第7章37話 ジュウベェ対策会議 ~19~8時間前

”……ま、まさか…………ありえないわ!?”


 時刻は20時をもう過ぎている。

 ピッピに連絡して桃香の部屋へと来てもらい、そこでありすたちも含めて私の推測を披露してみた。

 案の定ピッピは『ありえない』と否定してきたけど、それ自体は想定内だ。




 だから私は、ジュウベェの不死身の謎が『■■■■■が■■■■■であるため』と考えた理由を、一つずつ説明していった。

 ピッピを待つ間に何度も自分の中で繰り返し検証してみたけど……これが現実味がないものの、論理的な矛盾がない解答なのだ。

 ……いや、正直自分で思いついたけど未だに信じられないと私も思っている。『論理的に矛盾がない』というよりも……はっきり言って論理をぶっ飛ばしまくった正真正銘の『インチキチート』としか言いようがない。


”い、いえ、でも……そんな突拍子もないこと……”

”それが――実は前兆は確かにあったんだ。私たちに全然関係ないと思ったが、正に今回のクラウザーの布石だった”


 どうやらピッピは『あの事件』について知らないようなので、私の方から説明する。

 同席していたあやめも幾つか補足してくれた――っていうか、当たり前のような顔をして参加しているので、ピッピもあやめの存在を自然と受け入れているな……いや、まぁ追い出すとかそんな酷いことするつもりないけど。




”……そんな……”


 私が語った内容は根拠に乏しい。はっきり言って、状況証拠を私の都合のいいように並び替えただけ、とも言える。

 でも、状況証拠から導き出される内容と、ジュウベェの不死身っぷりを結び付けること自体はそこまで荒唐無稽ではないと思う。


”私がピッピに確認したいのは、倫理的にとか常識的にとか、そういうのを全部うっちゃって――? ってところなんだけど”


 もし可能なのであれば、賭けではあるが、私の予想した解答に沿って今後の予定を決めようと思う。

 ただ、状況証拠から見てもそこまで分の悪い賭けではないと私は思う。


”…………く、クラウザー一人じゃ絶対に無理……でも――ああ……そんな……ここでもヘパイストスが絡んでいるとしたら……”

”――不可能ではない?”


 ああ、またヘパイストスか……まぁ何となくそんな気はしたんだけどね……。

 しばらくして、ピッピは力なく頷き、私の推測を肯定するのであった。




*  *  *  *  *




 翌日、朝10時――ジュウベェが予告した時刻まで残り7時間半くらい。

 私たちは桃香の部屋に集まっていた。千夏君だけは部活のため参加できないけれど、午後からは参加予定だ。

 とはいっても、千夏君にしろ桃香にしろ現在『ゲーム』に参加することができない状態だ。一緒にクエストに挑んだりすることは出来ない。


”んーと、とりあえずピッピとトンコツがこっち来るまでは私たちだけで今後のことについて考えよう”


 昨夜ピッピと話したことで『ジュウベェの不死身の謎』については一応解決した……と言える。

 ただ、本当に私の考えが合っているかどうかの検証が出来ないので、もし間違っていた場合には――


「ん、大丈夫。ラビさんの考えが合っていても間違っていても、ジュウベェに勝てさえすれば問題ない」

「ですわね」


 ……まぁ、確かにそうだと言えるんだけど……。

 最後に残った課題は、『どうやってジュウベェを倒すか』だ。

 これだけは実力勝負で何とかするしかない。


「シャルロットの録画、早く見たい……」

”そうだね。一応昨日トンコツに確認したら、ちゃんと見れるようにはなってたみたい”


 ヴィヴィアンとの対戦の様子は、私の期待通りシャルロットの《アルゴス》が自動録画モードで記録していてくれたみたいだ。

 和芽ちゃんが午前中は学校で部活があるため参加できないので、こちらも千夏君同様午後から来る予定だ。美々香の方は大丈夫なんだけど、先にトンコツだけ来ても仕方ないということでやはり午後まで待ちになる。


