私にとって朗報以外の何物でもない。
「い、いえ、まぁ話が早くて助かるわ。
――それで、あなたにお願いがあるの」
”うん。いいよ”
「あのね――って、まだお願いしてないのに!?」
”いやぁ……私にはここで頷く以外の選択肢はないかなぁって”
正直、一度死んだ身だし死ぬことの覚悟はできてたつもりだけど――出来ることなら私は生きることを諦めたくはない。
私の命は私だけのものじゃない……ありすたちと共にあるための命だ。
だから、せめて――この『ゲーム』の決着をつけるまでは、私はありすたちと共に生きていたい……そのために出来ることがあるなら、どんなことでもするつもりだ。
なんだったらここでピッピに土下座してでも、靴を舐めるとかでも構わない。躊躇わずにやるだろう。
「……そう……そうね。
”……え? もしかして、私の考えてたこと……わかったりした……?”
この謎空間内だと心の声が読めちゃったりするのだろうか……?
本心ではあるけど、さっきのはちょっと恥ずかしいな……。
ふふっ、とピッピは微笑む。
しかしすぐに真剣な表情をして続ける。
「ラビ――あなたに、私の願い……託すわ」
”キミの願い……ヘパイストスを倒すってこと?”
「ええ」
…………いや、ちょっと待て。
その願いを私に託すってことは、つまり――
「目が覚めたあなたが覚えているかどうか……それに、あなたたちが■の■■へとたどり着けるかどうか……私も手を尽くしてみるけど、これだけは賭けにならざるをえないわね」
どういうことさ!?
……あ、あれ? 声に出したつもりだけど、声が出てない……?
その理由を知る前に、私の身体が淡い光に包まれて……何だか意識が遠く――
「……あなたに全てを話す時間もない……ごめんなさい、ラビ……それと、
ああ、くそっ。
ピッピにはまだ聞きたいことや話したいことが沢山あるというのに……麻酔をかけたみたいに瞼が重くなっていって……。
「…………それと、もし可能なのであれば
ピッピの言葉も遠くなっていき、そして――ついには何も見えなくも聞こえなくもなり、私の意識は闇の底へと沈んで行った……。
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