「んー、ミドーだけでも来てくれたらいいのに……」

「みーちゃんが来ても、《アルゴス》の映像は見れないのでは?」

「そっちはシャルロットが来てからでいい……ミドーと対戦して、幾つか魔法の実験がしたい」


 ああ、なるほど。

 どうやらありすはジュウベェに対抗するために幾つか新しい魔法を考えたみたいだ。

 ただそれをぶっつけ本番で試すのは流石に怖いので、事前に使って『慣れて』おきたいと思っているのだろう。


”クエストに行くって手もあるけど……”

「んー……今回だけは対戦の方が安全」

”そうだねぇ”


 今回は対ジュウベェ戦を想定した魔法を作ったみたいだ。

 となると、ジュウベェとはかけ離れた姿かたち、それに大きさのモンスター相手に練習してもあまり意味がないという判断だろう。

 それに――


”クエストで乱入対戦されるのもちょっとね”

「確かに……ただ、そこまで心配する必要はないかもしれませんわね」

「ん。もし乱入対戦してきたら好都合……だけど、戦いたくない」


 練習が十分だと思えるようになるまで、あるいは実際に魔法を使ってみて改良すべき点が見つかるかもしれない。十分だと確信を得られるまではジュウベェとの対戦は避けるべきだ、と私たちは考えている。

 幸い、ヤツが予告した時間まではまだ余裕がある。


”そうだなぁ……やっぱりピッピがこっちに来てから、最後の四人目――クロエラと対戦してみるしかないかな?”


 このクロエラとの対戦については昨夜のうちにピッピに話を通しておいた。

 お互いに対戦をするにしても二回しか機会はない。一回も無駄には出来ない。

 それに……ジュウベェと対戦するに当たって、クロエラには『重要な役割』があるのだ。


「後は、手持ちのジェムでありすさんの強化を可能な限り行っていた方がよいのではないでしょうか?」

”ああ、確かに……それと、空き時間が出来たらクエストにピッピたちと一緒に行こう”

「……? なんで……?」

”ほら、アリスの【殲滅者アナイアレイター】があるじゃない”


 クエストに挑むのは最後でいい。

 乱入対戦されるかもしれない、ということは想定しておくとして、ピッピたちと一緒に挑めば多少は安全だ。

 で、クエストに行って何をするかというと、ひたすらモンスターを倒して【殲滅者】によるステータスアップを行うつもりだ。

 小型モンスターを倒しまくってもあまりステータスは伸ばせないので、ちょっと危険だけど大型モンスターを狙っていく。

 ……まぁ多少のステータスアップは気休めにしかならないかもしれないけどね。


「たしかに。でも、本命は――」

”うん。本命は真正面からジュウベェを打ち破ること、だね”


 正直ジュウベェの持つ魔法剣の前には、多少ステータスが上がったところでさしたる違いはないだろう。

 ヤツに勝つためには、あくまで『実力勝負』で上回るしかないのだ。

 ステータスを上げるのは、こちらの一撃で与えられるダメージを少しでも伸ばす、という程度でしかない。100回攻撃したら体力を削り切れるのが99回で倒せるようになる……そんなくらいでも無意味ではないだろう。ただ、最優先事項ではないのは確かだ。


”じゃあ、アイテム買う分のジェムを残してステータスを上げられるだけ上げちゃおうか”

「ん、でもなつ兄にもおっけーもらってからにして」

「……むぅ、緊急事態ではありますが、仕方ないですわね」


 かなり余裕のあるジェムだが、今回は使い切るつもりだ。

 流石に千夏君にも了解を取っておいた方がいいか。一応『共有財産』なんだし。




 ということで、アリスのステータス上げは夕方に行うこととした。対戦ギリギリだと上げる時間がなくなるかもしれないので、16時くらいから始めるつもりだ。

 それまではクロエラ、あとジェーンが来てくれたら彼女も交えて、ジュウベェ戦を想定したアリスの新魔法の実験と模擬戦を。

 後は空き時間にクエストに行って【殲滅者】によるステータス上げとなる。


”――ラビ”

”ピッピ!”


 そうこうしているうちに時刻は11時くらい。

 昨夜と同じようにピッピが一人で桃香の部屋までやってきてくれた。

 四人目のクロエラ――昴流すばる雪彦君は桃香のクラスメートなんだし、一緒に来てくれても構わないと昨日言ってたんだけど……まぁ家のことは気になるだろうし、離れていても対戦は可能だから問題ないか。


「桃香、美藤さんがいらっしゃいましたよ」

「みーちゃんが?」

「ん、ミドー来た」


 それと合わせるように、美々香がトンコツを連れてやって来た。

 ……いや、実際に合わせてきたのかも?


”……ラビ、ピッピ”

”トンコツ……?”


 何やらトンコツの様子がおかしい。

 雰囲気が重苦しいというか、何というか……。

 私の感じた違和感の正体はすぐにわかった。


”……おまえらの言う通りだった”

”……そう……”

”? どういうこと?”


 トンコツは私の疑問には答えず、ピッピの方を見て――それも批難の意志を込めた強い視線で――続けて言った。


”これで、本当に良かったのか!? 確かにこれであいつの秘密ってのはほぼ確定したが、そのせいでミミは……っ!”

”!? ちょっと待って!? まさかトンコツ――の!?”


 私の問いかけに、トンコツは苦々し気な表情で頷く。


”な、なんでそんな危険なことを……!”

「ま、待ってラビちゃん! 師匠は悪くないよ! あたしの方からお願いしたの!」

”美々香ちゃんが……?”


 わざわざトンコツがリスクを冒してまでクラウザーと対戦した理由――それは私にはわかってしまう。

 問題はなんでトンコツがそうしたか、って理由だけど……。


”……ピッピ……トンコツに話したんだね?”

”……ええ”

”そっか……ピッピとトンコツ、前々から知り合いだったってことか……”


 おそらく昨夜、私がピッピに話した後か、それとも今日ここに集まる前か、どっちかはわからないけどトンコツに私の推測を話したのだろう。

 で、その推測を確かめるためにトンコツからクラウザーに対戦を挑んだ、そういう話の流れか……。

 前々から思ってはいたことだけど、やっぱりトンコツには私やヨーム以外のフレンドがいた。それがピッピだったというわけか。


”すまん、ラビ。今まで黙っていて……”

”あ、それはまぁいいよ。なんか事情があったんでしょ”


 それもおそらくはピッピ側から口止めされていたんじゃないかな、と思っている。まぁ口にした通り薄々感じてはいたことだし、別に構わない。

 問題はそんなことじゃなくて……。


「ん……ミドー、ジュウベェと戦ったの?」

「うん……あはは、ボロ負けしちゃったけどねー」

「みーちゃん……」


 なんてことないように軽く笑う美々香だけど、平気なわけがない。

 ヤツと実際に戦ったありすたちだからこそわかる。

 ジュウベェの本当に怖いところは実力ではない。

 あの『狂気』としか言いようのない雰囲気だ。

 ……アレと一対一で戦い、負けたとなると人によってはトラウマになりかねない。


”……ピッピ!”


 それをピッピはトンコツにやらせたのだ。

 確かにこのタイミングでトンコツの方からクラウザーと対戦することには大きな意味があったし、成果もあった。

 でも――


「大丈夫だよ、ラビちゃん!」

”美々香ちゃん……”

「そ、それに……ピッピちゃんも言ってたけど、あたしたちの方から対戦をするのには意味があったんだから」

”……腹立たしいが、確かにその通りでもあるんだよな……”


 はぁ、と大きくため息を吐くトンコツ。


”まず第一に、ラビの推測を確かめることが出来た。俺の方から対戦を挑んで、ってことは――9割方は推測が正しいって思っていいだろう”

”っ、それは……そうだけど……”

”第二に、クラウザーの方から先に対戦を挑まれた場合、タイミングによってはカナの方が対戦に出ざるをえない可能性があった。

 ……それでカナがやられたら、困るのはラビの方だ”

”そ、それもそうだけど……っ!”

”こっちから一回対戦を挑んだ上で向こうが勝利した――となると、もうヤツは俺に対戦を挑む可能性はかなり低い、と予想している。そうすりゃ、カナがやられて《アルゴス》の録画を見ることが出来なくなるっていうことはなくなる……はぁ、本当に腹立たしいが、そうやって説明された上でミミがやるって言うんだったら……俺も賭けに挑まざるをえないぜ、全く”


 どうやらピッピの方から全部説明済みのようだ。

 確かに今一番避けたいのは、《アルゴス》が見れなくなるイコール和芽ちゃんシャルロットがいなくなってしまうことだ。

 昨日ありすが見たとは言っても、より万全を期すなら映像で確認できた方がいい。

 それに、強制的に対戦をさせるチートを使えるとは言え、一度倒した相手に再びクラウザーが対戦を吹っかけて来るかと言えば……ゼロではないけどあまり可能性としては高くないだろう。【殺戮者スレイヤー】の効果でステータスを上げたり、新しい魔法剣を得るためにやらないとは言い切れないが……。

 ……まぁそもそもトンコツがクラウザーに対戦を挑んで、無事に帰ってこれなかったら和芽ちゃんも同時にユニットではなくなっちゃう、という恐れもあったんだけど……であろうとは私も実は少し思っていた。


「ミドー……」

「恋墨ちゃん、ごめんだけど後よろしくね! ほら、あたしじゃ結局足手まといになっちゃうかもだし……」


 女子小学生ズの方にも重苦しい雰囲気が流れる。

 美々香は明るく振る舞い、ありすたちに心配をかけまいとしているが……内心『悔しい』という思いはあるだろう。

 なにせピッピがトンコツに依頼したのは、ジュウベェの秘密の『確証』を得るために『捨て石』となってくれ、と言ったに等しいのだ。

 それは深読みするならば、ジュウベェと決着をつけるための戦いには着いて来れないだろう、という思いが言外に潜んでいるとも言える。

 ……去年の『冥界』での戦いの後、美々香がありすたちに着いて行くために色々と頑張っていたのを私は知っている。

 切り札の一つ《ベルゼルガー》の新魔法を使いこなすために、冬休みにトンコツたちと色々なクエストに行って修行したのも聞いている。

 でも、今回の戦いでは戦力外だ、そう言われたに等しい。


「――……ミドー、


 やってしまったことはもう取り返しがつかない。

 だから、ありすが美々香にかける言葉は慰めではなく『感謝』だった。


「わたし、皆に助けられてる……トーカにも、なつ兄にも、ミドーにも」

「恋墨ちゃん……」

「絶対に、あいつを倒す。ミドーの、皆のも――絶対に取り返してみせる」

「……うん。任せた」


 皆に助けられている……確かにその通りだ。

 桃香たちが作ってくれた時間、美々香が守ってくれた和芽ちゃん、そしてトンコツが身体を張って確かめてくれたこと……。

 そのどれか一つが無かったら、私たちは最後の戦いに臨むことすら出来なかったかもしれない。あるいは、誤った推測に基づいて行動して敗北確定だったかもしれない。


”……ふぅ……トンコツもありがとう。ちょっとピッピには物申したい気分だけど――ごめん、今は割り切らせてもらう”


 ここでうじうじと私が悩んでいたら、それこそトンコツたちが『捨て石』にしかならない。

 反省や後悔は決着が着いてからでいいだろう。


”それじゃ、和芽ちゃんが参加できるようになるまでは――ピッピ、お願いね”

”……わかったわ”


 何にしても、今日の戦いに勝てなければ意味がないのだ。

 私たちは頭を切り替え、対ジュウベェ戦に向けての準備を始めるのであった。

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